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ゴーレム使い  作者: 灰色 人生
バトランタ攻防戦
249/250

220話〜王都会議・揺れる刃と影の印〜

 

 オルトメルガ王国・王都オールガ。


 冬の朝、街の空は鉛のように曇り、遠くで教会の鐘が鳴っていた。


 通りには鎧をまとった兵士と、荷を担いだ冒険者がすれ違う。


 彼らの表情には、どこか焦燥の色があった。



 最近――王都の北方、ヴァルドの森やカーネル丘陵地帯で、魔物の出没が急増している。



 討伐依頼の数は、ここ一ヶ月で三倍に跳ね上がっていた。





 ■■■



 冒険者ギルドオルトメルガ王国本部・会議室。


 長い楕円形の机を囲み、十数名の幹部と代表冒険者が集まっていた。


 壁には地図。赤い印が無数に打たれ、王都を中心に魔物の発生が“円を描くように”拡がっている。



「……昨日の報告では、北部街道の村がまた一つ消えた。

 目撃者の話では、夜に“黒い霧”が迫り、村ごと呑まれたらしい」



 低い声で報告したのは、壮年の男性――ギルドマスター、ガーレン・バストーク。


 戦場帰りの元A級冒険者で、実務派として知られる男だ。



「黒い霧、ですか……。まるで“氾濫(フラッド)”の前兆のようですね」



 若い女性職員が呟く。


 ガーレンは腕を組み、深く息を吐いた。


「“氾濫”ならまだいい。“大氾濫(サァヴィアフラッド)”の兆候である可能性もある。

 特に北東の山脈――ラーバントとの国境線付近で、地脈の流れが乱れていると魔導士団が報告している」


 沈黙が落ちた。


 やがて、老いた冒険者が椅子の背にもたれ、ぼそりと呟いた。


「……勇者どもが異世界から召喚されてから、どうも世界の均衡が崩れてるな」


 数人がその言葉に顔をしかめる。


「おい、そういうのを軽々しく言うな。王都じゃ“勇者召喚”は禁句だぞ」


「禁句だろうと現実だ。あの帝国の戦で、何かが狂った。

 最近の魔物は妙に統率が取れてやがる。まるで“誰かが率いてる”ように、な」


 会議室の空気が張り詰める。


 ガーレンは卓を叩き、静かに全員を見渡した。


「……お前たちも感じているだろう。何かが、この大陸で蠢いている」


「“大災厄(グレートデザストル)”……ですか?」


「まだ断定はできん。だが――各地のギルド支部が似た報告を上げてきている。

 バハンタール、セイルン、南の自由都市群……すべて、魔物の異常活性を確認している」


 地図の上、赤い印は国境を越えて連なっていた。


 まるで、見えない手が大陸全土に“線”を描いているようだった。




 ■■■



 そのとき、会議室の扉が開いた。


 入ってきたのは、王都支部の参謀役――フィーネ・エルカスト。


 冷静沈着なエルフの女冒険者で、情報分析を担当している。


「報告を追加します。

 北東部のバトランタ領――クヴァルム子爵が管轄する地域にて、

 “黒い霧の獣”の討伐を目的とした調査隊が編成されたとのこと」


「クヴァルム子爵……。第三王女派閥のあの若造か」


 ガーレンが顎に手を当てる。


「ええ。ただし、彼は戦で功を立てた人物です。

 ヴェルド=エンとの商業同盟を成立させたという話も。

 あの都市連合の利益が、今や王国に流れ込んでいる」


「ふむ……となると、第二王子派の連中は面白く思っていまい」


 別の幹部が苦い顔をする。


「最近、貴族たちの派閥争いが王都にも影響を及ぼしている。

 ギルドの依頼の中に、“政治的な裏目的”を持つものが混ざり始めてるんだ」


「つまり、“表向きは魔物討伐”でも、実際は派閥の圧力や情報戦の一環というわけか」


 ガーレンが唸る。


「その通りです、マスター。

 我々の“中立”の立場を崩そうとする動きが、確実に増えている」


 ガーレンは拳を握りしめた。


「……ギルドは、王でも貴族でもない。

 人々の暮らしと命を守るための“中立の刃”だ。

 それを忘れた瞬間、我々はただの傭兵崩れになる」



 その言葉に、場の全員が頭を垂れた。




 ■■■



 会議が終わりに近づいた頃、若い受付員が慌てて駆け込んできた。


「ま、マスター! 緊急報告です!」


「どうした?」


「今朝、王都北門に、封蝋のない依頼書が投げ込まれていました!」


 彼女が差し出した羊皮紙には、黒い印章が押されていた。


 それは、見たこともない紋章――円の中に、裂けた翼を持つ蛇。


「……“影印(シャドウ・シグル)”か」

 フィーネが眉を寄せる。


「古い伝承にある“禁忌契約”の印……。これを使う組織は、今は存在しないはずですが」


 ガーレンは無言で依頼書を開いた。


 そこには、震える筆跡でこう書かれていた。


 《北の霧の中で“声”が呼んでいる。

 勇者が逃げたその場所に、“主”が目覚める。》


 沈黙。


 会議室の全員が息を呑んだ。


 ガーレンはゆっくりと紙を畳み、視線を上げた。


「……この依頼、受ける。だが公には出すな。

 調査は最精鋭――S級冒険者ヴァルク・ドランに任せろ。


 この件、王家にも報告するな」


「マスター、それでは――!」


「今、王家も貴族も信用できん。

 この印……“大災厄”が再び大陸に迫っている証かもしれん」


 窓の外では、雪が静かに降り始めていた。


 その白さの中に、黒い霧のような影が揺らいで見えた。

 誰も、まだ知らない。


 その影が、やがて“世界を呑み込む夜”の序章になることを――。




 ──続く。

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