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1等星  作者: 成宮カナタ
2/5

2話目:誤解された

 朝、いざ登校しようと自宅の扉を開けたら、笑顔の近藤が立っていた。


「おはよう睦月ちゃん」


 私は静かに扉を閉めた。

 何だ今のは。怖すぎやしないだろうか。やたら無闇に笑顔なのも怖いが、いつもは名字呼びのくせにわざとらしく名前呼びで、語尾にハートマークが付きそうな言い方で挨拶をしてきたのも怖い。と言うかまず、家の前で待ち構えているのが何よりも怖い。


「オイこら吾妻!逃げるな!」


 いや逃げるだろ普通。

 扉の向こうから聞こえる声は、何だが怒っていらっしゃる。私はしぶしぶながらも、再び扉を開けた。


「おはよう、うるさい、ご近所迷惑、あとそこ邪魔」

「流れるような罵倒!怒ってるのは俺のはずなのに!おはよう!」


 うるさいと言っているのに、近藤は声高だかに挨拶を返してきた。


「だからうるさい」

「悪かったよ」


 扉を後ろ手に閉めながら睨むように見上げると、近藤はさして悪いと思っていなさそうな表情で肩をくすめた。ちょっと殴りたくなった。


「で、何か用」


 近藤の前を通り抜けて歩き出す。振り向かずに声をかければ、近藤はすぐに私の横に並んだ。


「お前、昨日ハジメに何か言ったろ」

「は?」


 一瞬、本気で何のことを言われているのか分からなかった。頭の中で「ハジメに何か言った」を「最初に何か言った」と変換してしまった。

 昨日の最初に言ったこととは、はて。私が一日の最初に発言した言葉なのか、それとも近藤に対して最初に言った言葉なのか。いや、昨日は近藤に会っていない。

 と、そこまで考えて、昨日の出来事を思い出す。そう言えば星野君に会った。彼の名前は(ハジメ)だ。普段彼を名前で呼ぶことなど一切ないので、脳の処理が大分遅れてしまった。


「……星野君?」

「そうだよ!お前何言ったんだよ!」


 ああ、やはり。

 正解だったようだが、近藤が何故ここまでぷんすことご立腹なのかはサッパリ解らない。キレやすい若者と言う奴だろうか。絶対違うが。

 昨日の会話なんて、ぶっちゃけほとんど覚えていない。そんなレベルの、取るに足りない内容だった気がする。

 そんなに近藤を怒らせるような失言をしただろうか。ペロッと「ホスト」と言ってしまったが、それを何とか誤魔化して会話を終了したような気がする。


「特に何かを言った覚えはないんだが」

「いや、言った!絶対何かいらん事言った!」


 いらん事とは何だ。ボタンを押したら丁度来ていたエレベーターに乗り込みながら首をひねる。


「何か言われたのか」

「聞かれたんだよ!」

「何て」

「『吾妻さんと付き合ってるの?』って!!」

「…………………………………………………」


 予想外すぎる言葉に、脳が完全に考える事を拒絶した。

 やっとのことで絞り出した「はぁ?」と言う声は、エレベーターがフロントに到着したポーンと言う音に重なる。

 エレベーターの扉が開くも、唖然としたまま動けないでいると、開のボタンを押していた近藤に「早く降りろ」とふくらはぎを軽く蹴られた。

 のたりとエレベーターから降りて、後に続いてきた近藤を見る。


「何故そうなった」

「いやだから、俺がそれ聞きたいんだけど」


 二人で首を傾げながら、マンションを出た。

 割と本気で何故そうなったのか解らない。そんな誤解を与えるような発言をしただろうか。

 私が真面目に原因が分からずにいることを察した近藤が、諦めたようにため息を吐いた。


「もう良いや……取り敢えず、もう誤解されるような事言うなよ。特にハジメには」


 まず何をどう誤解したのか分からないので了承しかねるのだが、何故星野君。

 どうして何故だと疑問の視線をやると、近藤は小さく唸り声を上げた。


「あー……ほら、ハジメって基本人に囲まれてるだろ。だからハジメが言った事はあっと言う間に広まるんだよ」


 成る程、そう言う事か。

 納得したところで、マンションからほど近い一軒家の前で足を止める。近藤の足も止まった。

 何だ、今日は学校まで一緒に行く気か。まぁ、目的は分かっているが。

 チラリと近藤を見ると、彼は少し頬を染めながらこちらを睨みつける。


「……何だよ。良いだろ」

「悪いとは言ってない」


 腕時計で時間を確認する。多分そろそろ出てくる時間だから、いちいちインターフォンを押さなくても良いだろう。


「悪いが二人きりにはしてやれない。突然いなくなると後が面倒だ」

「良いよ、いろよ!いきなり二人きりだと変に緊張するだろ!」


 まだ緊張するのかよ。何年幼馴染やってんだよ。

 その言葉は喉から出るギリギリのところで飲み込んだ。言ったら多分、片想いなんだから仕方ないだろとか何とか言って逆ギレされる。

 そうこうしているうちに、玄関の扉が開き、近藤が私と付き合っていると誤解されたくない一番の理由である少女が顔を出した。


「睦月、おはよう!あっ、太智(タイチ)もいる!おはよう!」


 朝から何とも元気な挨拶と共に駆け寄ってくる笑顔の少女は、私と近藤の幼馴染である河合千紘(カワイチヒロ)だ。

 隠す必要もなくぶっちゃけてしまえば、近藤の好きな相手である。昔から続く初恋の人だ。

 おまけのように一応言うが、太智は近藤の下の名前である。まぁだいたい察しはつくと思うが。


「おはよう」

「おう、おはよう!」


 ご覧ください、この締りのない近藤のニヤけ顔を。何と言う扱いの差。分かりやすいにも程があると言うものだ。

 分かりやすいには分かりやすいが、何と千紘本人には気付かれていない。驚きなことに、周囲の人間で気付いている者も少ない。

 何と言うか、これはまぁ、近藤がもともと笑顔がデフォルトに近い人間なせいだ。基本的には朗らかに笑っている。

 先程までの私と近藤のやり取りを見ていると嘘だと感じるかもしれないが、残念ながらアレが特殊なのだ。

 私と千紘と近藤は三人で幼馴染だが、中でも家が隣の隣で親が仲良しな私と近藤はとりわけ共に過ごす時間が長かった。

 おかげで、ほとんど家族と言うか、兄妹みたいな関係になっている。気安すぎる仲なのだ。なので、近藤は私の前だと、子供っぽさが前面に出てくる。

 その割に何で名字で呼び合ってんだよ、めっちゃ他人行儀じゃねーか、と言った疑問はもっともだが、理由は簡単だ。恋愛方面の誤解を避けるため。

 家は近いわ仲は良いわ名前で呼び合ってるわで、誤解された事が過去に何度もある。千紘のことが好きな近藤にとっても、そんな気は一切ない私にとっても迷惑でしかなかったので、その場しのぎではあるが名字で呼び合う事にしたのである。誤解を避ける為だけに近藤との接触を避けるのは馬鹿馬鹿しいので、これくらいしか対策はしていない。

 正直、千紘が誤解しなけりゃいんじゃね、と最近は思っている。彼女は私が近藤に対して一切の恋愛的興味を持っていない事を知っているので、何かもうどうでも良くなりつつあった。

 まぁ何か、星野君のせいでこの手の誤解が再び生まれそうな様なので、それは防がなければとは思うが。


「じゃあ、行こっか!」


 千紘の明るい声と共に背中を押され、バス停までの道を歩き出す。

 千紘はもともと明るい子ではあるが、それにしても何だか今日はやたらと元気な気がする。いつもより声が一トーンくらい上だ。


「何か良いことでもあったのか」


 振り返ることなく尋ねると、千紘は「んー?ふふふふふふー」と上機嫌に笑う。


「久しぶりに三人で登校だなー、と思って!」


 言われてみれば確かにそうだ。千紘と私はほぼ毎回登校を共にしているが、近藤は違う。コイツは朝に弱く、頻繁に寝坊するので一緒になることは意外と少ない。


「太智も一緒なの、嬉しい!」


 ワォ、すごい殺し文句。

 真後ろにいるので見ることは出来ないが、恐らく千紘は満面の笑みを浮かべている事だろう。

 チラリと斜め後ろに視線をやれば、「そっか!」と見事にデレデレした笑みを浮かべた近藤が見えた。やはりこれに気付かない千紘は鈍いな。うん。

 いや、私が近藤の表情の識別に詳しくなっているだけかも知れない。可能性はある。だとしたら何だか嫌だ。仲良しかよ。仲良しだけど。


「私だけクラス違うから、あんまり会えないし。金曜とか会ってないよね?」

「あれ、そうだっけ?」


 近藤は本気で不思議そうな声を出す。千紘は「そうだよ!冷たいなぁ!」だとか言っているが、それは違う。

 気持ち悪い事この上ないのだが、近藤は用もないのに無駄に千紘のクラスの前を通る。で、千紘をガン見して行くのだ。なので、会ってないという感覚にならないのだろう。頻繁に顔は見てるから。

 正直、この現場に居合わせてしまった時はドン引きした。私の幼馴染がこんなにも気色悪い。見るぐらいなら話しかけろよ、と何度も思った。変に初恋をこじらせ気味な近藤には難しいのかも知れないが。

 千紘と近藤がワイワイと盛り上がっているのをボンヤリ聞きながら歩いていると、すぐにバス停に着く。混むのが嫌で早い時間に登校しているため、人は少ない。だからこそ近藤が一緒になる機会が少ない訳だが。

 列に並ぶと、近藤が突然何かを思い出したかのように「あっ!」っと声を上げる。


「俺と吾妻が付き合ってる訳無いって、千紘は分かってるよな!?」


 めっちゃ必死な声音だった。笑いそうになるのをギリギリ堪える。笑ったら駄目だ近藤に殴られる。


「うん……?知ってるよ、だって兄妹みたいなもんなんでしょ?」


 近藤が何をそんなに躍起になっているのか分からない千紘は、不思議そうにしながらも肯定した。

 そりゃそうだ、昨日まで何もなかったのに、突然取り繕ってきたのだから。どう考えても不自然だ。

 千紘からしたら、「別に噂されてる訳でもないし、誤解されている様子もないのに、何故?」って感じだろう。昨日の星野君のことなど、彼女は知らないのだから。

 「そっか!」と安心した様子で息を吐く近藤を、睨むように見上げる。こんな何の前振りのない状態で言ったら、逆に怪しいだろうが、馬鹿野郎。

 私の視線に気付いた近藤は、怯むどころか睨み返してきた。まるで、元々はお前のせいだろと言わんばかりだ。いや誤解された理由が解らないと何度も言って……はいないが、態度で主張したろうに。

 取り敢えず、学校に着いたら星野君に色々と問い詰めてみよう。到着したバスに乗り込みながらそう思った。

 彼に話しかける機会があるかは、知らないが。

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