15.ちなみに本日履いている靴はハイヒール
張り上げられたこのイケボはまごうことなきレオ・・・殿下の御声!
まだゲームも始まっていないのに、まさかそのセリフを聞けるとは。
え?わたくし?今のはわたくしに掛けられたお言葉?
悪役令嬢が何をやらかしているのかとお尋ねなのでしょうか?
思わぬことに体が固まる。
ナタリア様から突き付けられている扇はまだ叩き落としておりませんわよ、ええ、手は出しておりません。
わたくしに扇を突き付けながら一歩詰め寄ってきたナタリア様の足を、うっかり踏んづけてやろうと足を上げていただけですわ。
右足を上げたまま首だけ動かして声のした方向を見ると、中庭を挟んだ向こう側の通路から殿下がこちらを睨んでいらした。
あ、左足がぷるぷるしてきたわ。
なぜか殿下が中庭を突っ切ってまでこちらに向かって来られる。
そ、そんなにお怒りなの?
ナタリア様との会話はあの位置だと聞こえてはいないはずだけれど、謝罪にきているのだから、のんきに世間話をするのも許されないのだわ。
「もちろんわたくしはレオンハルト様にお会いしに参りましたのよ」
さっさと扇を下ろしていたナタリア様が、弾んだ声でにこやかに殿下をお迎えした。
わたくしは周りの者と共に礼を取って控える、体でこっそりと右足を下ろした。
わぁ、王太子殿下ご本人に向かって御名前呼びをするだなんて、ナタリア様超強気。
まさか許されているわけではないわよね?
本日の謁見も認められて・・・はいないようね。
ちらりと見えるナタリア様の従者の顔が真っ青だわ。
「・・・」
もう足を止めているのに殿下がなにもおっしゃらないので、わたくしはつい顔を上げて殿下の顔を見てしまった。
ひぇっ!ナタリア様に向けている、その冷たい眼差しには覚えがあるわ。
ゲームで悪役令嬢が婚約破棄を言い渡された時とまったく同じ!
いつもはアルカイックスマイルを絶やさない殿下の嫌悪表情に、ナタリア様もやりすぎに気が付いたのか青ざめているけれど、反対にわたくしはうっとりとその厳しくも凛々しいお顔を見つめていた。
冷たい眼差しも、今はわたくしに向けられてないので素敵です(ハート)
「マルセルム嬢。急ぎの案件ができた。しばらく待つように」
殿下はご機嫌斜めなのね。わたくしの方を見ても下さらない。
「え?なぜエミリアーヌ様に?」
わたくしの返事も待たず、ナタリア様のその言葉も無視して、殿下は速足で王族の居住区方向へと行ってしまわれた。
あーあ、殿下のご機嫌が悪いところに謝罪しなくてはならないのね。
あとでわたくしもあの冷たい眼差しを向けられるのかしら。
殿下の颯爽とした、素敵な、かっこいい後ろ姿を見ながらひとつため息をつくと、なぜかその場に残っていた殿下の従者が「ほんとーに、申し訳ございません」と謝罪してから急ぎ足で殿下の後を追って行った。
ええと、なぜ?
とても時間が掛かりますということかしら?
本日わたくしが謝罪のための謁見に頂いた時間は45分。
いつまでもお待ちしておりますから、どうかご機嫌を直して断罪は短め且つ軽めにお願いいたします。
まだ顔色が悪いけれど、わたくしが殿下と会う理由を問いたそうなナタリア様に、ごきげんようとだけ告げて殿下が去られた方向へと歩き出す。
ナタリア様の従者君、もうめんどくさいからお嬢様を連れて帰って。
それにしても、ナタリア様が婚約者になったら絶対ヒロインをいじめるわよね。
それにあの調子では穏便な婚約解消なんて無理だわ。
きっと婚約者になるのは別の方だわね。うん、うん。
―――さて、さっさと指定場所へ向かいましょう。
回廊にずらりと並ぶ白い柱に施されている、美しい彫刻を見ながら進む。
少しづつ変わっていくので、たぶん何かの物語になっているのね。
たしかシャルルがこういうのに詳しいから、一緒にいたら説明してもらえるのに。
あれからすっかり音沙汰がないけれど、元気かしら。
自分から仕向けたこととはいえ、やっぱり寂しいわね。
この回廊は王城のいろいろな場所への出入り口に繋がっており、城に用がある貴族はだいたいここを通る。
そして最奥の一番大きくて厳重に警備されたドアが王族の居住区と繋がっているのだそう。
中庭には白い噴水がいくつも配置され、水しぶきがきらきらと日差しに輝いている。
そう、殿下を最初にお見掛けしたのもこの中庭。もう2つ先の噴水のあたり。
―――ええ、あの時は本当に天使様がいると思ったのです。
はい、わたくしの勘違いでした。
いえいえ、王子様でもぜんぜん構いませんよ。
むしろあんなに美しい存在が天使様でないのなら、王子様で納得です。
王子様でがっかりだなんて、本当に失礼なことを言ってしまい申し訳ございませんでした。―――
本日出頭を命じられたのは、王太子殿下専用の居住棟。
ゲームの中にも出てこない場所だったから、呼び出し状を三度見したわ。
そこで殿下は寝起きしているのね。見たい!見たすぎる!
それにしても、なぜそんなプライベートエリアに?
超失礼なわたくしなんぞ、厩で充分ですのに。
はぁ、やっと最奥のドアの前にたどり着いたわ。
最初に頂いた呼び出しのカードはラウルに燃やされてしまったけれど、日時と場所を指定された正式な呼び出し状を頂いたので、許可された者のみが通れるこのドアの先に行かれるはず。
少しドキドキしながらも澄ましてドアマンに書状を出すと、初めてにして最後になる王太子殿下の居住棟内に無事に通された。
従者は入れないとのことで、ここで待機。
ここからわたくしには王城の案内の者がつくの。
ちなみに、各貴族が連れて来る護衛やメイドは、馬車回しの待機所までしか入れないのよ。
・・・。
・・・。
・・・はぁ、はぁ、尊みに息が止まってた。
わたくしの様子に訝し気な案内人について先へと進む。
ここがレオ・・・殿下のお住まいなのね。ああ、鼻血が出そう。
いいえだめよ、鼻血で汚したらぞうきんと一緒に摘まみだされるわ。
柱や天井は白いけれど、階段の装飾は黒い。
歩く床には上品なアクセントとしてグリーンと黒の模様が描かれている。
廊下の窓に掛かるカーテンは深緑で、先ほどまでのまぶしい白い回廊から一転してシックな内装。
あら嫌だわ、カーテンとわたくしの今日のドレスが同じような色合いだわ。
ああ、このままカーテンに同化して殿下の生活が見たい。
はっ!覗き見とか盗聴なんて、ダメ。ゼッタイ。




