SIDE アルフレット・マルセルム 3
「アルフレット様。ウエディングドレスは当日のお楽しみになさりたいとのことで、お嬢様は来られません」
「そうか。ジェラルド、私も一度執務室へ戻る」
「はい。すぐにお茶をご用意いたします」
今日は再来週に迫った結婚式の衣装の、最終調整の為に時間をあけている。
私はすでに終えているので、婚約者のリディアンヌを衣装合わせの為に用意されている部屋へ送り届けると、また自分の執務室へと戻った。
どうせ着替え終わるまで時間が掛かるだろうから仕事でもするかと。
しかし、今日は仕事をしないことが前提なので机の上に書類はない。
バルトめ、どこに書類を片付けたんだ?まだ戻ってこないのか。
仕方がないのでシャルルが寄越した茶会の招待者リストを眺める。
急遽決まったことだし、招待客もご令嬢ばかりで少ない。
シャルルが印を付けた要注意人物は・・・って、ほとんどではないか。
まあ、今回はこちらも相手の意図がわかっていて招待したのだ。
シャルルにいわれずとも注意はしているさ。
ジェラルドが出してきた紅茶には、歪な形の菓子が添えられていた。
「こちらは、先ほどお嬢様がお作りになられたマシュマロクッキーでございます」
「エミリアはまた菓子を作り始めたのか」
ここしばらくはパンに挟む具材作りに精をだしていたのに。
ほう。クッキーの中にマシュマロが入っているのか。
これはまた食感が変わっているが旨いな。
クッキーはココア味・・・さては、厨房に入っているのをまた母上に咎められ、ご機嫌取りに作ったな。
「こちらはかなり悩まれながら作っておいでのようで、試作品第一号だそうです。
・・・しかし、また体重の増加が見込めそうなお菓子で結構なことでございます」
「ん?ジェラルド、今なんと言ったのだ?」
「いいえ。たいしたことでは。ああ、またメアリがお菓子にお嬢様のお名前を付けようとしてお嬢様と揉めておりました。『エミマロ』とメアリが言った途端、お嬢様が激怒なさいまして」
「ほう。かわいい名なのに気に入らないのか」
そういやいまだに『エミール』という名も嫌がるな。
自分の名がつくのは嫌なのか。謙虚だな、我が妹は。
王太子妃を目指して使用人とも距離を作っていたエミリアも、王太子の婚約者候補を辞退したからかすっかり力が抜けて丸くなり、いまや屋敷のあちこちで皆と話をしている姿を見かける。
菓子や料理作りに興味があったことには驚いたが、楽しそうでなによりだ。
そういえば、シャルルはエミリアの菓子についてはなにも言っていなかったな。
ああ、茶も出さなかったか。
まあ、シャルルをお客扱いすることも今更ないか。
シャルルはまた明日と言っていたから、エミリアの誕生会も参加するつもりだ。
そういえば、家族だけの誕生会だと言うのに、なぜ当然のように毎年席が用意されているのだろう?
まあ、仕方がないか。
シャルルもロイスも私を兄様と呼んで育っているのだから、あれらも一応かわいい弟たちだ。
本当にかわいい妹のエミリアは、やはりリディアンヌの衣装合わせには来なかったな。
私とリディアンヌが婚約した当初、とても嫌がっていたエミリアも、最近はだいぶ打ち解けているように見えたが完全にはまだ無理か。
『アルフ兄様を取られるのは嫌ですわ!』などとかわいいことを言っていたものな。
それを聞いてすぐさま婚約を解消しようとしたら、バルトに一週間も説得され止められたものだ。
リディアンヌ・エルトロール子爵令嬢とは学院で知り合った。
4つ年下で20歳になる彼女が、行き遅れと言われてしまうまえに結婚することにした。
父と母は自分たちが恋愛結婚だから、私達にたいしてもずっと好きな人を選んでよいと言っていた。
私自身は特に恋愛に興味はないが、侯爵家の後継ぎとして結婚だけはせねばならぬ。
それならば相手はリディアンヌがいい。
彼女のいいところは、私がエミリアの話をしても笑顔で聞いてくれるところだ。
なかなかいなかった人材だから、エミリアとも上手くやって欲しいものだな。
はぁ。結婚か。
『わたくし、王子様と結婚しますわ。おほほほほ』
エミリアがそう言い出し、勉強を頑張り始めたのは5歳くらいのときだったか。
ちょうど私が学院に入学したためにあまり構ってやれず、ロイスもエミリアへの気持ちを自覚して素直に接しられなくなっていた時期だった。
だからエミリアを妹のようにかわいがっていた、2歳年上のトラビスタ侯爵令嬢の影響をもろに受けてしまったのだ。
あの頃はなににおいても彼女の真似をしていた。
あまり母上が甘やかさなかったから、彼女に依存していたように思う。
ショックで一晩寝込んだ父上も、エミリアの気持ち優先だと言ってそれからはすべての縁談を断ってきた。
そしてエミリアは、王太子の婚約者候補に挙がった。
まあ、侯爵令嬢なのだから、王太子と年回りが会えば馬鹿でも候補に挙がっただろう。
でも、婚約者に選ばれるには相応の知識と教養が必要だ。
間違いなくエミリアは婚約者に選ばれる。
私はそう確信していた。
だからあの日、王太子殿下主催の狩猟大会に付いて行きたいとのおねだりに負けて、エミリアを会場に連れて行ってしまったことは本当に後悔した。
あの時怪我さえしなければ、エミリアが婚約者候補を辞退したいなどと言い出すことはなかっただろうから。
『アルフレット!君の妹が魔獣に襲われて怪我をしたらしい。すぐに戻れ!』
森の奥にいた私は、馬を飛ばして知らせにきてくれた友人からそう言われたものの、気は急くのに脚が震えてなかなか馬に乗れなかった。
それまで父上がなかなかエミリアが出かけることを許さないのを可哀想にと思っていたが、理由が身に染みてよくわかった。
あの事件の後、エミリアが出かける際の従者は、護衛も兼ねられる者を付けている。
そしてエミリアが出入りする厨房の料理人、御者、そして庭師に至るまでエミリアを守れるように鍛えている最中だ。
なのに今日、先ほどの騒ぎが起きた。
まさか、肝心の門番の頭が使えないとは思わなかった。
怪しい者が尋ねてきたから確認してくれ?
怪しい者だと思ったのだろう?ではなぜ一番守るべきエミリアを呼びに行くなどしたのだ?
エミリアに付いていた護衛もロイスもラウルもだ。
自分たちだけで行けばいいものを、なぜエミリアまで連れて行った?
様子を見ていて私に知らせに来たメイドの方が、よっぽども危機管理ができている。
ああ、頭が痛い。
全員まとめて教育しなおしか。
早急にバルトと今後について検討する必要があるな。
リディアンヌの衣装は、私もエミリアのように当日の楽しみにすると伝えさせておけばいいか。
本当はエミリアに付けるメイドも鍛えたいのだが、いい人材がいない。
今一番エミリアの側にいるメアリはあの通りだし。
エミリア本人を鍛えた方がよっぽども安心か?
しかし、剣も持てないか弱い妹だ。どうしたものか。
もし、王太子の婚約者になったとしたら、王太子妃教育の中には護身術もあるはずだ。
守られる者とて知識があるとないでは危険度が違うのだから。
ふっ、王太子妃か。
今思えばあの父上のことだ、どうせどこかの時点で邪魔をするつもりだったのだろう。
王太子妃になってしまったら、家族であってもおいそれと会えなくなってしまうのだから。
だいたい、これから本格的に婚約者の選定が始まるという時に、エスペル王国で金が出たというのはタイミングが良すぎる。
小国ひとつで我が国に影響が出るとも思えない。
そして先日、父上が領地の館を改装すると言い出したのもおかしい。
ロイスが学院を卒業したら本格的に領地経営を学ばせることになっているのだが、まさかエミリアをロイスと結婚させる気ではないだろうな。
ロイスと結婚させればエミリアを手放さずに済むものな。
そして私に王都での仕事を押し付け、自分は引退して領地へ引っ込み、今忙しくてエミリアと過ごせない分を取り戻す気だとか?
ありえる。
父上ならやりかねん。
エミリアの魔力属性だってそんな特殊なものが発現することもないだろうから、ロイスが強ければいいはずだ。
そうか、ロイスの魔力が急激に伸びたのも、父上がなにか焚きつけたな。
大方、魔力が強くなったならエミリアとの結婚を考えてやってもいい的なことを言って。
ロイスは隠していたが、鍛錬中に何度か血を吐いていた。
属性がひとつしかなく、それすら弱かったロイスがあそこまで魔力を上げるには、相当無理をしたはずだ。
まったく。父上も娘の為には非道なことをなさる。
それにしても、私だけ王都に置き去りとはそれも酷すぎる。
エミリアと年に数回しか会えなくなってしまうではないか。
さて、どうやって阻止してやろうか。
阻止といえば、あの時どうしてエミリアは急にラウルを慕っているなどと言い出したのだろう。
ラウルとの結婚なんてそれこそ絶対に阻止しなければ、二度とエミリアに会えなくなってしまう。
まあ、いつもの気まぐれかな?すぐに態度が元に戻ったし。
あと、とりあえず危なそうなのはクロード・ファドリックか。
結婚式には招待せざるを得なかったが、エミリアとあまり会わせたくはないな。
でも当日、新郎である私はさすがに側にいられない。
今回ばかりはロイスに守らせるか。
王太子が2度もエミリアを城へ呼びつけたことも気になるが、あれはもうエミリアに結婚してもらえない残念な王子様になったな。
―――愛しい我が妹よ。
最近は我儘を言うこともなく、甘えてもくれなくなってしまって兄様は寂しいよ。
でもそうやって大人になっていくんだね。
それに伴って増え続ける蛆虫どもは、兄様が追っ払ってあげよう。
だからどうかエミリアは幸せになっておくれ。
エミリアの幸せのためならば、兄様はどんなことでもするからね。
ああ『アルフ兄様の側にいるのが一番幸せ』
そう言ってくれたら、兄様も幸せなんだけどな。




