59.他の誰にも歌わないでね
『わたくし歌います。よろしいて?』
『よろしくて、だ』
『よろしくて?』
『そうだ。ゴホッゴホッ。可愛いエミリアーヌが儂のために歌ってくれるというのか。では聞かせてもらうとしよう』
―――あれは、当時はまだエスペル王国の国王であったおじい様が病に倒れられたとの知らせに、お母様と一緒にエスペル王国へ行った時のこと。
本来、他国へ嫁いだ者はそう簡単に王城へ入ることはできないけれど、王が最後に唯一の孫娘に会いたいと仰せだ、とのことで許可が下りたのだそう。
ちなみに、今はお父様の権力がどーのこーのでお母様はお里帰りできるそうよ。
よくわからないけれど。
それで、その時4歳であったわたくしは、旅行をするのも初めてなら、母方の親族にお会いするのも初めてで、内心はとてもはしゃいでいた。
騒ぐとお母様に怒られてしまうから、表面上は大人しくしていたけれど。
エスペル王国の王城に到着した日は、王妃であるおばあ様とたくさんお話をし、なんと夜は一緒のベッドで寝たりした。
普段、お母様でさえそんなことはして下さらないから、とても嬉しかったのを覚えている。
そして、翌日。
初めてお会いしたおじい様からも『エミリアーヌの話が聞きたい』と言われたものだから、張り切っておじい様が横たわる重厚で豪華なベッドの脇に座り、まだ拙かったエスペル語を捲し立てていた。
おじい様が人払いされたのか、いつの間にか部屋にはふたりきり。
時々間違う言葉を直されながらもお話していたのだけれど、おじい様の咳がひどくなると中断され、そうするとなにを話していたのかわからなくなってしまって。
さすがに自分でもさっきと同じ話をまたしていることに気が付いたわたくしは、もうお話はやめて、昨夜おばあ様がして下さったようにお歌を歌いましょう!と思い付く。
おじい様がさっきより辛そうに目を瞑られているけれど、何を歌ってさしあげましょう?
わたくしが知っているのはライニッシュ語の歌だけ。
でも、わたくしが会話に混ぜてしまうライニッシュ語に首をかしげるおじい様には、アルフ兄様から教わった歌はわからないかしら?
困ったわ。お母様は歌ってなんて下さらないから、エスペル語の歌は知らないし・・・
あ!そうだわ。
昨夜おばあ様が歌って下さった歌ならおじい様もきっとご存じよね?
わたくしには意味がわからないけれど、元気のないおじい様にはちょうどいいわ、あれを歌いましょう!
閃いた名案に張り切って椅子から降りる。
『わたくし、元気になるを歌います!』
♪サイフィ アイディ カントス テルエナ~♪
わたくしが立って元気よく歌い出すと、おじい様がぎょっとしたお顔をされたけれど、止められなかったのでおじい様が元気になりますようにと思いながら歌い続けた。
♪ショスレラ ウナレラ リトランディ スルアーレス ノダレグラ~♪
♪ウインディ ウインディ サイフィ アイディ ウインディ~♪
短い歌なので、調子に乗って2回続けて歌う。
途中から目を瞑って聞いていらしたおじい様だったけれど、わたくしが歌い終わると険しい表情でため息を吐かれた。
あら?元気にならない?
『はぁ。その歌をエミリアーヌに教えたのは、王妃、いや、エミリアーヌのおばあ様だろう?』
『そうです。おばあ様、元気になると言いました』
『そうか。自分が好きな歌だから元気になるのだろう。しかし完璧に覚えてしまったか、困ったな。ああ、エミリアーヌ歌ってくれてありがとう。儂も元気になった気がするよ。どれ、少し起きてみるとするか』
おじい様が横たわっていた状態から上半身を起こしたので、すかさず近くのソファにあったクッションを取ってきて、ベッドのヘッドボードとおじい様の背の間に置く。
少し足りなかったので奥のソファからもふたつ取ってくると『エミリアーヌは気が利くな』とおじい様がニコニコ顔で言われた。
普段お母様から褒められることのないわたくしは、お母様と似た顔に褒められてとても嬉しかった。
『ああ、気分がいいな。本当に元気になったぞ。・・・でもやはりいかんな。エミリアーヌ、いいかい?もう二度と人前で歌ってはいけないよ』
『わたくし、歌うのダメですか?』
『そうだよ。忘れてしまいなさい。・・・ああ、なんだか腹が空いたな。エミリアーヌ、おじい様と一緒にお菓子を食べぬか?おいしいのを持ってこさせような』
突如厳しい顔でわたくしに釘を刺したおじい様は、話を切り変えるようにそうおっしゃって枕もとのベルを鳴らす。
すぐに何人もの人がすっ飛んで部屋に入ってきたけれど、おじい様が体を起こしているのを見て場は大騒ぎとなった。
よくわからない大人たちの騒ぎを眺めつつも、わたくしは悲しかった。
いつもアルフ兄様には上手と褒められていたのに、実際は二度と歌ってはいけないほどわたくしの歌は下手だったということがショックだったから。
けれど皆が喜びながら、孫娘セラピーは凄い!とか、口々にちやほやしてくれたので、すぐに気分は良くなった。
お菓子はなかなか出されなかったけれど。
ちなみに、この時の病は国勢が弱体化していくことによる心労から来たものだとされ、そのまま王位を譲ることになってしまったのだけれど、おじい様は今でもお元気で過ごされている。
―――というわけでね、それ以降、わたくしは絶対に歌うことはしなかったの。
アルフ兄様が、エミリアーヌはお歌が上手だよ、だから歌って!とその後なんども懇願してきたけれど、お断りしてきたわ。
アルフ兄様の耳には上手に変換されるシスコンフィルターが付いているのよ、きっと。
さて、そろそろ一曲目も終盤ね。
ふんふんふん♪いけない、つい頭が揺れてしまったわ。
エミリアーヌが音痴だから仕方がないとはいえ、恵美としては歌いたいのよね、ストレス発散に。
恵美が最後にカラオケへ行ったのはいつだったかしら・・・
あっ!ああー。そうだった。
嫌なことを思い出してしまったわ。
―――あれは試験の日程が発表された日のこと。
突然、同じクラスでも普段あまり話をしない、リア充グループ所属の女の子が『丸瀬さーん、今日の放課後空いてるー?試験勉強前に息抜きしないー?』と誘ってきた。
勉強前なのに息抜きとは?と思ったけれど、せっかく誘ってくれたのだしと、行くことにした。
え?け、決して外面がいいから断れなかったとか、そういうわけではないわよ。
それで女子5人でカラオケへ行ったのに、後からなぜか男子も5人来た。
そして、その中に、ヤツもいた。
ヤツといってもクロードではないわよ。同類だけれど!
そう、初心な女子高生の敵、誰にでもゲロ甘糖分を振りまくイケメンよ!
はぁ。もうクラスメイトの名前も顔も思い出せないというのに、ヤツの顔だけは覚えているだなんて。
あれね、嫌なことほど忘れないものだからよね。
その時も隣に座ってきたり、『それ一口ちょうだい』と、持っていたコップを奪われたり。
対応に困っていると『次、一緒に歌おう』と言われたので、せめてもの抵抗としてここにいる誰も知らないであろうマイナーなアニソンを入れるのが精一杯。
『アニメ好きなの?じゃあ、試験が終わったらアニソン縛りでカラオケ来ようね。今度はふたりきりがいいな』
そうイケメンにささやかれたら、耐性も経験値もない恵美に拒絶は無理ゲーだった。
えー?他の子にも言っているんでしょー、調子いいんだからー!などと、軽いノリで言えるはずもなく。
―――まあ、恵美はその5日後に事故ったから実現しなかったけれど。
うん、恵美が死んでよかったのはそのことだけね。
今ならダンスに誘われるようなものよね。
エミリアーヌとなったこの性格なら、おもいっきり足を踏んずけてやるのに。
はぁ。よけいなことを思い出してしまって、疲れが増えたわ。
大声で歌ってストレス発散したいー!




