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60.光浴びながら歌い出そう

♪神をたたえて~我が歌のすべてを~♪


大聖堂のステンドグラスが煌めく中、高いドーム天井に向かって、聖歌隊の美しい歌声が駆け上がっていく。

時折混じる異音を乗せて・・・ああ、エリザベルお姉様は、音痴というより高い音が出なくて外すのだわ。

それでも、真摯に神へ捧げるために歌われているのね。


見習いましょう。

わたくしも歌いましょう。

ひんしゅくを買うほどに音を外すのならば、止めればいいのだし。


エミリアーヌとしては音痴だから恥かしいという感情はあるけれど、恵美はものごごろついた頃からカラオケでマイクを握っていた世代。

さして上手くもなかったけれど、気にもせずにありのままで歌っていたわ。

だから、歌い出そう、すこーしも恥くないわ。


ちょうど一曲目が終わったので、楽譜を取り換えて10年振りに歌ってみることにする。


うううんっ!


始まった二曲目の前奏にも聞き覚えがあるわ。

これも原曲はミュージカル映画ね。


♪神が与えし~この世界で♪


さすがに出だしはコソコソと身を縮めながら、抑えめに声を出してみたのだけれど・・・

あら?


♪ひとつの夢と~持てる希望と~♪


少し大きく声を出してみたのだけれど・・・

あらあら?


♪されど抗えぬ~さだめに~♪


エミリアーヌさん、音程も外していないし、音量もちゃんと出るではないの。

しかもあなた、もしかしてお歌がお上手ではないのかしら?


ああ!わかったわ。

きっと、階段上り対策以降も腹筋背筋を毎日続けているから、鍛えられて声がきちんと出るのね。


♪眩い光を浴びせるのか~闇ですべてを覆うのか~♪


ああ、本当に上手!

低音も高音もきちんと出るし、これなら大声でどこまで歌えるか自分を試したいわ。

調子に乗って歌詞を間違えたら恥ずかしいので、楽譜を目の前に掲げて睨みながら歌うようだけれど。


♪すべてを癒すのか~絶望を与えるのか~♪


うふふ~。これは、悩んでいたことが嘘みたいね。

気分がいいわ~。疲れもストレスも吹き飛ぶわ~。

今は讃美歌だからそういう感じで歌っているけれど、これなら恵美父がいつもリクエストしてくる伊豆の峠越えの歌から最新曲まで、なんでもできる。


・・・まあ、家族や友人とカラオケへ行くなんてことは、もう二度とできないのだけれど。


♪それでも~私は生きていこう~御許へ行くその時まで♪


ああ、惜しいわね。

前世の世界ならばデビューしちゃうのに。

もちろん、顔だしNGでね。


♪神が与えしこの新しい世界で~♪


最後に一段と高い音域を、堂々と歌い上げて終わる。


ふう。快感!


曲が終わった途端、大聖堂内に拍手が起きた。

お式は拍手で締めるものなのね。


ならばわたくしも拍手をしようと楽譜を置いて顔を上げると、前の席のお母様が振り返って怪訝な顔をしていらした。


しまった。

大声を出すなんてはしたないと、後で怒られるパターンかしら?

・・・で?

そのお隣のお父様は、なぜ泣いていらっしゃるの?

息子の結婚式って、そんなに感動するものなのかしら?


あ、いけない。

ロイス兄様が寝ているのがばれてしまうわ!起こさなければ、って、さすがに起きていたわ。


「ロイス兄様、少しはお疲れが取れましたか?」


お母様と目を合わせぬように拍手をしながらこっそり問うと「ああ。隣からの天使の歌声で癒されたよ」と、立ち上がりながらロイス兄様が褒めてくださった。


嫌だわ、半年ほど前まではツンデレ塩対応だったロイス兄様が、このままでは砂糖を投げつけて来るイケメンになりそう。


これをゲーム開始までにどう修正しようかしらと考えながらロイス兄様を見上げていたら、祭壇にいたはずのアルフ兄様がわたくしの横にすっ飛んできた。

しかも、こちらも泣きながら。


嫌だわ、アルフ兄様もわたくし同様お母様似だと思っていたのだけれど、泣き顔はお父様そっくり。


「エミリア!4歳からずっと頑なに歌わなかったのに、私の結婚式ならばと歌ってくれたんだね!グズッ」


「え?アルフ兄様、よくわたくしが歌っているとわかりましたわね」


「あたりまえだろう。エミリアの天使の歌声は忘れていなかったのだから」


ええー?4歳の幼い歌声と、14歳の歌声が同じはずはないでしょうに。

さては発動したわね!シスコンセンサーが。


「まあ!まあ!それはなんという兄妹愛でしょう!」


ほら!新郎が動いたから新婦まで来てしまったではないですか!

あ、あまり近くに来られると、ドレスがお揃いなのがバレてしまうわ。


「さ、さあ、もう退場なさらないと!退場までがお式ですわよ!アルフ兄様、リディアンヌお義姉様」


「まあ!アルフレット様!エミリアーヌ様におねえさまと呼んで頂けましたわ!」


「そうか、そうか、グズッ」


いや、もういいですから、さっさと退場してくださいまし。


アルフ兄様は泣きながらも、リディアンヌお義姉様を伴い一度祭壇へと戻った。


そういえば、恵美の従兄の結婚式でライスシャワーをやったわ。きっと次はあれよ。

新郎新婦を外で出迎えるためには、私達が先に出なくてはならないのね。


ぞろぞろと出て行く参列者に続いて大聖堂を出ると、晴れた空の日差しが目に眩しい。

ああ、お日様の下に出るのが随分と久しぶりな気がするわ。


外で籠を持って待ち構えていた子供達から渡されたのは、ライスではなくて花びらだった。


エリザベルお姉様とシャルルに両脇を挟まれ、新郎新婦が出てくるのを待つ。


そういえば幼馴染だと言うのに歌っているのを見たのは初めてだと、お姉様とお互い言い合っていると、シャルルが「僕は2歳の時に子守歌を歌ってもらったことがあります。その時もエミリアーヌはお上手でしたよ」と、言い出した。


その時3歳のわたくしが覚えていないのに、絶対に2歳では覚えていないでしょうに。

覚えていたとしても、それは美化されている、あるいはアルフ兄様とお揃いのシスコンフィルターが耳についていたのでしょうよ。


わたくしより2歳年上のロイス兄様の記憶ではどうなのか問おうとしたのだけれど・・・

あら?一緒に大聖堂を出たはずのロイス兄様は?


キョロキョロしないように気を付けながらロイス兄様を探していると、殿下がこちらに向かって歩いて来られる。


わたくしたちの前で足を止めて下さった殿下に、新郎の妹として、本日御列席賜ったことへのお礼を述べ終わると、殿下はわたくしを見つめながらこうおっしゃった。


「今日は新たに知ることばかりで大変有意義であった。・・・やはり諦めきれぬな」


ひっ!まだ処刑を諦めては下さらないの!?


青ざめる間も無く新郎新婦が出てきてしまったので、絶望ごと花びらをアルフ兄様に投げつける。


ひとしきり終わると、殿下がお帰りになられるというので、全員で王家の馬車をお見送りした。


はぁ。やっとだわ。

やっと、とりあえず、今日が無事に終わったわ。

わたくしも帰りましょう。

え?まだブーケトスがあるの?見なくちゃだめかしら。


ドレスがお揃いだとリディアンヌお義姉様のお友達にばれるわけにはいかないので、参加せずにシャルルと一緒に少し離れた木陰へと移動する。


え?隣にいたはずのエリザベルお姉様は?ですって?

お姉様は張り切って他のご令嬢と共に位置につかれたわよ。


きゃあきゃあと可愛らしく華やかなご令嬢軍団に向かって、後ろ向きのリディアンヌお義姉様がブーケを投げ・・・たはずなのに、なぜか風で高く舞い上がったブーケは、わたくしの所へ落ちてきた。


よくこの頭上の枝に引っかからなかったわね。

思わず受け取ってしまったけれど、これはどうしたものかしら?


思わず隣にいるシャルルを見上げたのだけれど、シャルルは全然違う方向を睨みつけていた。


ブーケを投げ返すわけにもいかないので、高く掲げて喜んだ振りをしながらロイス兄様を目で探す。

もう終わりでしょう?帰りたいわー。


「シャルルー、ロイス兄様を知らないー?帰りもご一緒することになっているのだけれどー」


「あー、ロイス兄様は・・・ほら、あそこで捕まってますよ。あれだけ囲まれていたら当分帰れませんね。だから、エミリアーヌは僕と帰りましょう」


シャルルが示した方向には、確かに数人に囲まれたロイス兄様が見えた。

ちょうどうちの従者とドジぽちゃボンバーメアリが来たので、従者にロイス兄様への伝言を頼んでルーベンス侯爵家の紋章がついた馬車へと向かう。

お式が終わったらすぐさま家に帰るようお父様とアルフ兄様に言いつけられているから、誰の馬車でもかまわないわよね。


シャルルの従者のカインと、ドジぽちゃボンバーメアリと共に馬車へと乗り込み、さっさと混雑したところから抜けて帰路につく。


無事に家に帰ることができる安堵と、馬車の揺れに再びうつらうつらしていると、シャルルがじっと見つめていることに気が付いた。

シャルルは爆睡していたから、もう疲れから回復したのね。


「そういえば、そのドレスは花嫁衣裳なのですよね。エミリアーヌ、とても似合っていますよ」


ひっ!

シャルルの呟きに背筋がゾゾゾッッッ!としたので、眠っていて聞こえない振りをする。


ああ、なんて恐ろしい。

花嫁衣裳なんて・・・衣装?あら?なにか忘れているような気がするわね。

でも、今日はもう考えるのをやめましょう。

疲れていると、またろくでもない事を思い出しそうだし。


披露宴である夜会には出なくて済むから、もうお部屋でお菓子でも摘まんで・・・あ、メアリに恨まれそうだからやめましょう。



こうして、わたくしの長い一日が終わった。




あのあと、大聖堂内で教会関係者が議論を交わしていたことなど、露ほども知らずに。





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