06.王太子があらわれた
ブックマーク登録&最高評価ありがとうございます!嬉し泣き
登場人物の容姿については表現がへたくそなので、必要な時以外は詳しくは書きません。
お好きにご想像くださいませ。
「怪我の具合はどうだ?」
きゃー!レオン様ー!
午後になると本当に、我がライニッシュ王国の王太子であらせられる、レオンハルト殿下が我が家へとお見えになった。
我が家は突然国王陛下が訪れようとも動じはしないけれど、わたくしは憧れのレオン様を前に、内心はもうお祭り騒ぎになっている。
しかも見舞いだとおっしゃって、オレンジ色の花でまとめた花束を持ってきてくださった。
ゲーム内でヒロインだったときに貰った花束よりも、ひとまわり小さい。
けれどうれしい。泣く。
誰か、恵美のスマホを取って!写真撮る!久美と奈々にL●NEする!
ああ、動いてる。静止画じゃない。息してる。
無理ムリむり、死ぬる、処刑される前に悶え死ぬ。
顔が良すぎる。三次元怖い。
レオン様の顔をよく見たいけど見られない。
王太子妃になるべく、頑張ってきた淑女教育を総動員しても顔に出てしまう。
レオン様を前にして絶対顔が赤くなってる。
ミイラのように顔全部に包帯を巻けばよかったわ。
お兄様達とお茶しているとき、顔に張り付いていたとぼけた冷静な顔、どこへ行ったの?部屋かしら?取りに戻ってもいいかしら?
恵美がこのゲームを選んだのも、パッケージのレオン様に一目惚れしたからなのよ。
エミリアーヌとしても憧れの王子様なのだから、今や興奮が2倍なのよ。
ああ、鼻血が出そう。
ゲームで見ていた姿より、まだ幼さが残っているわ。
その優雅に紅茶を飲んでいる姿を撮りたい。引き延ばして天井に貼る!
「はぁ(推しが尊くて)辛い」
あ、鼻血じゃなくて言葉がぼそっと出てしまったわ。まあ、鼻血よりはましね。
レオン様の前で鼻血なんか出したら恥ずか死ぬ。今すぐそこの窓から飛び降りる。
あ、ここ1階だわ。
「ん?体が辛いのか?昨日の今日では配慮が足らなかったな。また日を改めよう」
ああ、わたくしのつぶやきなんてつまらないものを拾ってくださっている、好き。
「あ、いいえ、大丈夫ですわ。この度はご迷惑とご心配をおかけしてしまい、まことに申し訳ございません」
んんん、落ち着きなさい!さっきまでは冷静だったでしょ?なにしに来るの?とか思っていたでしょ?
本人を目の前にしたらすっ飛んでいったということは、そのあたりにまだ冷静が落ちているはずよ、拾いなさい!
まだ顔の傷はかなり赤く腫れているから包帯は外せないけれど、あまり大げさに見えないように巻きなおすよう指示したくらい、先ほどまでは冷静だった。
包帯を巻きながらメアリが怪訝な顔をしていた。
それはそうよね、以前のわたくしなら、これを利用して王太子殿下に責任を取ってもらおうと画策して、大げさに巻けと指示したはずだもの。
「よりによって顔とはな。責任を取って、」「た、たいしたことはございませんわ。傷も残らないと医者が申しておりました」
いけない、王太子殿下のお言葉を遮ってしまったわ。
でも今、責任を取るっておっしゃったの?ゲームではこれを利用して婚約したのかしら?最後まで言わせてはいけないわ!
「そうか、それはよかった・・・では、話は変わるが、私との婚約を望まない理由を聞かせてもらいたい」
え?お父様に宣言したのは今朝よね?お父様、お仕事本当に早っ!
それを問うのがこの訪問の目的なのね。
わざわざ悪役令嬢のお見舞いになんて来るわけないと思った。
一瞬で、さっきまでの興奮が一気に収まる。
わたくしの左隣に座っているロイス兄様の手が、ピクリと動いたのが目に入った。
殿下がいらっしゃる前、ロイス兄様はアルフ兄様に、挨拶以外で口を開くなと厳命されていた。
ちなみにお父様は、お仕事で王城へ行っていてお留守よ。
ちらりと、わたくしの右隣に座っているアルフ兄様の顔を見たのだけれど、微笑を浮かべているだけで黙っている。
わたくしがどうするのか見極めたいのかしらね。
それにしても、こんな王太子の従者も、我が家の執事もいるところで言い訳しなくちゃいけないの?悪役令嬢とはいえ、辛いわ。
「ええ、ええと、そうですわね・・・ああ、そうですわ。こんな怪我をするような迂闊なわたくしに王太子妃は勤まりませんので」
「いや、それは主催した私と、すぐそばにいた護衛の責任だ。あの者も負傷したので治療中だが、追って厳しく処罰するつもりだ」
「まあ、どうか護衛の方へのお咎めはなしにしてくださいませ。そもそもは、わたくしがわがままを言って兄に付いて行ったのですから。それにあの方はわたくしにきちんと右によけるようにと指示してくださいましたわ。わたくしが動かなかったので、自業自得です。わたくしがこの程度の怪我で済んだのは、あの方が身を挺して魔獣を止めてくださったおかげなのです。後日お見舞いに行きたいと、・・・あら?」
今更になって、護衛騎士の姿を思い出した。
あの時はレオン様を探すのに夢中でよく見ていなかったけれど、あの騎士はずっとわたくしのことを見ていたような気がする。
急に話を止めたわたくしに、レオン様が怪訝な顔をしているけれど、その顔も素敵なのだけれど、それどころじゃない。
前世の記憶が戻った後は顔を見ていないから確証はないけれど、あの護衛騎士、もしかして攻略対象者の・・・
「どうした?顔色が悪いぞ」
「あ、いえ、なんでもございません」
「殿下、そろそろ」
レオン様の従者が懐中時計を差し出してきた。
「ああ。悪いがこれから公務でな」
「お忙しいところわざわざお見舞いをありがとう存じます」
だめだわ。護衛騎士について考えるのはお見送りしてからにしましょう。
お見送りのためにソファから立ち上がり、殿下のすぐ近くに移動した。
・・・レオン様はまだ15歳のはずなのにこんなに背が高いのね。
ああ、これでレオン様と関わることはもうないのだわ。
来週招待されていた、王太子の婚約者候補を集めたお茶会に行くこともない。
急いで作らせているドレスも無駄になった。
はぁ、せめてゲームの中みたいに、レオン様と呼んで一度くらいデートしたかったわ。
秘密だよと言って連れて行かれた花畑で、レオン様が微笑んでいるスチルは綺麗だった。
もちろん、今のわたくしにはそんな呼び方は許されていない。
婚約者になった悪役令嬢でさえ『殿下』と呼んでいた。
あれはヒロインだからできたことよね。
さようなら、レオン様。
大好きなあなた様に冷たく婚約破棄を宣言されたくないので、レオン様個人の幸せを踏みにじってまで逃げるわたくしをゆるしてください。
心の中とはいえ、もうお名前を呼ぶのはこれで最後にしよう。
『レオン様、大好きです』
ゲームをやりながらいつもつぶやいていた言葉を、殿下の顔を見上げながら心の中でつぶやく。
わたくしはなぜ、ヒロインに生まれ変われなかったの?
あ、だめだわ。涙がせりあがってきてしまった。
じっと見てしまっていた殿下から、そっと目をそらしてうつむく。
「やはり痛むのか?」
殿下が包帯の巻かれていない、わたくしの右頬にそっと手を伸ばしてきた。
が、そのことにわたくしが気付く前に、誰かがその腕を掴んで止めた。
はっ?なんて不敬なことを!
驚いて顔を上げてみると、殿下を止めていたのはラウルだった。
勢いよく顔を上げたせいで貧血を起こしたのかめまいがし、わたくしはそのまま気を失った、らしい。
そして意識のないわたくしは、たいへんな失敗をやらかした、らしい。