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51.すれちがうふたり

「エミリアーヌ」


「ひゃい!」


「そういえばなぜ、ロイスバルとふたりだけで早くからここに居たのだ?供の者はどうした?」


「ひぇええと、わたくしが大聖堂の見学をしたいので早く行きたいと兄にわがままを言いましたもので。供の者は、準備に時間が掛かりそうでしたから、後から来るようにと申しつけました」


正しくは『メイドは、ドジっ子を発動して鞄の中身をぶちまけたので置いてきました』というのだけれど。

いざ玄関を出ようというところでメアリがやらかしたので、外へまで転がり出てしまった物もあったし、手鏡も無残に割れてしまっていた。


それで、ただでさえ人手の足りない中、居ても役立たずのわたくしと、居るとかえって仕事を増やすドジぽちゃメアリをセットにして追い出そうと目論んでいたメイド長が飛んでくる前に『先に行っているわね』と出てきたのよ。

メイド長も執事のバルト同様、お小言が長いのですもの。待っていられないわ!と。


そしてお優しいロイス兄様が、教会を見学するだけだからメアリの方を手伝うようにと従者もその場に残したので、中央大聖堂には兄様とふたりきりでいたというわけなの。

だから、そこいらの柱の陰に【メイドは見た】的な目撃者はいないのよ。

ああ、ロイス兄様、早く戻ってきてくださいまし。


「で、ですが、すぐに参ると思います。ええ、今にでも、すぐに」


メアリ達の為に馬車を出す余裕が今日の我が家にあるとは思えないから、たぶんお母様たちと一緒に来るとは思うけれど、一応目撃者がすぐに来ると仄めかしてなんとか今すぐの処刑回避を試みる。

しかし、殿下がハンカチを手にもう目の前にせまっていて、立ち上がれはしたものの、後ろは椅子で逃げ場がない。


「そうか。兄にはわがままも言うのか・・・ああ、すぐに誰か来るのならば尚のこと早くやっておこう。それを他の男に見られるのは不本意だ」


え?見られて不本意なものとはなんでございましょう?

・・・わたくしの遺体?証拠の隠滅まで完璧になさりたいだなんて。

誰か来る前に埋められてしまうの?まさかご神木の根元の穴に?

いいえ、それこそ目撃者多数だから違うわね。


でもここは教会。

敷地内には遺体がごろごろしていてひとつくらい増えてもわからない場所。

とりあえず、今はここから逃げることが最優先だわ。


しかし、すでに正面は殿下、後ろは椅子に挟まれている状態。

そして左右のどちらへ逃げようとも殿下に捕まるのは確実。

まだ断罪の内容すら告げられていないけれど、ここはひとつ反省の弁を述べて、更生の可能性を示唆し、執行猶予判決を勝ち取らなければ。


「で、殿下のお心遣いに感謝申し上げます。本日は殿下の御前において淑女としてあるまじき行為ばかり仕出かしましたこと、大いに反省しております。わたくし、直ちに家へと戻りまして、淑女教育を受けなおし、思想教育も受けますことをお約束いたしますので、本日のところはここで御前失礼させていただきとうございます」


「今すぐに、帰ると?」


「はい。あ、いえ、もちろん、殿下の従者様が持ってきて下さるお水を、ありがたく頂戴しましてからにいたします」


「うむ。それでも許可はできぬな」


殿下の左手が伸びてきて、椅子に倒れ込みそうになっているわたくしの背にまわり、いよいよ逃げられなくされる。


「そんな。どうか今日のところはお見逃しくださいまし」


せめて辞世の句を読む時間だけでも。


「ふっ。落ち着け、エミリアーヌ。今帰ってはならぬ。そなたの兄の結婚式がまだ始まってもおらぬからな」


「あ・・・そうでございました」


ああ、馬鹿はもう一回死んだら直るかしら。

浅はかな自己弁護は、聡明な殿下に看破されてしまった。

そういえば、わたくしたちが乗ってきた馬車もすでに我が家へ引き返してしまっていて、逃げ帰る手段もないのだったわ。


思わず脱力してうなだれていると、頭上から殿下の「くくっ」という押し殺しきれない笑い声が降ってきた。

背に当てられた殿下の手からもその振動が伝わる。


殿下が笑っていらっしゃるの!?

見たい!

穏やかな微笑みを浮かべていらっしゃるのは見るけれど、笑っているところは貴重だわ。

冥土の土産に目に焼き付けてから逝きたい!

でも、ゆっくりと顔を上げてみたものの、近すぎてこれでは見ていることがばれてしまう。


ああ殿下、もしや面白いことをすれば無罪にしていただけますでしょうか?

でしたら先日のお茶会にいらしたご令嬢に、面白いらしいご兄弟をご紹介いただき、弟子入りもしますが。


「はぁ。なあエミリアーヌ」


笑いを収めた殿下が、とうとう右手に持った証拠隠滅には最適な凶器のハンカチを、わたくしの前にちらつかせてこられた。

もしや結婚式が終わるまで待ってくださるのかと期待したのに。


「だからもう私に任せろ。私でもよいだろう?」


そう殿下に優しく囁かれ、するりと背を撫でられた。

腰が砕けそうになったけれど、これは愛の囁きなどではなく、あくまでも処刑執行宣告。


「・・・はい。殿下がいいです」


そうね。

どうせ処刑されるのなら、顔もわからぬ覆面の処刑執行人より、殿下の手に掛かれる方が幸せね。


「ああ、エミリアーヌ。私がいいか。嬉しいことを。では」


殿下がハンカチを持った右手でわたくしの顎に手を掛けられる。



そしてわたくしの顔は、ゆっくりと上を向かされた。





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