40.これでもまだ午前中なのですよ
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ジェラルドさんや」
「・・・なんでございますか、お嬢様」
「貴様、これはどういうことだと思われまするか?」
「お嬢様、いけません。表情に出されないようにしていても、お言葉に動揺が現れておいでですよ。さては王城に行かれた時になにかございましたか?」
「そういうジェラルドも、今日は暑くもないのに額に汗をかいているではないの。城でなにかあったかですって?こんな意味のわからない仕打ちをされるほどのことは、さすがに仕出かしてはいないわよ」
―はい。王城に地味な色の服を着て行ったわたくしへ、華やかで素敵な服をありがとう存じます。
もし、あれが普通の爽やかな青色だけの服ならば、今日のお出かけに着させていただきましょう。
もし、あれが普通の鮮やかな緑色だけの服ならば、来週のお茶会で自慢させていただきましょう。
でも、あの青から緑へ変化する色合いの服は、謝罪を受けるどころか、困らせようと嫌がらせを受けているとしか思えないわ。
まだ囚人服の方が着る機会があるかもしれない。機会があっては困るけれど。
殿下はいったいなにを目的となさって、これをわたくしに贈り付けられたの?
よもやよもやはいやだわの王太子ルート復活?
殿下もやはりヒロインと単独で結ばれるために、今からでも悪役令嬢と婚約したくて、とか?
それにしても、これはやりすぎなのではないかしら。
ヒロインに贈ったのは、普通にピンク色のドレスだったじゃない。
「・・・さて。お嬢様はこの意味をどう受け取るのがお望みでしょうか?」
「・・・動悸が酷くて受け止めきれないわ。わたくし、14歳は平穏無事に過ごすことを、今、目標に決めました」
「そうですか。では、お望みのままに。こほん。いいですか、お嬢様。落ち着いて下さい。
あの色が変わる生地は、特殊でも高価なものでもなく、これから一般にも出回る織り物で、あの色の組み合わせも、きっとこれから流行るものなのです。王家が流行をいち早く取り入れたというだけのことで、そういう意味が、特別な意味が、含まれているものではないと、思われます。と、私は思いたいです」
ジェラルドが自分にも言い聞かせるようにゆっくりと話す。
「なるほど。あの生地はそのうちありきたりなものになる、と。では、ジェラルド様。あの縫い付けられている宝石っぽいものにも、たいした意味はないとおっしゃるのよね?色合いが生地に合うからというだけであの色のものを付けた。あなた様はそうおっしゃって下さるのよね?」
「うっ。はい。そうですね。そうですよ。そういうことに致しましょう」
襟の白いレースのところどころには、眩い金色に見えるビーズが散りばめられている。
まあ、ただのビーズではないことは、光り方で一目瞭然なのだけれど。
わたくしとジェラルドがわざわざ主語・主文を避け、お互い動揺しながらもなんとかただの衣服だと思おうと努力しているというのに、メアリが地雷を掘り起こし、中身を取り出して投げつけてきた。
「お嬢様~。この生地、青から緑に色が変わりますよ。まるで王太子殿下の瞳みたいですね~。ここの宝石も王太子殿下のお髪と同じような色ですね~」
「メアリ!お黙りなさい」
「ジェラルド。間違って届いたという可能性は?」
「それは無いと思われます」
「では、オーダー自体を間違えた可能性は?王太子殿下が侯爵家の令嬢に贈るということは、すなわち婚約者へ贈るのだと勘違いした、どこかのドジっ子のような者が発注書を出したってことは?ありえなくないわよね?そうよね?」
わたくしとジェラルドは、同時にメアリの顔を見る。
「えへへ。なんですか?おふたりしてー」となぜか照れるメアリを見ていたら、馬鹿馬鹿しくて少し冷静になれた。
「はぁ。お嬢様。この疑問の答えは、求めることもできないのですから、あきらめてこのままお受け取りになり、封印なさった方が賢明かと」
「ふぅ。そうね、ジェラルド。そうしましょう。どうせわたくしはあまり外へお出かけすることは無いのだから、着なくてもばれないわ。でも、お父様にはすぐにご報告しなければね。その後でもう箱が開かないように縛っておいてちょうだい」
「かしこまりました」
ジェラルドがメアリから服を取り上げ、箱に仕舞い直す。
「ええ~?お嬢様~、試着した方がいいですよ~。サイズ直しがあるかもしれないですしー」
王家からの注文で、サイズ直しなんて失態があるはずないわ。
このドレスメーカーは我が家御用達で、最新のわたくしのサイズを把握していることだし。
それにサイズうんぬん以前に・・・サイズ?サイズねぇ。
「そうね。太ったらサイズが合わないから着られないわよね」
「ああ。それはいいですね」
「え!?ダメです!ダメです!太られてもサイズ直しに出しますからー」
「メアリより太れば直しきれないわよ」
「おお。それはいい考えですね」
「お嬢様ー。ダメですー。そうしたら敵いません」
「なにと戦うのよ。冗談よ。メアリの体重を越せる気がしないわ」
「それは残念」
「ジェラルド、今なにか言った?」
「いいえ、お嬢様。なんでもございませんよ。では、私はこれで失礼いたします」
箱を抱えなおしたジェラルドが、お父様の元へ向かうために部屋を出て行った。
お父様はまだお仕事中らしいから、呼ばれるまで時間がありそうね。
「いいことメアリ。あれはアンタッチャブルよ。あとで最上階の物置の奥に入れてもらうけれど、あなたも見なかったことになさい」
王太子殿下は、お生まれになった時は青い瞳をしていらしたそうなのだけれど、風の魔力が強すぎるせいで、青い瞳が緑色に変わる時があることは、我が国の国民ならば周知の事実なの。
それに加えて殿下の髪と同じ色の宝石が付いているだなんて。
婚約者でもないわたくしに、あんな独占欲丸出しと取られる服を、着ろ?着れ?着よ?
えーえ。婚約者だった悪役令嬢だったら、それはもう着倒したことでしょうね。
わたくしだって、前世の記憶がなければ勘違いしまくっているわ。
今だって、せめて一度くらい袖を通してみたいとは思うけれど、そうしたら・・・王太子殿下から贈られた、わたくしのサイズぴったりのレオン様色の服なんて纏ったら・・・ええ。嬉しいのだか悲しいのだかわからない涙で濡らすくらいなら着ないわ。
だいたい、あれをどこで着られるというの?
元婚約者候補だったわたくしが着たら、ナタリア様じゃなくても未練がましいと陰口を叩かれることは目に見えているじゃない。
殿下の色を纏ったことで断罪しようという罠だというならば、納得できるけれど。
まあ、それならばよけいに恐ろしくてあれを身に纏うことはできないわね。
まだもったいないと不満そうにしているメアリも追い出して、とりあえずお礼状だけは書かねばと、机の引き出しから便箋を取り出した。




