普通の人生と願ったのに?
薄井幸子、享年35歳。
私はその時の人生の記憶をすべて抱えて産まれた。
今、私はエリー・ハッシュトンという名で侯爵家の令嬢として生きている。年齢は11歳。
とは言え、赤子のときは思い出していなかったが、5歳のとき階段から落ちて思い出した。
お尻と頭を打ち付けて、その痛みが引き金となったのだろう。
まさかこの不幸体質、今世でも引き継いでしまったのだろうかとヒヤッとしたが、それ以上に驚いたのが自分がいる家と服装だった。
ヒストリカルの洋画のセットでも間借りしているのだろうか。
ロココ調の豪華で優美なインテリアとその広さ。
パニエなのかクリノリンなのか、ひたすら広がったひらひらなスカートと締め上げてくるコルセット。
某王妃の髪遊びまでは至っていないのが唯一の救いか。
それはともかく、生まれ変わったにしては時代劇じみている。普通、未来に産まれるものなのではないのか?前世のほうが未来って、どうなんだ?というくらいに、時代劇。
それに、私のそばにはいつもメイドが控えている。
奪われるだけ奪われた前世を想えば、これほど至れり尽くせりで与えられてばかりいるのだから我儘は言えない。
…言えないのだが、私は普通を求めていたはずだった。普通の一般家庭で、ごく普通の幸せを、と。
時代を逆行したかのような装いと世界観。車もない。コンビニもない。携帯もない。貴族令嬢はひとりで出歩けない。
暴力や暴言のなか、権利を貪られ人間としての価値を踏みにじられていた前世を思えば、「お嬢さま」なんて執事喫茶にでも行かないと呼んではもらえないのに、それがデフォルト呼び。いっそ自分の名前は「お嬢さま」だと思ってしまいそう。
そんなことを考えて、鏡の前で自分の顔を撫でまわして見つめる。
鏡に映る彼女は、うん。5歳にしては綺麗な顔立ちをしている。ちょっと、キツイくらいに。
これで凄めば、大抵の人は怖がるだろうな。
切れ長の瞳は赤く、小さな鼻は筋が通り、ぷっくりな唇も赤い。髪の色は艶々と輝きを放つ黒。
まるで…そう、アニメみたいな…。
アニメ?
そう疑問を残して、そのまま成長した私、エリー11歳は再び階段から落ちて覚醒した。
この世界は、前世で一部の女性に大人気になったとニュースで特集を組まれていた…
ネット小説が原作のアニメの世界であることを。