01.転生したようなので
よろしくおねがいします
「本日をもって婚約は破棄する!」
それは学院の卒業パーティでのこと。
卒業生も在校生も着飾った、その煌びやかな会場のど真ん中で、16歳のわたくしは婚約者であるこの国の王太子殿下に声高にそう叫ばれる―――前に叫んだ!
「お父様、王太子殿下との婚約は破棄してくださいませ!」
ここは学院の卒業パーティの会場、ではなく、お父様の執務室。
朝食前のお茶をゆったりと飲んでいたお父様に向かって、13歳のわたくしは扉を開けると同時に王太子殿下との婚約の破棄を声高に要求した。
「ど、どうしたエミリア、昨日まではあんなに張り切っていたではないか」
ノックもそこそこに飛び込んできた娘の剣幕に驚いたお父様が、ソーサーにカップをガチャリと落とす。
そう、昨日の朝までは王太子殿下の婚約者になるのだと息巻いていたわたくしは、マルセルム侯爵家の第三子にして長女の、エミリアーヌ・マルセルム。
昨日、麗しき王太子殿下を見たいがために、お兄様達が参加する殿下主催の狩猟大会に無理やりついて行った結果、観客席に突如現れた魔獣に襲われてしまった。
目の前に立つ、大きな魔獣がするどい爪の付いた右手を振り上げた瞬間、走馬灯を見た。
それは今生ではなく前世の記憶。
魔獣はわたくしの前で、会場の護衛騎士によって倒されたけれど、わたくしは場が混乱している中においても、前世を思い出してぼーっと突っ立っていた。
やがて、自分の左頬に感じた違和感に、頬を触ってみる。
手の平には、滑っとした赤い液体が付いていた。
そして一拍遅れでやってきた、するどい痛み。
顔に怪我をした?わたくしのかわいらしい顔に傷が!?
魔獣を目の前にしても出なかった悲鳴を上げ、わたくしはそのまま気を失った。
―――丸瀬恵美。それが前世での名前。
乙女ゲームが大好きで、友人に二次元の世界に行く方法はないかなどと、おかしなことを言うような子だったけれど、成績も容姿も平均的などこにでもいるような女子高生。
16歳の時に交通事故で命を落としたのだった。
明け方に自分のベッドで目を覚まし、うつらうつらしながら前世を回想していたわたくしは、この世界が前世で遊んでいた乙女ゲームのうち、最後にやっていた『光の君に口づけを』と酷似していることに気がついた。
そして自分がそのゲームに出てくる悪役の令嬢と名前が同じだということにも。
どういうこと?二次元どころか異世界?悪役令嬢に転生したとでもいうの!?
『しかも前世の名前、悪役令嬢の名前と丸かぶりじゃん!』
思わずそう叫んではっきりと目が覚めた。
ゲームをしているときにはまったく気付かなかった。
がばりと飛び起きたわたくしは、顔に包帯が巻かれている現実に一瞬ショックを受けたけれど、それよりなによりと慌てて机に向かい、新しいノートを出してゲームのあらすじを書き出してみた。
恵美が一番やったのは王太子ルート。
ああ、やっぱり。王太子殿下のお名前もゲームと同じだわ。
悪役令嬢の末路は・・・ひぇ!!
思い出した自分の未来に愕然とした。
そして今、一刻も早く王太子殿下との婚約を解消しなければ!と、朝早くからお父様のところへ突進してきたところ。
頬に走る痛みなど、気にならな・・・くはない。痛いわ。
「ともかく婚約は破棄してくださいませ!愛する娘を不幸にしたくなくば!」
なるべく頬が動かないように押さえながらも、お父様に噛みつかんばかりに訴える。
「お、落ち着けエミリア。傷口が開くぞ。具合はどうなのだ?まだショックで混乱しておるのか?そもそもまだ王太子殿下とは婚約はしておらん。候補にあがっただけだ」
「あ、そうでしたわね。ふー、そうでした。まだ婚約はしていませんね」
ふぅ、大丈夫だったわ。現状はまだ婚約前。セーフよ。
この乙女ゲームの王太子ルートの悪役令嬢は、14歳で王太子殿下と婚約、15歳で学院に入学。
学院では平民のくせに自分より強い魔力を持つヒロインを妬みからいじめ、卒業パーティのさなかに断罪されて王太子から婚約を破棄される。
それに逆上して事件を起こし、処刑となる。
そう、ただいじめをしたなんてことでは処刑なんてされない。されるだけのことをしでかすのよ。
「候補から辞退したいということか?落ち着いてもう一度よく考えろ」
お父様が真意を確かめるかのように、じっとわたくしの目を見ながらそう問うてきた。
「はい、辞退いたします。今すぐにでも!」
しっかりとお父様の目を見つめ返しながら、即時にはっきりとそれはもう力強く宣言する。
「どうした?昨日殿下になにか嫌なことをされたのか?辞退しようにも、それ相応の理由が必要だぞ」
お父様はまだわたくしの心変わりに納得していない様子。
そりゃ疑うわよね。昨日まではあんなに婚約したがっていたのだもの。
お父様にどういう言い訳をしようか悩むわ。
昨日は会場につくと、そのまま観客のために用意された席に案内されたのよ。
殿下は開会を宣言するとすぐに森へ入ってしまわれたので、ご挨拶すらしていないのに。
それにしても、ゲームでは悪役令嬢の顔に傷があったなんて設定は見た覚えがない。
ゲーム開始時点ではもう悪役令嬢は婚約していたので、王太子とどういう経緯で婚約したのかなんて、考えたこともなかった。