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SIDE 王城給仕メイド

「ちょっと、今日の殿下はなにがしたいの?」


「ね。あれはないわー。お可哀想に、エミリアーヌちゃん・・・様、また困っていらしたわよ」


「お菓子おいしかったなー。あ、まだたくさんあるわね」


「ずっとだんまりだなんて、もうヘタレ王子って呼ぼうかしら」


「ほんと、それ」


殿下にテラスから下がるようにと指示された私たちは、サロンの給湯室に戻ると、こそこそとおしゃべりを開始した。


私たちは、王太子殿下の居住棟専用の給仕メイド。

だいたいが子爵、男爵令嬢の三女とか四女よ。

ようは政略結婚にも使えない者が、学院を卒業した後に行儀見習いと称してここにいるわけ。

まあ、結婚できずとも王城務めは高給だし、頑張って上級メイドや、高位貴族の侍女を目指すなどの道もあるわ。


でも今のところ、私たちはここがいいの。

だって、まだ15歳の王太子殿下は日中ほとんど学院だし、この棟へいらっしゃるお客様も少ないから、ここは王城でも比較的のんびりで楽な職場なのよ。



「でも、人払いしたってことは、いよいよ愛を告白するのかしら?」


「してどうするの。困らせるだけじゃない。エミリアーヌちゃ、様は、もう婚約者候補ではないのよ」


「このお菓子に合う紅茶はどれかな?」


「そうよ、初恋は実らないものなのよ、よよよ」


「ほんと、それ」


今、口うるさいメイド長はサロンの方で打ち合わせをしているので、私たちは次にお出しするお茶菓子を準備しながらもおしゃべりができている。


ここにいるメイドは、あわよくば殿下に見初めてもらおう、などど思っている者はいない。

そういう素振りがあれば、即刻配置換えをされるしね。

それに私がここに入った時の殿下は、まだ13歳の少年だった。

それから比べれば今は幼さも消えて、ほんとうに素敵な王子様になられたと思うけれど、もはや弟のようにしか見られないわ。


でも、その殿下もいよいよ婚約者をお決めになるのかと、感慨深いものはあるわよ。

え?自分も年をとるわけだとか、そこまでは思っていないわ。

私はまだ19よ!



「そういえば、なぜエミリアーヌ様からお菓子を頂いたの?お礼にっておっしゃっていたけれど、なにかした?」


「この前、あの階段を上がられてお辛そうなエミリアーヌち、様に、お水をお出ししたからだと思うわ。おかわりもされたし」


「この辺りのは触っていないわね。何個ずつにしようかしら」


「メイドにまで律儀な方ね。でもほんとうにあの日、エミリアーヌ様がいらした時はびっくりしたわ。包帯をしている怪我人に、あの階段を上らせるなんてどういうつもりなのよ!と」


「ほんと、それ」


エミリアーヌ様が初めてこちらへ来られた日、なぜいつもの来客用サロンではなく、最上階のプライベートなサロンに変更になったのかという疑問は、殿下がいらしてからすぐに判明した。


そう、あの場にいたエミリアーヌ様を除く全員が、すぐに殿下のお気持ちに気付いたわよ。


だって、婚約者候補のご令嬢たちには均等な笑顔を向けていた完璧王子様が、エミリアーヌ様に対してはお顔もまともに見られず、あまつさえこちらに向かって話しかけている始末なのだもの。

あんなおかしな殿下は初めて見たわ。


でも、特別扱いされている肝心のエミリアーヌ様は、始終戸惑っているだけ。

気付いてさえももらえていないのに、他のご令嬢の話を持ち出しての駆け引きなど、まだ早いわっ!と殿下に突っ込みたいのを我慢したわよ。


挙句の果てには、恋人でもないのにお姫様抱っこなどという破廉恥なことをしでかし、あろうことか一階まで飛び降りるなどしたために、エミリアーヌ様はショックで一時錯乱してしまったというじゃない。


もう、殿下はなにをやっているのよ!

恋は実らなくても、せめて良い印象だけは残しなさいよ!

殿下が勧めていらした薔薇をお見せすることができなかったからと、従者が薔薇を贈る手配をしてどうするのよ!

まったく殿下は気が利かないわね! と、あとで皆で嘆いたものよ。



「そういえばさっき、犬がいないって言ったの誰?壁際に居たのに聞こえたから、きっとエミリアーヌ様にも聞こえてしまったわよ」


「メアリよ。そのくせ一番食べてるし」


「このお皿にしましょう」


「ぜったいに聞こえていたわよ。だって、エミリアーヌ様、ちょこんとお首をかしげてから、さっと部屋を見渡していたし。あれは犬を探したのね。ふふ、可愛らしい」


「見た。ほんと、可愛かった」


犬の意味がばれなくてよかったわ。

まあ全員、誰かさんと同じ貴族令嬢に、手作りのお菓子を持ってきたと言われて顔が引きつったのは確かだけど。



「あーあ。エミリアーヌ様がご婚約者になれればよかったのにねぇ」


「ね。この先王太子妃にお仕えするなら、本音を言えばああいう方がいいわ」


「こっちの方が大きいかしら」


「ねー。皆で楽しくお菓子を作ったり・・・なんて、王太子妃になられたら無理ね」


「今しかできない」


お菓子作りがご趣味なのですかとお聞きしたら『ええと、少し時間ができたので、いろいろやってみていて・・・』と苦笑していらした。

王太子殿下の婚約者候補を降りたことで、時間にゆとりができたということは察したわ。

私たちのように、ゆるゆるな淑女教育ではなかったはず。

今まで大変だった分、彼女がなにか楽しいことを見つけられることを、僭越ながら祈りたい。


もう準備も終わり、皆で遠い目をしていると、メイド長が給湯室に入ってきた。


「風が強くなってきたようだから、お話が済んだらサロンの中に入っていただくわ。テーブルを準備をしてちょうだい。それからあなたたち!わかっているとは思うけれど、本来はお客様の前で笑うなどということは許されないことですからね!」


「「「「「はい」」」」」


メイド長が去ったので、皆で肩をすくめ合う。

こちとら帽子が落ちても可笑しい年頃なのよ。

思ったよりもお咎めが軽かったのは、一緒に笑って下さったエミリアーヌ様のおかげね。



「それでは、行きましょうか・・・メアリ、さっきからなにをしているの?あ、ちょっと、あなた口の周りがお砂糖だらけよ」


「なぁに?エミリアーヌ様から頂いたお菓子を、そんな派手なお皿に並べて・・・意外とかわいいけれどどうするの?まだ食べるの?」


「ふふふ。殿下にお出しするのよ」


「あ、それはいいわね!もう二度と、こんな機会ありはしないでしょうし」


「毒見はたっぷり済んでる」


貴族令嬢が作った物など、本来は簡単に殿下にお出しするわけにはいかないけれど、執事長の許可を取ればいいでしょう。

きっとこれに関しては、メイド長も賛同してくださるわ。



「はぁ。殿下の愛しのエミリアーヌ様がいらっしゃるのも、きっと今日が最後ね」


「そうね。殿下も二人っきりのお話が終わったら、もうあきらめがつくといいのだけれど」


「きっとお野菜のお菓子も食べてみたかったよねぇ」


「それはメアリでしょ、あきらめなさい」


「・・・・・」


たぶん、殿下主催の狩猟大会でお顔に怪我をしてしまい、婚約者候補から降りざるをえなかったことへのお詫びという大義名分のもと、エミリアーヌ様をお茶会にお招きできているのだと思う。


婚約者が決まれば、殿下はもうエミリアーヌ様を呼びだすなんてことはできない。

短い初恋ももうおしまい。

王子に生まれた殿下もおかわいそうに。

せめて最後に彼女お手製のお菓子を召し上がって、いい思い出にして欲しい。


私たちはテーブルを準備すべく、サロンへと戻った。









―――この後私たちは、エミリアーヌ様の乱れたお姿に驚き、それなのに上機嫌な様子の殿下に納得がいかず、お菓子を出すのを渋ることになるとは思いもしなかった。











本来の姿になった少女はとても美しかった。でも先ほどの楽しそうな笑顔と比べられるからこそわかる。その美しい微笑みはとても悲しそうだということが。それでも彼女は最後までうつむくことなく、今日は楽しかったと丁寧にお礼とお別れを言って去った。私たちはそれを寂しく見送る。己が主人が、今度はなにをやらかしたのかというわだかまりを抱えて―――





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