35.おかしによるおかしなおはなし
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今朝、ブックマークが100件を超えたのを見て舞いました。
最高評価もありがとうございます!
「お嬢様~。今日もエミールは作られないのですかー?」
「・・・ええ、メアリ。スノーボールは一旦終わりよ。もう三盆糖も残っていないし」
「では、では、他のお菓子はどうです?この間、王城の図書館に行かれたのですよね?新しいレシピはないのですか?」
「メアリ。あなたいいかげん太り過ぎよ。そのうち気が向いたら野菜でお菓子を作るつもりだけれど、それでもお菓子はお菓子。痩せないのならもうお菓子の試食はさせないわ」
「えー、でもぉ、太ったらかわいくなったと言って下さる方がいてぇ、それでぇ、その方とお付き合いすることになったんです。きゃあ、言っちゃった!」
「へぇぇぇぇぇえぇぇぇ。それはおめでとー(棒)」
つい、侯爵令嬢にあるまじき声が出てしまったじゃない。
ドジっ子、いや、ぽっちゃり追加でドジぽちゃメアリは、そんなことは気にせずに両頬に手を当て、くねくねしながら照れているけれど。
へー。ふーん。その彼はきっとその筋がお好きな専門の方なのね。
「ですから、これからも試食はお任せください!」
「さぁて。今日は食べられない刺繍でもしようかしらねー。ああ、お茶菓子は作らなくていいと料理長に言ってきてちょうだい」
「そんなぁ。下げ渡しも無しだなんて!」
メアリが嘆いているけれど、別に協力をしないだけで邪魔はしていないのだから、馬に蹴られることもないわ。
メアリは一応子爵家の令嬢なのだけれど、なんと六女なの。
それで持参金が用意できないので結婚はあきらめていると聞いたことがある。
だから恋人ができたのなら喜ばしいことなのだけれど、こっちはそのお菓子で疲れたから、当分作る気が起きないわ。
たかがお菓子でなにを疲れることが?ですって?
それはこの前の王城での出来事よ。
―――包帯が取れたことでお化粧をしてもらった後、王太子殿下を待たせてしまっているサロンへ戻ると、まず『わぁ、綺麗』と王城の方のメアリが出迎えてくれたの。
その声に振り向かれた殿下は、待ちきれなかったらしく椅子から立ち上がるとわざわざサロンの入り口まで早足でいらして『ああ、やっと本来の姿が見られた。とても美しいな』とお化粧で隠れた傷跡をうれしそうに褒めて下さったわ。
そしてそこまで来てしまったからには仕方がなかったのか、サロンの中に新しく用意されたテーブル席までわたくしをエスコートして下さったのよ。
席に着き、殿下の恋人様がお茶を淹れて下さるのを見ながら王城のメイドを褒めていると、メアリが大きめのお皿を持ってきて、殿下の前に置いたの。
『こちらはエミリアーヌ様がお作りになった、エミールというお菓子でございます』と、言いながら。
思わず『嘘!』と言って立ち上がりそうになり、椅子を鳴らしてしまったわ。
だって殿下にお出しする想定はしていなかったもの。
それに殿下の微笑みが一瞬固まったのも見逃さなかったわ。
嫌いな者が作った物など、嫌がられるに決まっているじゃない!
『い、いけません。 殿下。申し訳ございません。それはこちらの方に差し上げるために作ってきた物で・・・え?あ!決して毒などは入れておりません!ええ、まったくそんなつもりはなくて・・・』
ちょっと待って!
よく考えなくてもこの方は殿下の恋人様じゃない!
もしわたくしのお菓子を食べて具合が悪くなっていたら?
毒殺を疑われ、現時点でヒロインを殺害しようとするのと同じ末路になるわ!
気付かぬうちに自分で作りだしていた【処刑への道】という名にすべきお菓子を見ながら絶句していると、殿下が恋人様に向かって『毒見は済んでいるのだろう?』と問われた。
『はい。とてもおいしゅうございました』
恋人様のその言葉を聞いた殿下は、躊躇なく三盆糖味のお菓子を口にされたのよ。
そして『おお、これは美味しいな』と褒めて下さり、次はココア味を摘ままれたわ。
なんてこと!殿下の!推しの体内にわたくしの作った食べ物が!って、そこではないわっ!
もしかして、普段から恋人様は毒見係をなさっているの?
あまりの真実に絶句したままでいると、殿下が『エミールというのか』とおっしゃって、今度は紅茶味を口にされた。
そう、そこもおかしいのよ。なぜうちのメアリが付けたその名前が出てくるの?
その疑問に答えたのは王城の方のメアリだった。
『はい。下でお菓子の箱を受け取った者が、エミリアーヌ様の従者から、エミリアーヌお嬢様がお作りになるボールのようなお菓子で、エミールと呼んでいる物です。と、言われたそうです』
そこからなのねー!
その時のわたくしは案内人に挨拶をしていたから、我が家の従者がそんなことを言っていたなんてまったく気が付かなかったわ。すぐさま訂正しなくては。
『い、いいえ、それは我が家の使用人が勝手に言っているだけです。エスペル王国の黄色味の強いお砂糖やココアなどで作りましたが、本来は白いお砂糖で作る物で、スノーボールという名前のお菓子です』
『ほう。いいではないか。エミリアーヌが作ったのであればエミールで。ああ、そうだ。その、もうエミリアーヌと呼んでも構わぬか?なんなら私のことをレオンと呼んでも良いぞ』
は?今なんとおっしゃいまして?
後半、少し殿下の視線が泳いだけれど、どういう意図なの?
ええと、もう【嬢】をつける価値もないので、わたくしのことは呼び捨てになさると。
ええ、そこは失態続きのわたくしに異論はありませんわよ。
そして?今回は聞き間違いではないわよね?
ヒロインでもないわたくしに、レオン様と呼べと?
まさか毒殺疑惑で物理的に処刑できなかったから、今度はレオン様と呼ばせることで周りから不敬なやつだと思わせ、社会的に抹殺なさろうと?
そ、そんな殺生な。
『・・・はい、わたくしのことはエミリアーヌとお呼びください。しかしながら、殿下の御尊名をお呼びすることは出来かねます。ご容赦くださいませ』
いくらご命令でも、わざわざ罪に問われるとわかっていることはできないわ。
『そうか。残念だな』
『お話し中、失礼いたします。殿下、そろそろお時間です』
ほら、残念と言われたわ。
これ以上、殿下がなにか罠を思いつかれる前に時間が来てよかったわ。
それにしても、また殿下の従者が申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ているわね。
この方、これが普通の顔なのかしら?
『ああ、わかった。ではエミリアーヌ。今日はその、いろいろと・・・』
『はい殿下。本日もいろいろとお見苦しい姿をさらしてしまい、そして前回もお手を煩わせましたこと、深くお詫びいたします。まことに申し訳ございませんでした』
わたくしは深々とお辞儀をして、殿下をお見送りした―――
ということがあって、あの日もものすごく疲れたのよ。
帰る時に王城のメイド達に試食のお礼を言ったのだけれど、なぜ殿下にお菓子を出したのか、できればメアリを問い詰めたかったし、殿下の恋人様にはよけいな毒見をさせてしまったことが申し訳ないしで、もう愛想笑いを作るのも精いっぱいだったわ。
まあ、殿下には最後に謝罪できたことだし、もうあそこへ行くことはないわね。
「お嬢様~。パンはお菓子じゃありませんよね?」
殿下にエミールという名が承認されたことは、ドジぽちゃメアリには内緒にしましょう。




