SIDE クロード・ファドリック
長くなってしまいました
「やはりこちらへ来て正解だったな」
そうひとり言ちた私は、前方に座る彼女の後姿を見つめる。
そして彼女が振り返って私のことをあの眼差しで見てくることを想像し、背筋を駆け上がる感覚に身を震わせた―――
午前中、誕生祈祷を受けるはずの彼女を南教会で待ったが、最後まで彼女の姿を見ることはなかった。
ならば午後に中央大聖堂の方で受けるのかもしれないと来てみれば、すぐに彼女の兄であるアルフレット次期マルセルム侯爵を見つけた。
彼は修道士と話をしていた。
再来週の結婚式の打ち合わせだろうか。
もしかしてこちらにも彼女は来ていないのか?
場所によっては薄暗い大聖堂。
誕生祈祷はこれからなので、今は人も多い。
もし彼女がいるとしても、兄からそう遠くない場所にいるはずだ。
見逃さないように目を凝らして見渡すと、貴族席側のかなり端をゆっくりと移動している人影があった。
見つけた!彼女だ。
ステンドグラスの前で立ち止まり、窓を見上げながら微笑を浮かべる姿はまるで聖女のようだった。
もう傷跡もない、彼女の美しい横顔に声を掛ける。
こちらを見た彼女は、私のことを認識した途端、一瞬だったがあからさまに嫌な顔をした。
すぐに少女特有の幼さがほんのり残る美しい顔に、貴族らしい笑みを貼り付けはしたが、眼差しだけは汚らわしい物を見るような嫌悪感をあいかわらず乗せていた。
ゾクゾクした。
―――エミリアーヌ・マルセルム侯爵令嬢。
彼女を初めて見たのは半年ほど前。
私が活動拠点にしている南教会にいた時だ。
それまで夜会に出る年齢ではない彼女との接点はまったくと言っていいほどなく、同じ侯爵位だというのに名前くらいしか認識はなかった。
ただ、魔獣に襲われて怪我をしたという情報は聞いていたので、包帯をした姿ですぐに誰なのかはわかった。
あれがマルセルム侯爵が溺愛していてあまり外へ出さないという娘か。
彼女を見かけるのは稀有なことだ。
声を掛けてみようか。
しかし、面識も紹介もない女性に声を掛けることは失礼に当たるし、別段彼女を篭絡しても得はないのでしばらく様子を見る。
怪我が早くよくなるように祈っているのだろうが、それにしてもいやに熱心に神へと祈る姿に興味が沸き、やはり声を掛けることにした。
最初は驚いた。
私がファドリック侯爵家の者だとわかっても尚、なぜ時折私のことをまるで敵を見るように睨むのかと。
包帯のせいであまりよく見えないが、あれは完全なる愛想笑いだ。
我がファドリック侯爵家とマルセルム侯爵家の関係は、特に悪いわけではないのに、私に対してなにを警戒することがあるのだろう。
ああ、外へ出ないから人見知りなんだな。
それに怪我をしたことでいろいろと怖いのかもしれない。
そう思ったのでことさらやさしく話をする。
自分で言うのもなんだが、私は顔がいい。
この顔で微笑めば、女性は頬を染めて好意的に接してくる。
今までの経験から、それはもう絶対的な自信があった。
だからそれを利用し、我がファドリック侯爵家に有利になるよう立ち回ってきたのだ。
しかし、彼女にいくら微笑みを向けようとも、女性受けする甘い声で話そうとも、まったく眼差しに宿る棘が抜けない。
それをなんとか溶かそうとしているうちに、だんだん今まで感じたことのないむずむずとした感情が湧いてきた。
なんだろう?
彼女に触ればこれがなにかわかるだろうか。
気が付けば彼女に手を伸ばしていた。
それを拒むように、一歩下がった彼女に睨まれる。
その刹那、なぜかとてもゾクゾクした。
なんだろう?
この気持ちはなんなのだろうか。
まさか、あの冷たい眼差しを向けられるのが快感だとでもいうのか?
私はそんな性癖の持ち主なのか?
そんな考えに至ったことに、つい苦笑した。
今まで女性には冷たくしたこともなければされたこともない。
せいぜい拗ねられる程度。
甘い言葉ひとつでご機嫌は取れた。
経験したことがないから、自分を知らなかっただけでは?
――いいや、単純に懐かない猫を手懐けたいのと同じ感情だ。きっとそうだ。
本当に?あの子猫が懐いたとき、私はうれしく思うのか?
――あたりまえだ。今まで男性にだってうまく対処してきたから、あんな敵意を向けられたことはない。だから戸惑っているだけだ。あの眼差しを見られなくなったところで、ガッカリするはずはない。
自問自答しているうちに、彼女はそつなく挨拶をしてさっさと教会から出て行ってしまった。
彼女は、男性全般に対して嫌悪を感じるのだろうかと窓から見てみたが、見送りに出た修道士や、外に居た彼女の護衛と御者にも、穏やかにかわいらしい表情で話をしているように見えた。
私にだけ?
それともファドリック侯爵家になにか蟠りが?
我が家には、ファドリック侯爵である父が、三年ほど前に親戚筋から養女にしたクラウディアという娘がいる。
ファドリック侯爵令嬢となったクラウディアは、父の思惑通りに王太子の婚約者候補にあがった。
彼女、マルセルム侯爵令嬢も婚約者候補だ。
その点で我が家とはライバル関係になるから、それでなのか?
帰宅した私は、兄妹となったクラウディアをつかまえて、彼女について問うてみた。
しかし、別段親しくはないが、だからといって睨まれたりしたことも無いと言う。
腑に落ちぬままその夜一晩、彼女の眼差しが頭から離れることはなかった。
翌日、彼女が王太子の婚約者候補から辞退したという情報が入ってきた。
私はすぐに婚約の打診を入れた。
突拍子もないことだというのはわかっていたが、そのくらいしないと繋がりは作れない。
うまくすれば会わせてもらうことくらいはできるかもしれないと期待したが、怪我を理由に即刻断られてしまった。
今まで会うことが一度もなかったくらいなので、その後しばらくは彼女に会うことができないままでいたが、王太子主催の茶会に参加したクラウディアが、王城で彼女に会ったと父に報告を上げてきた。
まだ包帯をした姿だったが、王城の図書館に行っていたようだと。
翌日、図書館へ行ってみたが彼女の姿はなく、数人の知人に会っただけだった。
しかし、そのうちの一人が、昨日の夕刻に回廊の方で彼女とすれ違ったらしい。
詳しく聞けば彼女はもう包帯はしていなかったし、傷を負っていたことも忘れていたほどもう傷跡はわからなかったという。
そして地味な装いをしているにも関わらず、とても美しかったとも言った。
顔に傷が無いのならば、縁談が殺到するだろう。
すぐさま前回よりもしっかりとした申し込みをした。
しかし、魔力が発現するまですべての縁談はお断りするとの書状しか得られなかった。
勝手に縁談を申し込んだことについては、今のところ父からは何も言われていない。
きっと、なにか思惑があって画策しているのだろうと思われているのだろう。
我が家とマルセルム侯爵家がここで繋がりを持つ必要は特にない。
それに先ほどアルフレット様に言われてしまった通り、もし釣り合いを考えるとすれば私より弟との縁談の方がまだマシだ。
いくら学力は良くても私より弟の方が魔力が強い。
次期ファドリック侯爵である兄のスペアは、私ではなく弟なのだ。
母に似た女性受けする風貌の私は、学院を卒業後、我が家が力を入れている教会と貴族の間を取り持つことを父に託されている。
まあ、それは表向きの話なのだが。
もし、彼女に光の魔力が発現して聖女となれば、父は間違いなく彼女を我が家へ取り込もうとするだろう。
それは教会の裏で暗躍する我が家に、どれだけの利益をもたらせることか。
それならば、教会と結びつきの強い私との婚姻が成り立つ。
まあ、いくら神に祈ろうともそんな奇跡は起きないだろうが。
ああ、なんとか彼女に関わっていたい。
彼女くらいしか私を睨んでくれる女性はいないだろう。
なぜ彼女が私を嫌うのかはわからないが、あれはそう簡単に好かれる気がしない。
いや、好かれたくない。もっと蔑まれたい。
そうだな。もう自分を認めよう。
先ほど彼女に声を掛けた途端、すっ飛んで来て彼女を守るように私との間に入られたアルフレット様の目も良かった。
よく似た眼差しの美しい兄妹に睨まれて、会話中ずっと快感にゾクゾクしていたのだから。
彼女の家庭教師になろうか。
でも、アルフレット様にまで警戒されてしまっては、マルセルム侯爵家に入り込むのは困難だな。
彼女が学院に入学するのは来年度か。
前々から学院で教師をしている伯父に、教師にならないかと誘われている。
そうだな。教師になれば、現状よりは彼女に会うことができるだろう。
さて、どう父を言い包めようか。
祈祷が終わったタイミングで顔なじみの修道士に話し掛けられ、相手をしているうちにふたりは出て行ってしまった。
ここで無理に追いかけて、更にアルフレット様に警戒されるのは得策ではないな。
とりあえず、次に会えるのは正式に招待されている再来週のアルフレット様の結婚式だ。
間違いなく挨拶はできる。
きっとあの美しい薔薇は、また、私だけに鋭い棘を向けてくれるだろう。
ああ。
ゾクゾクする。




