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SIDE 王太子 レオンハルト・ピッド・ライニッシュ 2

『レオン様、大好きです』


あの時確かにそう言ったエミリアーヌ・マルセルムは、母親が美人大国と言われる隣国エスペル王国の元王女というだけあって、とても美しい少女だ。


彼女との出会いは私が6歳の時。

普通の貴族は15歳を過ぎてから魔力が発現するが、私は王族であるためか6歳になると同時に風の魔力が発現していた。

王城の中庭の回廊は噴水の音がうるさく、近くの者同士でないと会話が聞き取りづらい。

その噴水の側で風の魔力を使い、遠くの音を聞く練習をしていたときのことだった。


急にとてもクリアに音が流れてくるようになり、うれしくてよけいに音を集めていると『兄様、あそこに天使様がいるわ』という幼女の声が聞こえた。

すると兄と呼ばれた者なのか少年の声で『違うよエミリア、あの方はこの国の王子様だよ』という返答がある。

王子ということは私の話をしているのだな。

天使とはよく言われるおべっかだ。くだらぬ会話だと思った。


しかし、兄のその言葉を聞いた幼女がつまらなそうに『なぁんだ、王子様なの』と言ったので、兄が大笑いし始めた。

私のことで笑うなど、なんて失敬なやつらだと思っていると、続けて幼女は『天から落ちてしまったのならわたくしがもらおうと思ったのに』とつぶやいたのだ。


たとえ王子でなかったとしても、なぜお前のものにならねばならぬというのか。

少し怒りを感じたので、向かいの回廊にいる子供は誰だと従者に尋ねると『ええと、マルセルム侯爵家のアルフレット様です。お隣は・・・妹君のエミリアーヌ様だと思われます。ああ、とても美しいご兄妹ですね』と言う。

ちらりと見てみたが、私の位置からだと兄に隠れてその姿は見えなかった。


その後も挨拶を受ける程度で話をしたことはない。

たしかに美しいが多少気の強そうな感じを受けた。

まあ、典型的な気位の高い貴族令嬢といった印象だった。



私も15歳となり、魔力の属性が確定すると、婚約者の選定が始まった。

エミリアーヌ・マルセルムも候補者となり、事前に行われた調査ではエスペル語は完璧、エスペル王国の伝統工芸でもある刺繍も、かなりの腕前だという。

一緒に調査報告書を読んでいた側近が、家柄などのバランス的には最有力候補だと言っていた。


そんな彼女が、私の主催した狩猟大会で魔獣に襲われ顔に怪我をした。

会場である森はもちろん、観客席にも十分な魔獣除けの結界を施していたのに、なぜ魔獣が突如として現れたのかは未だ調査中だ。

彼女の怪我は、医者の診立てによれば幸いにも傷は浅く、時間は掛かるものの綺麗に治るだろうということだった。


ところが、翌日早々に婚約者候補から辞退したいとの申し出がきた。

やはり貴族令嬢にとって顔の傷は致命傷なのか。

そこまでのこととなれば、大会の主催者としては見舞いに行かねばなるまい。

午後に少し時間が取れたので、側近が用意した花束を持ってマルセルム侯爵家へ向かった。


しかし、どうやらまだ寝ていなければならないところを、無理に応対させたようだ。

巻かれた包帯はたいしたことはないものの、熱でもあるのか顔が赤いし、なぜか鼻を押さえて辛いと漏らす。

報告よりひどい状況だ。

責任を取ってなにか好きなものを買い与えようとしたが、たいしたことはない、傷も残らないと言って遠慮する。

ん?傷が綺麗に治ることがわかっていて、なぜ婚約者候補から辞退した?

今なら責任をとって婚約者にしろと言い出しても不思議ではないというのに。

そこで婚約者候補から辞退する理由を問うてみれば、自分の迂闊さを責め、あげくの果てには守り切れなかった咎のある護衛騎士の減刑の嘆願まで始めた。

ふむ、なにか受けていた印象と違うようだ。


けれど、やはり無理をしていたのだろう、話の途中で突然顔色が悪くなってきた。

ちょうど私も城へ戻る時間となったので、休ませるためにも早く去ろうとした。

しかし、見送りの為に立ち上がらせてしまったせいで、よけいに辛くなったのか涙を浮かべ始め、そしてとうとうふらついて倒れた。

とっさに支えようとしたが、倒れる人間を受け止めるのは初めてで体勢を崩し、彼女の口元に私の耳が当たった。

すると彼女がつぶやいたのだ『レオン様、大好きです』と。


レオン様とは私のことか?

大好きとはどういうことだ?

驚きを隠すこともできずに問いただそうと彼女を見れば、完全に気を失っていた。


城へ戻るとアランが無理をさせてしまったお詫びにとまた花を用意していたので、後日改めて先ほどの言葉の意味を問いただそうと、呼び出す旨をカードに認めた。

ちょうどマルセルム侯爵が城にいたので、許可を取ったうえで、だ。


翌日、父上からマルセルム侯爵令嬢が婚約者辞退に至る、本当の理由を伺った。

それによれば四大侯爵家の均衡を保つためという、彼女の意思とは関係のない理由だった。

そういえば、理由を問うたときに、兄であるアルフレットに助けを求めるような視線を送っていたな。

私のことが好きなのだとしたら、本当は辞退などしたくなかったのではないのか。

私が帰る時に貴族令嬢としてはありえない涙を浮かべていたのは、押さえきれぬほどの悲しみからで、あまりの悲しみに耐えきれず倒れたのではないのか。

そして、無意識に気持ちが言葉となって溢れ出てしまったのではないのか。


それを問うためにも今日呼び出したのだが、先ほどのナタリア・サミュールの問いに対する彼女の返答により、それは確信となった。


私と花畑でデートがしたい。

お忍びで城下へ行きたい。

そしてこのバルコニーで共に夕日を見たい、降る星を数えたいのだとも言った。


その後の肩を抱いて温める、や、愛を告げる、口づけをくださる、にはそんなことまで考えるのかと驚いてしまったが、やはり私のことが好きだというのは聞き間違いではなかったのだ。


もちろん、王太子妃になったら何をしたいかという問いに対する答えとしては失格だが、彼女はもう候補者ではないので貴族らしく取り繕う必要もない。

きっとあれが本音なのだ。


『たった一日、たった一日でいいのに』

そう彼女がとても悲しそうに言う。

たった一日でもいいから私の妃になりたいというのか。

その叶わぬと思っている願いに心が痛んだ。


それまでは向こうから見えないように噴水を挟んでいたが、思わずエミリアーヌ・マルセルムの姿を見ようと一歩出て向こうを見やれば、ナタリア・サミュールが声を荒らげて彼女に扇を突き付けていた。

まさか暴力を振るう気か!?


気が付けば、何をしているのだと声を上げてしまっていた。

よく見れば彼女はナタリア・サミュールに怯え、震えているではないか!


ナタリア・サミュールに対する怒りで、ついには中庭を突っ切ってしまった。

許可もしていないのに堂々と名前を呼ばれたことでよけいに怒りが増し、感情を隠すこともできない。

私のことを愛しているという彼女でさえ、こっそりと私の名前をつぶやくことしかできないというのに。


ああ、怯えている彼女にこんな顔を見せて更に怯えさせるわけにはいかないと、少し待つように言い置いて、落ち着くためにこの塔に上ったのだ。


そうだ、これですべてに納得がいった。


今改めて考えてみれば、出会った頃から彼女は私を欲していた。

この国の王子という立場の私ではなく、レオンハルトというひとりの男としてだ。


リンリンリン――


塔の上にいる私に用がある時に合図する鈴が鳴る。

たぶん従者のアランだ。いいかげん降りてこいと言うのだろう。


ソファから身を起こすために手を付くと、置いてあったクッションに手が触れた。

途端に倒れる彼女を受け止めた際の、彼女の身体の柔らかい感触が蘇ってくる。


ああ『レオン様、愛しています』そう彼女にもう一度ささやいてもらいたい。

彼女をもっと知りたいし、なにかあれば私が守ってやりたい。

この気持ちはなんなのだろう。

そうだ、水鏡の魔術を得とくしよう。

遠くの物を水に映すことのできるあの魔術が使えるようになれば、彼女を見守ることができる。

魔力の四大属性を持つ者でなければできない複合魔術で、私も一度挑戦したが『地』の魔力が足らずに諦めていたのだ。


それにはもっと鍛錬の時間を取る必要があるな。

どこか無駄な時間を削るとするか。


はぁ。

その前に、これから彼女に会うのにどんな顔をすればいいのだろう。

彼女には失望されたくない。

そして、この先ずっと彼女の願いを叶えてやれる男になりたい。

婚約者、そして妃にする方法はないものか。

もう婚約者候補辞退の申請は、国王承認となってしまっている。


そういえば、ラウルと名乗ってマルセルム侯爵家に居座っている()()が、私が抱いていた意識のない彼女を強引に奪い取り『彼女は私の婚約者になるので』などとふざけたことを言っていたな。

自分の立場が分かっていないようだから、花束に添えたカードにやつだけにわかる言葉で一言書いてやったが、読んだかな?


リンリンリン――


さあ、愛しい彼女の元へ向かおう!


私は空に浮ける魔術を使い、バルコニーから一気に飛び降りた。





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