07.夢をみていたい
『レオン様、大好きです』
レオン様の秘密の場所である、この国を見渡せる高台のお花畑で、私はレオン様にそう告げる。
『ルーチェ、我が最愛の光よ。いつまでも君と共に』
愛おしそうに私を見つめながらそう言ったレオン様が、私の右頬に手を添えると、やさしい口づけをくれた。
―完―
「うっ・・・」
幸せな王太子ルートのエンディングから目覚めたわたくしが見たのは、風景でも花でもない、見慣れた寝室の天蓋だった。
ゲームでヒロインをプレイした恵美には見られた幸福なエンディング。
処刑されている元婚約者には訪れることのない幸福なエンディング。
夢を見て幸せに浸っていたまどろみは、顔の包帯の存在で現実に引き戻された。
あら?なぜドレスを着たまま寝ているのかしら?
「っ!いっけない!」
めまいがした以降の記憶がないということは、お見送りの途中で倒れたのだわ。
レオ・・・王太子殿下の前で意識を失うなど、なんという失態を!
わたくしはすぐさまがばりと起き上がったけれど、途端にまためまいがして横向きにベッドへ倒れこむ。
ふぅ、一度落ち着きなさい。
淑女たるもの、もっと優雅に行動しなくては。
侯爵令嬢として幼少期からあれだけ叩き込まれた教育が、前世の庶民としての性格に引きずられて台無しになっている。
寝転がりながら窓を見やれば、まだ日はわりと高い位置にあるので、そう時間は経っていないはず。
でも、殿下はもうお帰りになられたわよね。
この部屋の窓から外を見たとしても、馬車がまだあるかどうかは確認できない。
そういえば、殿下の腕を掴むなんて不敬を働いたラウルは、罰を受けたのかしら?
わたくしが倒れたことでうやむやになっているといいのだけれど。
わたくしもすぐに殿下に詫び状を出さなければ。
ああ、でもよく考えたら、失態続きのわたくしはやはり王太子妃にふさわしくないと、ご納得いただけたかもしれないわね。
よしよしとほくそ笑んでいると、部屋の扉が控え目にノックされた。
まさか殿下ではないわよね?
ええい、誰だかわかるまでとりあえず寝たふりをしましょう!
わたくしが横向きから仰向けになり、ベッドへ落ち着いたタイミングで部屋の扉が開く気配がした。
「まだお目覚めではないようですね」
コソコソと話すこの声はメアリだわ。誰と話しているの?
声がしなくなったので、もう目を開けても大丈夫かしらと思った途端、ベッドのマットレスがゆっくりと少し沈んだ。
なぜ?と目を開けて驚いた。端正な顔立ちのラウルが、真上からわたくしの顔を覗き込んでいたのだから。
「ひっ!」
え、ちょ、なぜベッドに手を着く必要があるの?
う、か、顔が近いっ!
「ちょ、なん、は、離れてちょうだい!」
両腕をあげてラウルを押し退けた。
「お目覚めになられてよかったです。どこか具合の悪いところはございませんか?」
「あなたのせいで心臓の具合が悪くなるわ!!」
「ははっ、そうですか。ああ、お水をお持ちしましたが、起き上がれますか?無理なら飲ませて差し上げますが」
なにニヤニヤと笑っているのよ!?
わたしくしはゆっくりと体を起こした。
手を貸そうとするラウルを制して自力で。
その間に、ラウルが水差しからコップに水を注いで差し出してくる。
「アン・・・じゃない、メアリは?普通、メアリが持ってくる物でしょ?」
「ああ、メアリは廊下に水をこぼしましてね。片付けていますよ」
ドジっ子メアリめ、今日のおやつの下げ渡しは無しよ!
「お、王太子殿下はお帰りになられたの?あなたねぇ、殿下の腕を取るなんて不敬なこと、もう二度としないで頂戴!それで、お咎めはなかったの?大丈夫なの?あ、べ、別にあなたを心配しているわけではないのよ。侯爵家の執事として問題があるってだけで」
なんかロイス兄様みたいな物言いになっている。
わたくしにツンデレ需要はないと思うのに。
「心配してくださったのですか?」
ラウルはまたニヤニヤしているしっ!
「ふざけている場合ではないのよ!」
「私は大丈夫ですよ。だいたい、勝手にお嬢様の顔を触ろうとした、レ・・・殿下が悪いのですから」
「だからといって相手が悪いわ!王太子殿下なのよ!はぁ、もういいわ。本当にもう二度と不敬なことはやらないで頂戴」
「まあ・・・考慮いたしましょう」
なんだろう、この男。疲れる、もう嫌。
「それで?わたくしが倒れたあと、どうなったの?殿下はお怒りになられなかった?」
「それが、倒れそうになったお嬢様を受け止めたのは殿下なのですよ。結局お嬢様の体を触られてしまいました」
ラウルが不満そうに空を睨む。
うそ!?レオ・・・殿下が?
ああ、まあ、わたくしの一番近くにいたのは殿下だったし、倒れる令嬢を受け止めないなんてことはなさらないわよね。紳士として。
「な、何を言っているの!そこは、感謝しないと。頭をぶつけていたかもしれないでしょう?これ以上傷ものになりたくはないわ」
「************」
ラウルがなにかぼそっと言った。
「はい?なに、」「ところで、殿下になにをしたのですか?」
今なんと言ったのか聞き返そうとする前に、ラウルが端的に不穏なことを問うてきた。
「・・・なにをって、何?」
「お嬢様を受け止めた殿下が、何かに驚いていましたが」
「驚いて?・・・・・・・・・・・・まさか、重かったとか!?」
よし!死のう!今すぐそこの窓から飛び降りよう。わたくしの部屋は3階にある。逝ける。
「え?急にどこへ行く?いや、行かれるのですか?そちらは窓、おい!危ないぞ!」
ラウルがひどい言葉使いで叫びながら、窓から身を乗り出そうとするわたくしの腕を掴んできた。
「離して!飛び降りるのよ!止めないで!重かったなんて、きっとフルーツを食べ過ぎたのよ!」
「おい、やめろ!お前は重くなかった!」
そう言われて体がピタリと止まる。
「・・・なぜ、わたくしが重くないと言えるのよ?」
「応接間からこの部屋まで運んだのは俺だからだ」
「は?なぜあなたが運んだの?」
「レオンハルトからお前を奪ったからな」
ラウルがドヤ顔をしている。バカなのっ!?
「あ、あなた、いったい何をしているの!?」
もうラウルの言葉遣いの問題ではない。王太子殿下に対して不敬が過ぎる。
わたくしがそう大声で叫ぶと、ラウルがなにか言う前に、開けられていたドアの向こうからメアリが声を掛けてきた。
「お嬢様ー、お目覚めになられたのですね。大丈夫ですか?廊下までお声が響いておりましたが。ああ、これ、先ほどお帰りになられた王太子殿下より、お見舞いのお花が届きましたよ」
メアリが、さっきの三倍はありそうな、今度はピンク色の花でまとめられた花束を抱えていた。
部屋に入ってこようとしたドジっ子メアリが、絨毯につまずいて花束が高く宙に舞う。
花束はみごとに私のところへ落ちてきたので、両手ですべての花をしっかりと受け取った。
わー、束だけどミニゲームみたい!しかも花束に付いているこのカードは、デートチケットと同じ柄だわ!
もうすっかりラウルのことは忘れ、ゲームをプレイしている気分で、もしやデートのお誘いかと一瞬期待したわたくしこそ、バカだった。
カードには《体調がよくなり次第、城へ来るように》と書かれていた。
これ、呼び出し状じゃない。
せっかくの花束が台無しだわ。
ラウルのことを含め、もろもろの不敬を謝罪せよということね。
まさかもう断罪されるの?婚約もしていないのに?
しかし、カードの一番下に、わたくしには読めない一文が書いてある。
これはどこの国の言葉かしら?
首をかしげて眺めていると、ラウルがわたくしからカードを取り上げて一読し、そして破いた。
だから不敬なことはしないでってば!