64.えぇ?準備ができないのは私のせいですか?
「え、えーと、か、カップにー、ええと、ヒビ、そう、ヒビが入っていたので!と、と、取り換えてきまっす!」
たしかにティーカップを見て悲鳴を上げたメアリが、なにやら慌てふためき出て行こうとする。
カップにヒビが入っていて、温めるためのお湯が漏れていたのかしら?
それを見たラウルが、どうせここで割れたのだからという意味でああ言ったの?
それにしては、『すぐにバレた』という言い方は変ね。
「メアリ。出て行く前にわたくしが座っている椅子を引いてちょうだい」
「はははい。只今ー」
メアリが一度躓きながらも、わたくしの後ろへ来て椅子を引く。
ようやく立ち上がることのできたわたくしは、メアリがアワアワ言うのを背にしながら、スタスタとワゴンのところまで確認に向かった。
「なるほど。たしかに『すぐにバレた』わね。メアリ。もうすでにバレているのだから、そんなに焦ることはないでしょ。これはこれで綺麗だわ」
「えへへ。ちょーっと間違えてしまいましたー」
ワゴンの上には、どこにもヒビなど入っていない、温めるためのお湯なら入っているティーカップ。
くだらないやりとりの間にすっかりカップは温まり、すでに花の柄は開いた状態になっていた。
しかしカップに咲いていたのは、メアリからもらったはずの『ド派手な赤い薔薇』ではなく、可憐なピンク色のガーベラ。
よく見れば、カップの外側のラインの色も紫色ではなく青色だった。
まったく。買い間違うだなんて根本からドジるとは。
わたくしの首を絞めた後の殿下のように、証拠隠滅は完璧に華麗に素敵にやらないと。
ああそうよ!こんなことをしている場合ではないわ。
殿下からのお手紙を拝読しなくては。
机まで戻って開封しておいた封筒を手に取り、ソファーへ移動して座る。
メアリがえへえへ笑いながら、ソファー前のテーブルまでお湯を捨てたカップを持ってきてティーポットから紅茶を注いだ。
ティーポットの方も茶葉にお湯を注いでから時間が経っているので、かなり水色が濃い。
『ド派手な赤い薔薇』の方は濃くてもたいして違和感はないけれど、可憐なピンクだと花の色が汚された感じになるわね。
ああ、いつも以上においしくなさそう。
まあ、淹れなおさせても、どうせおいしくないことに変わりはないわね。
「メアリ。ミルクも入れてちょうだい」
「やはり御不快ですか。お嬢様はピンク色がお嫌いでしたね。申し訳ございません」
ピンク色が嫌い・・・
脳裏に、乙女ゲームのエンディングでレオン様に寄り添う、ピンク色の髪のヒロインが浮かぶ。
でも、即座にそれではないと頭を振り「別にピンク色も嫌いではないわ」とメアリに告げた。
「あれ?ここの仕事へついた時、最初の注意事項として先輩に言われた気がしましたが」
「ああ、それはきっとあのことが原因ね。メアリ、わたくしのお母様のお部屋を見た事ある?」
「はい。お荷物を運ぶ手伝いで行った時に。あー、そういえば、見事なピンク色の世界でしたねー」
「ええ。ピンク好きなお母様のおかげで、幼い頃わたくしの部屋もピンク一色だったの。それで一生分のピンクを見たから、もうあまり見たくないというだけよ」
「そうでしたかー」
―――あれは7歳の頃だったわ。
部屋で勉強をしている時に、突如見える世界がすべてピンク色であることが気に障り『もうピンクは見たくありませんわ!』と、癇癪を起したの。
たぶん勉強がうまくいかなくてストレスが溜まっていたのでしょうね。
それで急遽、部屋の模様替えがされたのよ。
きっと、あれが原因でアンに我儘なお嬢様と言われるようになったのだわ。
ちょうどアンがわたくし専属のメイドになったばかりで、かなりアンには負担だったでしょうし。
そうよ、わたくしその時以外に、我儘と言われるほどのことを言った覚えはないわ。
態度はいつも高飛車だったかもしれないけれど。
え?ついでに今の部屋の様子を説明しろ。ですって?
ええと、壁紙は白地に黄色の小花柄。
カーテンは緑色。家具以外の小物は青色が多いわ。
はい?またその色のチョイスか、しつこいな。ですって?
嫌だわ、推しカラーで生活を彩るのは基本でしょう?
でも、これももう変えなくてはね。
ええ、あなたのおっしゃる通り、いつまでも未練がましいもの。
でも、いきなりだとまた我儘だと言われてしまうから、徐々に変えていくわ。
今度は何色にしようかしらと壁紙を眺めながら、ミルクによってピンクの花柄が見えなくなったティーカップを手にして紅茶を一口。
うう、ぬるい、苦い、不味い。
もう無理とカップをテーブルに置いて、改めて殿下からのお手紙を手に取る。
ふぅ。
メアリがデートだなんて変なことを言うから、少し緊張するわね。
エミリアーヌ&恵美、いいかしら?いっきまーすわよ。
いざ!と、少し気合を入れてから便箋を開いて読み始めたけれど、いつも通りの事務的な書き出しに、拍子抜けしたような、少しガッカリしたような・・・
「お嬢様、それで、デートの日取りはいつですか?」
「メアリ。そのデートと言うのをやめないと、刑期を1週間延長するわよ」
「はい!直ちにやめます!」
まったく。
よけいな期待は結局傷つくのだから持たせないでちょうだい。
こんな事務的な文言でデートだなんてありえないわ。
きっとまだクロードからの手紙の方がそれっぽかったはずよ。
さすがに女性を誘い慣れていらっしゃるでしょうしね。 ふん!
さて、それで?魔石店へのお・よ・び・だ・し、の詳細は?
ふむふむ。3日後の午後ですってよっ!
・・・あらまあ、わざわざ我が家までお迎えに来て下さるとは。
え?殿下が?
ふふ、まさかね。馬車を寄越してくださるというだけで現地集合よね。
・・・はい?
マルセルム侯爵家からは、護衛も従者も不要?
お忍びだから少人数で行くということ?
うーん。それならばもう少し令嬢感を抑えた服装にすべきかしら。
・・・ん?
この最後の一文、これは、もしかして・・・
―――コンコン
誰かがドアをノックし、その音にメアリが怯える。
「ひぃ!ら、ラウルですよ!きっと時間を置いたから、もう先ほどのお嬢様の言葉は効力が無くなっただろうと告げ口に来たんですよ!何を言われても、まだ無罪は有効ですよね!?」
ラウルの告げ口内容がわからないくせに怯えるだなんて、どれだけ身に覚えがあるのよ。
「お嬢様?」
「あ!この声は!」
ひとりで騒いでいたメアリが、わたくしが許可していないのにドアを開ける。
ドアの向こうに居たのはジェラルドだった。
「お嬢様。旦那様がお呼びです」
「ねぇ、ジェラルド。少しだけいいかしら?この王太子殿下からの呼び出し状なのだけれど」
「ああ、はい。旦那様のところにも同じものが届いております。しかし、誰も同行できないとは困りましたね」
わたくしがジェラルドに見せるためにテーブルに広げた手紙を、ジェラルドが見ているにも関わらず、メアリが横から覗き込んで勝手に読む。
だぁからぁ、間違ってもそういうことをお母様の前でやるんじゃないわよ。
「なぜ困るんですか?ちょうど人手不足なんですから助かりますよね?お忍びでもさすがに王城の騎士がこっそりと護衛するでしょうから大丈夫ですよー」
「メアリ。王城の騎士と言うのは、有事の際、どなたを一番にお守りしますか?」
ジェラルドが困った子を見るようにしてメアリに問うた。
それに対し、メアリが豊満な胸を張って答える。
「それは当然、王太子殿下です!」
「そうですね。では、この様子だと最低限しか付かない護衛が殿下をお守りすると、お嬢様はどうなりますか?」
「あー」
「ジェラルド。不吉なことを言うのはやめてちょうだい」
さっさと殺されるところを想像しちゃったじゃないの。
嫌なフラグを立てないでっ!
「お嬢様。正直、私としてはできるならばお出かけをやめていただきたいくらいです。せめてメイドだけでもいれば、盾の代わりにはなるのですが」
そう言ってジェラルドがメアリを見た。
えー、メアリをぉ?
盾になる寸前に転びそうだからいらないわー。
「それで、そのことも含めてのお話をされると思いますので旦那様の元にお願い致します」
「わかったわ。行きましょう」
わたくしがジェラルドに聞きたかったことは、そんなことではないのだけれど。
まあ、いいわ。ジェラルドよりお父様にお伺いした方が確実よね。
わたくしは自分のところに来たお手紙持参で、ジェラルドと共にお父様の執務室へ向かった。




