38.大変だった一年の最後の日は
「「アルフ兄様!」」
「まったく、なにを騒いでいるのかと思えば。門前でする話ではないだろう。エミリア。家の中に入りなさい」
「はい。アルフ兄様」
掛けられた声に振り向くと、そこにいたのはアルフ兄様だった。
今日はいつもより髪がきっちり撫で付けられているわ。
これからお出かけするのかしら?
アルフ兄様の後ろでは執事のバルトが渋い顔をしている。
たしかに門前なのに少し騒ぎ過ぎたわね。
これは久々のお小言コースまっしぐらかも。
「ロイス。それからラウルも。剣を元の場所に戻し、呼ばれるまで自室にいるように」
「でもシャルルが、」
「ロイスバル」
「はい。アルフ兄様。自分の部屋へ戻ります」
アルフ兄様の低い声の呼びかけに、ロイス兄様が姿勢を正して答える。
やばいわ。アルフ兄様がめったに見ないお怒りモードよ。
きっちりとした髪型のせいもあって、一層厳しく見えるし。
「シャルル・・・なのか。君も来なさい。私が話を聞こう」
「はい。アルフ兄様。騒いでごめんなさい」
いつもはシャルルに対してもやさしいアルフ兄様の、いつもとは違う厳しい声にシャルルが神妙な顔をして門をくぐって来た。
シャルルが入ってくると、ロイス兄様とラウルがわたくしの前に立つ。
うーん。攻略対象者から攻略対象者に守られるという、これはまたなんともいえない構図ね。
「ロイス!ラウル!駆け足!」
「「はいっ!」」
アルフ兄様の大喝に飛び上がったふたりが、慌てて回れ右をし玄関へと走っていく。
それにひとりの護衛が釣られて駆け出し、たたらを踏んでいた。
おや。君はいつぞやの騎士君ではないですか。
そうそう。君は今はわたくしの護衛なので、まだここにいなくてはいけませんよ。
若い騎士のその様子に一瞬目を細めたアルフ兄様が、今度はバルトに何やら指示を出し、バルトは門番のところへ向かって行った。
あの様子だと、門番も怒られるのだわ。
バルトとすれ違ったシャルルが、私の前に来た。
うわぁ!並ぶとますますシャルル感がなくなったのがわかるわ。
背丈はもうロイス兄様と変わらないのではないかしら。
それにしてもシャルルまでロイス兄様のようにバグった?
まあ、シャルルが15歳にしては幼い容姿だったのはゲームの都合で、実際の男子の成長はこのくらいが当たり前よね。
「では、行こうか」
わたくしとシャルルの間にアルフ兄様が入る形で、玄関へと向かう。
シャルルとお互い、半歩前を歩くアルフ兄様の顔色をちらちら窺いながら話をする。
「ええと、シャルル。4か月ぶりかしら?元気にしていた?あと疑ってごめんなさい。あまりにも変わ・・・成長していたものだから、一目ではわからなくて」
「はい。僕はこの通り元気です。エミリアーヌもお怪我が治ったようでなによりです。僕の背丈は領地に着いた途端、急に伸びましてね。自分の親にも疑われるくらいですから、仕方がありませんよ」
「シャルル・・・あの、この前、シャルルの分のフルーツを取ってしまったこと、怒っていないの?」
「フルーツ?ああ、あれは僕が食べられないものをよけて下さったのですよね?怒るどころか僕のことをよく分かって下さっていて嬉しかったですよ」
「そ、そう?」
ああ、失敗。
怒らせたはずなのに普通の態度だと思ったら、好意的に取られてしまっていたのね。
「それで、エミリアーヌ。僕になにか言うことはありませんか?」
「え?言うこと?んー、わたくしのかわいいシャルルを返して!とか?」
「ぶっ!」
後ろから付いてきているカイルがまた吹き出した。
シャルルが「またお母様と同じことを」と嘆いているので、カイルの笑いのツボはどうやらシャルルのお母様の真似らしい。
「ああ!いけない!そうね。まずはお誕生日おめでとうよね!」
「はぁ、そっちですか。まあいいですけど。エミリアーヌには明日おめでとうを言いますね」
え?明日も来るの?
たしかに家族だけの誕生日会だというのに、なぜか毎年シャルルは当たり前の顔をして参加しているけれども。
「そういえば、エミリアーヌ。ロイス兄様の誕生日にとても素敵な魔力属性のアクセサリーを贈られたそうですね」
どこからの情報よ?
ああ、でもシャルルにもアクセサリーを買ったから渡せるわね。
「ええ。シャルルにも、」
「いいなぁ。僕も欲しいです。でも、僕に魔力が発現してからでないと選べないですよね。僕も16歳の誕生日にはアクセサリーを贈って下さいね」
「え?・・・あ、ええ、もちろん!もちろんそうよね。ええ、そうよ。魔力の属性が判明しないことにはアクセサリーを選べないものね。わかったわ。16歳のお誕生日にね!」
あっぶなーい!
そうよ、シャルルはまだ14歳になったばかりで魔力は発現していないわ。
ゲームでは婚約した15歳で渡したのね。
この時点でアクセサリーを渡して魔力属性が当たっていたら、聖女の前に予言の乙女とか言われそうじゃない。
そしてどちらも偽物だから断罪材料になってしまうわ。
はぁ。ほんと、破滅フラグ折るのは容易じゃないわね。
むしろフラグを立ててる方が多い気がするわ。
「でも刺繍のリボンはすぐにでも欲しいです」
だからどこからの情報よ?
やはり宰相家には諜報活動をする影がいるのかしら。
「ええ。それは構わないけれど。でもリボンだけなのは変でしょう?ハンカチならすぐに作るわ。どんな柄がいいかしら。希望はあって?」
「わーい!嬉しいです。では仕事が成功するようにと」
え?あの塔の完成を祈念するの?
それはちょっと、無意識に糸が2、3本飛んでしまって効力がないかも。
「ええと、それはずいぶん短期間の願掛けね・・・うん、健康!急に成長したことだし、健康に過ごせるように願うのがいいのではないかしら」
「ええー。年寄りっぽくないですか?」
「何事も身体が資本よ!」
「そうだ。成長といえば、どうです?僕はエミリアーヌの好みの男に成長しましたか?」
アルフ兄様が、頭半分ほど低いシャルルをジロリと見下ろしたのでこの話はここで終わり、そしてちょうど玄関に到着した。
たしかに、成長したシャルルはかわいいが取れてしまったけれど、それでもさすが攻略対象者だけあってかなりかっこいいわよ。
でも、ごめんなさい。
わたくしの好みはやはりレオン様なのよ。
まあ、ヒロインにやさしいレオン様の方だけど。
そう。わたくしを見て顔を背ける王太子殿下ではなくてね。
ああ、レオン様はバグっていないわ。
あれが悪役令嬢に対する正しい態度ですもの。
シャルルが結婚についてなどと不穏なことを言っているので同席したかったけれど「エミリアも呼ばれるまで部屋に居なさい」とアルフ兄様に言われてしまったので、兄様に連れられて行くシャルルと別れて部屋へと戻る。
大丈夫。大丈夫。婚約の話はアルフ兄様が絶対に断って下さるわ。
部屋でメアリにお茶を淹れてもらい、刺繍の図案を考えていると部屋のドアをノックされた。
メアリがドアを開けると、そこにいたのは執事のジェラルドで、たぶんアルフ兄様の指示であろうお誘いをしてきた。
「リディアンヌ様がこれからウェディングドレスの最終調整をされますが、ご覧になりますか?」
アルフ兄様とリディアンヌ様の結婚式は2週間後。
アルフ兄様は衣装合わせの途中だったからあの髪型だったのね。
なのにわたくしたちが騒ぎを起こしてしまったと。
それは怒るはずだわ。
それにしても、シャルルが来た今の今でウェディングドレス・・・怖っ!
「うっ、いえ。結構ですわ。わたくしは当日のお楽しみにします」
ジェラルドを見送り、ドアを閉めたメアリがスキップしていそうな足取りで戻ってきた。
「メアリ。何をニヤニヤしているのよ」
「あっ、ええとぉ。結婚式楽しみですよねー」
「メアリは振舞われる御馳走が楽しみなだけでしょ?」
「えへへ。そうですね。もちろん、明日も楽しみです~」
明日はわたくしの誕生日で、使用人たちにも御馳走が出るものね。
踊りだしそうなメアリにあきれながら、シャルルへ贈るハンカチに針を刺す。
いろいろあった13歳の、最後の日はそうして過ぎていった。




