61.お嬢様はまだ準備段階でーす
―――アルフ兄様の結婚式から三日。
自室で布を片手に悩んでいると、突然「今日はターニャのお誕生日なのでー、ささやかなお祝いの会があるんですけどー」と、ドジぽちゃボンバーおやつ禁止の刑執行中のメアリが切り出す。
そして「そのときだけはお菓子を食べてもいいですか?」と、コソコソ問うてきた。
寛大なわたくしは当然、かまわなくてよと許可した。
もう二度と、なにも食べられなくなってもいいのならばねと、付け加えて。
だって、我が国の王太子殿下とのお約束よ?違えれば当然そうなるでしょう?
え?その場合、主人であるお前の首も道連れで、胴体とさようならするだろう。 ですって?
だ、大丈夫よ。わたくしには別の使命があるのですもの。
まったく。刑の執行からたった三日よ。まだ十分の一しか経っていないわよ。
メアリは「ひとりだけ食べないというのも悪いので欠席しますぅ」とうなだれているけれど、悪い?とは?
人の三倍は食べるメアリが食べないのなら、むしろ皆は喜ぶのではないかしら?
まあ、よだれを垂らしながら恨めしい顔をしそうだから、その点では楽しくないパーティにしそうで悪い、わね。
「プレゼントはメイド仲間で出し合って用意したんですけどー、欠席するお詫びをどうしたらいいですかねー?時間がないから買い物にも行かれないしー」
そう言いながらメアリはわたくしの部屋を見渡す。
そんなこと知らないわよ。なぜこちらをちらちら見ながら花瓶を撫でているの?
さっさと仕事をなさい。
わたくしはそれどころではないのだから。
まだ正式な指示は無いけれど、殿下が来週とおっしゃたのだから、明日にも呼び出されるかもしれない。
だから数少ないお出かけ着から、急いで着ていく服を選んだ。
でも、殿下がどの程度の服装でいらっしゃるのかがわからない。
まさか、平民のヒロインとデートした時のような変装をされるとまでは思わないけれど、それでも完全お忍び態勢かもしれないし。
だから一応、侯爵令嬢として恥ずかしくない服と、普通の貴族令嬢に見える程度の服を用意してある。
でも、どちらもどうにも可愛くない。
まあ、わたくしの容姿に合わせてあるせいだけれどもねっ!
・・・わかっているわよ。悪あがきだということは。
でも、ゲーム内ではヒロインのことを『愛らしい』とおっしゃるのだから、きっと殿下のお好みは可愛い系でしょう?
少しでも!と思ってしまう乙女心は止められないのよ。
それに、今回は謝罪でお会いするわけではないのだから、少しくらい華やかでもいいでしょう?
だから付け襟に可愛らしい刺繍をしようとしているのだけれど、生地の色がちょっと落ち着き過ぎかしらと悩んでいるところなの。
今から商人に違う色の物を持って来させる?レースをたっぷり付ける?
んー・・・ああ、髪型を可愛くしましょう!
いっそ、巻く?ドリっちゃう?
この殿下のお好みではない顔も、少しは印象が変わるでしょうし。
そう決めたので、もういらない付け襟を片付けさせようとメアリを探す。
ちょっと!まだ部屋をうろついているの?そのぬいぐるみはだめよ。
アルフ兄様からの贈り物なのですもの、ターニャにあげたら泣くわ。アルフ兄様が。
まあ、メアリの刑はわたくしが決めたのだから、多少は関係なくもないかしら。
でも、ターニャはメイドの中でも結構年嵩じゃない。
わたくしの部屋の中で合う物なんて・・・あ!
「へ?お嬢様?なぜそんないい布を切り刻んでいるのですか!?」
「刻んではいないわよ。少しお待ちなさい」
あらいやだ、そういえば結構いいものだわね、この付け襟。
まあ、もうハサミを入れてしまったからいいわ。
これくらいの大きさかしら。
真っすぐの面はあまり取れないけれど、継げば足りるでしょう、たぶん。
ついでに簡単な刺繍も入れましょうね。
縮めてしまうからわからなくなってしまうけれど、気持ちを込めたということで。
「ド、いえ、メアリ。紐を入れてある箱を取ってちょうだい」
「こちらですかー?何を作られているんですか?」
「食べ物ではないことだけは確かよ。ああ、ちょうどいい紐があったわ」
ちくちくちく
しばらく針を動かす。
食べ物ではないから、メアリは興味なさそうに糸くずを拾っている。
「さあ、できたわ。どうかしら。あら、適当にしては上出来。メアリ!見てちょうだい」
「豪華なくしゃくしゃですねぇ。なんですかー?それは」
「シュシュ、いえ、シニヨンカバーの変形版よ」
うちのメイドは髪をお団子にしてシニヨンカバーを付けている者が多いので、そちらを作ろうかとも思ったのだけれど、髪を覆う分の布地が足りないのでシュシュのような形になった。
けれど、中に入れる髪ゴムがないので、シニヨンカバーのように紐で絞めるようになっている。
「こうやって、髪に通して、紐を結ぶの。あら、わたくしの髪だと抜けてしまうわね」
髪を横に纏めて試してみたのだけれど、わたくしのさらさらストレートではするりと落ちてしまう。
後で自分用のを作ろうと思ったのにぃ。ゴムをください!ゴムゴム!
パンツのゴムでも、あ、ゴムゴムの実をメアリに食べさせたら、転んでもポヨンと弾みそう・・・
「ふふっ。いえ、まあ、くっ、工夫して、よかったら、ふっ、使ってちょうだいと、ふふっ」
メアリがポヨンポヨンと弾んでいる様子を想像していると、目の前のメアリもそのぽちゃぽちゃとした体を弾ませた。
「わぁ!嬉しいですぅ!大丈夫ですー、私の髪はうねっていますからー!」
「え?いえ、メアリのではないわよ。ほら、ここにターニャって刺繍してあるでしょ」
「ええ~」
「あら、不満なの?いつもお世話になっているメアリが困っているから作ってあげたというのに。誕生日プレゼントとして、わたくしが直接ターニャに渡してもいいのよ?」
「いえ!ありがとうございます!すぐに!私が!渡してきます!」
「あ、ちょっと、まだ仕事中、」
「ターニャは今日はお休みなのでー!」
「メアリは仕事中でしょ!?」
「あ、そうでした!・・・では、裁縫でお疲れのお嬢様のために、いつもお世話している私が!お茶の用意をしてきまーす!」
そう言って転がるようにメアリが出て行った。なんて言いぐさよ。
あの勢いだと、絶対にまたどこかで転ぶわね。
やはりゴムゴムの実を食べさせてみたいわ。ふふふ。
それにしても、あれは絶対にターニャの所へ行ったわね。
人手不足で今日はメアリしか部屋付きがいないというのに、当分帰ってきそうにないわ。
片付けは後回しね。
まあ、なかなかひとりきりになる機会はないからたまにはいいわねと、誰もいないのをいいことに大きく伸びをする。
そこでふいに、ああそうだわ、今のうちにゲームのシナリオを書き出したノートに追記をしましょうと思い立った。
特にロイス兄様のツンデレ改善と、シャルルの容姿変貌に関しては今後の対策も考えなければ。
ヒロインに逆ハーレムを築いてもらわなくちゃいけないのに、あのふたりはすでにコンプレックスを克服してしまっている。
ロイスバルはツンデレを理解してあげたことで攻略できたわけだし、シャルルジークは可愛らしい容姿なのを実は気に・・・あら?ちょっと待って。なにか思い出したわ。
『見た目で侮られちゃうんだよね。まあ、利用してるのも確かだけど』
なぜ急にこれを思い出したのかしら。まあいいわ。
それでこのシャルルのセリフに対して選択肢が出たわよね。
なんだったかしら?ヒロインの方はもう忘れてしまったわ。
だいたい、シャルルルートは一度しかやっていないし。
たしか、ヒロインとしては好意を示した方がいいだろうと、私は可愛いものが好きだから大丈夫、的なセリフを選んだ気がする。
それに対してのシャルルの返事は『そう言ってくれてありがとう。僕の婚約者はそんなことが弱みにならないだけの実力を付ければいいって言うんだよね』的な感じだった、と思う。
ええそうね。努力家のエミリアーヌさんとしてはそう言うでしょうね。
一口に悪役令嬢が出てくる話と言ってもいろいろでしょう?
たとえば
怠惰なくせに家柄だけを誇る悪役令嬢 対 平民のくせになぜか成績上位のヒロイン
完璧がゆえ絶対の自信がある悪役令嬢 対 ちょっと抜けてても一生懸命なヒロイン とか。
エミリアーヌさんは後者タイプ。
あれだけ勉強してきたことがすべて無駄になるのなら、たしかに我慢ならないわよね。
いくら一生懸命やっているのだとしても、実力の伴わない女に婚約者を取られるなんて。
強大な光の魔力持ちだから?聖女だから?だからなによ。
怪我や病気が治せるだけなら、王妃ではなく医者になればいいでしょうに!
エンディングの後は知らないけれど、王妃の立場でホイホイ平民の治療に当たれたとは思えないわ。
それに王妃は一生懸命で勤まるものではないわよ。
いくら殿下に愛されてるとはいえ・・・ああ、やめましょう。どんどん悪役令嬢に傾倒してきて、いますぐヒロインを排除したくなったわ。
そうよ、今のエミリアーヌ。わたくしには文句をいう資格も残ってはいないでしょう?
ヒロインが現れる前に、自分で自分を無駄にしたのだから。
・・・・・・すっかり考えが逸れたわ。
それで、ゲームではシャルルがありがとうと言ったから正解だと思ったのに、好感度を示すハートは飛ばなかったのよね。
これはまだ初っ端の方で、選択もまだ簡単だったはずなのに。
どういえば正解だったの?
まあ、聞くこともできやしないし、このセリフももう出ることはないでしょうから、ヒロインにアドバイスできることはないわ。
とりあえず、ノートに現状を書き込みましょう。
わたくしも成長したので、先日大きい机を部屋に入れてもらった。
引き出しには鍵も掛かる。
本の間に隠した小さな鍵を取り出し、引き出しを解錠。
カモフラに入っている数冊のノートの間から、ゲームの内容を書き出したノートを引き出す。
―――表紙を開く。
―――自分の字が現れる。
けれど、文章として読めない。
あまりのことに、しばらく事態が飲み込めなかった。
ごくり。
「これは・・・酷いわ・・・こんなことってあるの?」
ド忘れのレベルではないわ。
使わないとこんなに忘れるものなの?
自分で書いた文字なのに?書いてからまだ半年程しか経っていないのに?
いいえ、漢字だけがわからないのだわ。ひらがなとカタカナは大丈夫。
ええ、大丈夫よ。しっかりして。
自分で書いたものだから、まだ内容は思い出せるでしょう?
とりあえず、ふりがなを。たぶんの状態でも書きましょう。
―――コンコン!
「ど、どうぞ」
ああ、メアリが戻ってきてしまったわ。
ええと、手紙を書いているフリをしましょう。便箋を乗せて、と。
「は、早かったわね。テーブルの上を片付けてちょうだい」
書いた文章を思い出しながら必死にふりがなをふっている最中なので顔も上げずに命じる。
いろいろ出しっぱなしだから時間が掛かるはずよ。
『??で??を』 これは『かだん』で『ばら』を。
『?を?けられ』 どこを蹴られた?いいえ、違うわね。ああ!『みず』を『か』けられ、だわ。
『?に???を』 ああ、ここはなんだったかしら。
・・・ねぇ、そのうちひらがなも忘れてしまったらどうするの?
今のうちにライニッシュ語で書き直す? ダメよ、メアリでも読めるわ。
エスペル語も、お母様が実家から連れてきた者が我が家に数名いるからダメでしょう。
お義母様になる(と決めつけていた)王妃殿下に気に入られようと覚えたエバルリラ語も、わたくしのお母様なら読めるはず。
周辺国の言葉は最低限の会話くらいしかできないし。
「あまり知られていない言語はないものかしら」
つい口に出してしまい、ハッと顔を上げる。
え?なぜドアが開けっぱなしなの?
視界に入っているテーブルの上は片付いているけれど、メアリの姿はない。
見渡そうとして気が付いた。
すぐ右後ろに人が立っている気配がする。
そうっと振り向くと、そこには・・・
長い銀髪をひとつにまとめて背に流した男が、ノートを覗き見ていたかのように背をかがめていた。
しかも顔が近い!
「ひっ!ら、ラウル!?な、なぜまたここに!?」
わたくしは慌ててノートにかぶせてあった便箋をひっくり返した。
あ、まだこちらには一言も書いていないのだったわ。




