215話〜勝者の代償①〜
バトランタに到着したユウマは、クヴァルムへと姿を変えて政務に勤しんでいた。
戦争は、終わった。
だが勝利は、飢えた胃袋を満たしてはくれなかった。
バトランタ領――オルトメルガ王国の東端に位置する小さな子爵領は、ラーバント帝国との戦争で補給路を焼かれ、農地は踏み荒らされていた。
戦後復興の予算は大貴族の領地へ優先され、若き子爵クヴァルムには、名誉と僅かな報奨金。それに責任だけが与えられた。
僅かなとは言うが、それでも新米貴族である子爵にすれば大金であるが、今回は戦争で代償も大きく活躍に対しては少ない。
派閥の長である第三王女のシャルロットからも報奨金もあった。
しかし今は金よりも食糧不足であった。
シャルロットも食料を与えたかったが、王国全体で今は食糧不足であった。
「戦で兵を失い、今度は飢えで民が死ぬのか……」
そんな最悪の未来を回避するため、クヴァルムは旅立つことを決意する。
目指すは、南の自由貿易都市《ヴェルド=エン》。
商人たちが治める富の都市。かつてはラーバントにも密かに物資を売っていた中立の都市国家だ。
王都のアイラ商会長のロベルトも考えたが、今は彼も手一杯だろうと考慮した為に、この選択になった。
■■■
陽光に照らされた都市の門。衛兵にクヴァルムの側付きが名を告げると、すぐに中へ通された。オルトメルガの勝者としての名は、ここにも届いていた。
迎えたのは、都市の代表者会議「金座」を束ねる年若き女性商人、メリッサ・ヴェルド。
若きながら辣腕で知られる彼女は、クヴァルムの年に近いにも関わらず、老練な眼差しを彼に向けた。
「なるほど。戦争に勝った貴族が、今度は麦を求めて我らに頭を下げに来た……皮肉ですね」
「民を救うためなら、どれほどでも私は喜んで頭は下げよう」
そう即答したクヴァルムに、メリッサはわずかに目を見張った。
オルトメルガ王国の貴族が平民である商人に頭を下げる。と言った事が余程に衝撃であった様である。
「それで、条件は?」
「鉄を出そう。戦争の残骸、武器、鎧。溶かせば鋼になる。さらに、バトランタの鉱山を開放する。お前たちの商隊に優先的な採掘と流通の権利を与える」
「引き換えに?」
「食糧。麦、干し肉、豆、塩。三ヶ月分。最低でも五千人を賄える量だ」
商人たちがざわつく。「五千人」とは、単なる飢えた民だけでなく、潜在的な労働力の確保を意味する。都市にとっても魅力だ。
だがメリッサは、表情を変えずに言った。
「あなたの領は、王国の辺境。供給路は危うい。もし我らの商隊が襲われたら?」
「その護衛も、こちらで出そう。兵を雇う金も、鉄で払う。もしくはこちらの兵士を派遣しよう。あとは……」
一瞬、迷った。だが、クヴァルムは言葉を飲まず、続けた。
「もしこの取引がうまくいけば、我が領の税制を一部、都市側に合わせる。商人が動きやすくなるように」
その提案に、会議室が静まり返った。王国貴族が、商人の都合に税制を合わせるなど、前代未聞だ。
だが、それはまさにヴェルド=エンにとって、未来への大きな一歩でもあった。
やがてメリッサは口元に笑みを浮かべた。
「……面白い。では三ヶ月間、様子を見ましょう。あなたの誠実さが本物なら、取引は続く。だが裏切れば、鉄でなく命を奪いに行く」
「それで構わない」
若き領主と若き商人は、静かに握手を交わした。
勝利の後に始まった、もう一つの戦いが――今、始まった。
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