36.誰そ彼
「ロイス兄様、お帰りなさいまし」
ここのところずっと、アンドリューを警戒していたアルフ兄様に従い、なるべく門から見える玄関付近へは近寄らないように家の中を大回りしていた。
けれど、もうアンドリューは新任地へ行ったことだし大丈夫でしょうと厨房から移動するのに普通に玄関前を通過していたところへ、ちょうどロイス兄様が学院からお戻りになったのでお出迎えをする。
「ああ、エミリア。今帰った」
ロイス兄様が特上の笑みを浮かべながら玄関ホールへ入ってきた。
姿勢もよく、体つきも細いけれど鍛えてあるのがよくわかる。
最近はどもらないし、ツンツンもしていなくて、まったくゲームのロイスとは様子が違う。
そしてゲームのエンディングの時のような笑顔を、ふだんから惜しげもなく振り撒くようになっていた。
それにしても、今日はまたずいぶんとご機嫌ね。
「ロイス兄様・・・なにかいいことでもあったのですか?」
「ふふん。そうだなエミリアにも関係することだからな。聞くか?聞きたいか?」
見たことのないような浮かれっぷりね。
もう幼いころから見ているロイス兄様としても別人のようだわ。
そんなに学院って楽しいことがあるものかしら。
「話したくてうずうずしているくせに」
わたくしがロイス兄様の、いかにも聞いてくれと書かれた顔を訝し気に見ていると、ラウルがニヤニヤしながら口を挟んできた。
あら、ラウルもいたのね。
ロイス兄様より背が高いけれど、目に入ってなかったわ。ツーン
「なんだよ、ラウルだって人のこと言えないじゃないか。 実はな、エミリア。今日学院の廊下で王太子殿下に呼び止められたんだ。フフフ。そして、なんて言われたと思う?」
「で、殿下に?な、なにを?」
「『その腰に付けている魔石のついたアクセサリーを見せてくれ』とな。いやー。これに目を止められるとは、さすが殿下。お目が高いよな」
ロイス兄様が、殿下の真似をしたつもりなのか少し澄ました顔をしてから一気にニヨニヨし、腰に下げているアクセサリーを手にする。
あれは、わたくしがお誕生日に贈ったものよ。
それを殿下が?
まさか、今度はロイス兄様に難癖をつけて、そちらからわたくしを罪に問おうというのではないでしょうね?
「そ、それで?お見せしたのですか?なにか問題がございまして?」
「はは。目を止めたわけではなくて、ロイスがあちこちで自慢しまくっているから耳にしたんだろうよ。 お嬢様、ロイスがお嬢様が選んで下さったアクセサリーはもちろんのこと、刺繍リボンも自慢しまくり、それを殿下が食い入るようにご覧になっていましたよ」
「そういうラウルだって『私には幸運を願われたのですよ』と言って、殿下に自分のを見せびらかしたくせに。殿下が一瞬悔しそうな顔をされたの、気付いたか?」
ロイス兄様とラウルが悪い顔で笑い合っている。
ほんと、このふたりは仲がいいわね。
それにしても、殿下が悔しそうな顔を?嫌そうの間違いでしょう。
「ちょ、ちょっとラウル!また王太子殿下に対して不敬を働いたの?」
「不敬ではないよなー?ラウルのもたっぷりお見せしたし。でもあの様子だと、殿下から同じものをくれとエミリアが言われるのではないか?」
「仮にも王族が、自身の国の臣下個人に物をねだるなどということは・・・したくてもできないでしょうねぇ」
ラウルがものすごく愉快そうにニヤリとした。
しつこくねだってきたあなたは王族ではないと?
だいたいゲームで婚約者だった悪役令嬢が贈ったものと同じなのよ。
付けていなかったのに欲しがるわけがないし、リボンだってエスペル王国の刺繍がめずらしかっただけでしょう。
「殿下ならお好みの物を王族御用達の職人に注文なさるでしょう」
「そういうことじゃないんだよなー」
ではどういうことなのか問おうとしていると、わたくし達の前に門番がひとり、走りこんできた。
「お話し中失礼いたします。お嬢様にお客様がいらしております。それでご確認を、その、どうにも怪しくて」
来客の知らせに門番が直接走ってくるなんてこと、めったにありはしないのに何事なの?
「わたくしにお客様?今日はどなたともお約束はないわよ」
「怪しいのなら追い返せ!」
「ええ。ですがその、ルーベンス侯爵家のシャルルジーク様を名乗っているので無下にはできなくて・・・」
「シャルル?あなた達、いつもシャルルのことは顔パスで通しているでしょう?出禁にしているわけでもないのになにを今更?」
「そうなのですが。とにかく、ご確認をお願いいたします」
「わかった。エミリア、確認してくるからここにいるんだ」
「でもわたくしのお客様なのですよね?一緒に行きますわ」
「そうか。では遠目で見るだけな。決して俺たちから離れないように」
玄関にいたので門まではたいした距離ではないとは言え、間に前庭があるので、歩けば3分近くかかる。
さっそく玄関ホールを出ようとしたところで、ロイス兄様とラウルがホールに掛けられた大きなタペストリーの裏から長剣を取り出した。
え?そんなところに武器が隠してあるの?
護衛ふたりを先頭に、ロイス兄様に隠れるようにして門の近くまで行くと、門前で門番に止められている男たちが見えたので足を止めて観察する。
ふむ。あの人ね。
シャルルを名乗るだけあって、髪の色はシャルルと同じだわ。ふわふわ加減も。
でも決定的に背丈が違うことが一目でわかるわよ。
だいたい、わたくしを嫌ったシャルルが、訪ねてくるはずがないのよ。
「エミリアーヌ?エミリアーヌ!」
こちらに気が付いた男が、わたくしの名を叫びながら片手を大きく振ってきた。
その少しかすれた声も、シャルルの高くかわいらしい声とはまったく違うわ。
「「誰?」」
ロイス兄様と声が重なったので、お互いに顔を見ながら首をかしげる。
「エミリアーヌ!僕です!シャルルです!わかりますよね?」
男が必死に訴えているけれど、そんな簡単な嘘に騙されたりしないわよ!
ここはガツンと強めに言ってやりましょう。
わたくしはロイス兄様の後ろに回り、兄様の腰のあたりの服を掴むと、顔だけ出して叫んだ。
「嘘おっしゃい!シャルルはもっとかわいいのよ!」
「ううっ、お母様とまったく同じことを言うなんて・・・」
「ぶっ!」
偽シャルルが嘆きながら頭を抱えると、偽シャルルの後ろにいた男が吹き出した。
あれはカイン?
なぜシャルルの従者が、偽シャルルと一緒にいるのかしら。
いいえ。あの笑いをこらえて肩を震わせている男も、カインに似ているけれど別人だわ。
あのふたりは一体、何者なの?




