28.キャットではなくキティくらいのファイト
「アンドリュー・サラメント」
リリメリル様が声のトーンを落としてわたくしにその名を告げた。
思わずピクリと反応してしまったわたくしの様子に気を良くしたのか、リリメリル様が嬉々として話し出す。
「リリィのぉ、おうちのぉ、ずーーーっと末席にある騎士家のアンドリューという騎士がー、エミリアーヌ様にお怪我をさせてしまった責任を取るためにー、エミリアーヌ様に結婚を申し込んだとお父様たちがお話していたのー。もちろんお受けになられたのでしょう?」
リリメリル様がこの場にいる婚約者候補たち全員にきちんと伝わるよう、なぜか水の量まで増した噴水の音に負けないくらい声を張り上げている。
腹黒さが表情に出ていて、かわいらしいお顔が台無しね。
「まあ、騎士。王太子妃候補だった方が一介の騎士とご婚約を。ふふっ。それでも申し込みがあって良かったですわね。お顔に傷などあっては、なかなか縁談もございませんもの」
マリレーヌ様が勝ち誇ったかのようににやけている。
まあ、表情までナタリア様とそっくり。
それにしても失礼よ。アンドリューはこれから精悍な男前になって、悪役令嬢が召喚した魔獣から王都を救う英雄になるのよ!
・・・ああ、ダメよ、悪役令嬢はわたくしじゃないの。
他の候補者たちは、戸惑いながらも静観している。
若干エリザベル様が楽しそうね。いいわ。見ていらっしゃい。
「ええ、もちろん、そのお名前は存じ上げておりますわ。わたくしを魔獣から守って下さった、とても勇敢で素敵な方のお名前ですもの。ですが残念ながらわたくしあの日以来、一度もお会いできておりませんのよ。たしかにこの怪我に責任を感じておいでのようで、我が家まで謝罪にいらしたことはございますわ。でも突然のお越しで、わたくしも、わたくしの父も外出しておりましたからお会いしておりませんの。ですからたとえ書面で結婚のお申込みがあったとしても、まだ正式にはお受けしておりませんわね。だいたいそのお話自体初耳で、わたくし今、わたくしの話だというのにとても驚いておりますわ」
「えー、でもー、婚約の証に魔石のついたアクセサリーを贈られたと聞きましたわー」
まだ食い下がる気?
でもアクセサリーを送ったことまで知られているのね。
ごめんなさいね、アンドリュー。
そういう話になるのなら、あれは功績の証にはできないわ。
「ああ、あれは謝罪は不要とのお手紙に添えた、ほんの気持ちの品ですわ。先日商人が持ち込んだもので、とても気に入りたくさん購入してしまいましたの。わたくしの兄と友人、ああ、我が家の執事にも配りましたわ。ですから、婚約の証などという大げさな物ではありませんのよ。ところでリリメリル様。ひとつ確認させていただきますわ。我がマルセルム侯爵家に関するそのような不確実なお話を、この面々の前でさも決定したかのように吹聴なさるのは、サンドリア伯爵家のご令嬢としてそれ相応の覚悟あってのことですわよね?」
「り、リリィは王太子妃になるのよ。侯爵家など怖くはないわ!」
「そうですわ。もう王太子妃になれない、残念な方のお相手をなさる必要はございませんわ」
「あら、マリレーヌ様。リリメリル様が王太子妃になられることに同意なさるのね。マリレーヌ様も残念な方ですわね」
「なんですって!?」
「はぁ。エミリアーヌ様。もうからかうのはおよしなさいませ。リリメリル様も、わたくしにホラ話を吹き込むようなことをなさるのなら、トラビスタ侯爵家としてもお相手して差し上げますわよ」
そうこの場でのリーダー格である侯爵令嬢のエリザベル様に窘められては仕方がない、終了ね。
さすがにもうふたりの伯爵令嬢も黙ざるを得ないでしょうし。
ふふ、実はエリザベル様とわたくし、とても仲良しなのよ。
エリザベル様は二歳年上。
小さい頃からよく遊んでもらっていて、エリザベル様をお手本にしていたせいか、わたくしのこの性格にとても影響を及ぼしているお人よ。
怪我をして一番にお見舞いに来て下さったのもエリザベル様だったわ。
そして一昨日お茶会をした際に、わたくしの包帯を取った姿をご覧になっているので、もうほとんど傷がないことも、別に怪我のせいで候補から辞退したわけではないこともご存じよ。
そういえば、ゲームの中では王太子ルートではなくロイスルートの方によく出てきているのよね。
今までそんな素振りは見たことがないけれど、もしかしてロイス兄様のことが好きなのかしら?
ゲーム開始はまだ先のことだし、これからなのかもしれないわね。
ああ、王太子ルートのモブにはリリメリル様とマリレーヌ様、あとナタリア様もいたわ。
その他の方はどのルートにいたのかしら?あまり記憶がないわ。うーん、あとで考えましょう。
「はーい、エリザベルお姉様。おふざけはこの辺にいたしますわね。皆さま久しぶりにお会いできて楽しかったですわ。では、わたくしはまだあちらに用事がございますので、これにて。ごきげんよう」
とりあえずもう去ることにして、にっこりと笑みを浮かべながら一同を見渡す。
まったく!と言いたげなエリザベル様と、ほっとした様子のカトレア様に軽く頷いてから、踵を返して休憩室の方へと歩き出した。
―――あああ焦ったー!
アンドリューの名前が出た途端、冷や汗が半端なかったわ。
わたくしの婚約者が決まるということは、すなわち攻略者ルートも決まるということなのよ。
知らぬ間に婚約していただなんて、この世界は最初からアンドリュールートだったのー!?と叫ぶところだったわ。
アンドリュールート = 斬死 なのですもの。
ゲームではちらりとしかそれっぽい場面は出ることはなかったけれど、想像して足が震えたわ。
はぁ、つい言い訳がましく口数が多くなってしまったけれど、うまくかわせたわよね?
お父様は絶対勝手に婚約を決めるなどということはなさらないから、すでに婚約済みということはあり得ないので強気でいられたけれど、本当に焦ったわ。
それに、ゲームではどうしてアンドリューと婚約できたのかはわからないけれど、今のお母様は絶対にお許しにならないもの。
危ない、危ない。こんな噂話が回ってしまったら、お母様によってアンドリューが処分されてしまうから、リリメリル様の嘘にできてよかった。
とりあえず、汗でベタベタな手を洗おうと少し急ごうとした途端に「お待ちになって、エミリアーヌ様!」とまた肩を掴まれた。
「ひっ!今度は誰っ!?」
「え、あ、驚かせてしまいまして、も、申し訳ございません。あの、もうすこしお話を・・・」
わたくしの肩を掴んだのは、またもやファドリック侯爵令嬢のクラウディア様だった。




