第3話 僕、ランクアップしたみたい
昨日の初めての依頼。
あれを受けて、今度からは受けたらすぐに行こうと思った。
被害が少なからず出てしまうのは仕方ないとは思うけれど、どうしても助けられたんじゃないかと思ってしまう。
それなら後悔をしないように、出来るだけ早く、迅速に行動すべきだろう。
窓から差し込む朝日を浴びて目が覚めた僕は隣で寝ているミスティを起こさないように気を付けてベッドから降りる。
本来この部屋は一人部屋で、一つしかベッドがない。
だけど、子ども二人だということもあってなんとか宿泊に許可がおりたのだ。
一回に降りると既に宿の主人が朝食作りをしていた。
宿で働く人は大変だね⋯⋯お客さんよりも早く起きて準備をしなくちゃならないのだから。なりたくない職業トップ10には入るよ。
「おはようございます」
「お、早いな。おはよう」
僕はまだ眠気が飛ばないので洗面所に行く。そこで顔に冷たい水をかけた。
冷たくて気持ちが良い。眠気もさっぱりだ。
「おねえちゃ⋯⋯おはよ」
ミスティも起きてきたようだ。
まだ目をこすって、髪の毛もぼさぼさになっちゃってる。
僕?僕は魔法で髪型が崩れても大丈夫なようにしてるよ。なんだっけ、形状記憶なんとかって奴を魔法で⋯⋯。
ミスティはまだ使えないから仕方ないと言えばそうなのだけど、女の子なのだからもう少し周りに気を配ってほしい。宿の主人は僅かに目を伏せて「おはよう」と言った。
「ごはん⋯⋯」
「そうだね。⋯⋯すみません、朝ごはんもらえます?」
「ああ、いいよ。すぐに持っていくから座って待っててね」
「はい。ほら、ミスティ座って」
ミスティを椅子に座らせると僕も隣に座る。宿の一階は大抵が食堂になっていて、昼は食事処となる場所がほとんどだ。
そのため、どこも似たような作りになっているし、個別で席を設けると入る人が少なくなってしまうとかで大きなテーブルが幾つか置いてあり、その周りに椅子がぽつぽつと設置されている。
少しすると店主が料理を持ってきた。
そこから仄かに海鮮類の匂いがする。
「もしかして魚⋯⋯?」
「そうだ。昨日はいいのが入ったからな」
僕は魚の塩焼きに目を奪われつつも隣にある白米も見る。
本当にこの世界は日本が混ざっているような気がする。
「じゃ、手を合わせて」
『いただきます』
僕とミスティが声を合わせて言うと、店主が首を傾げた。
「ん?なんだ?それは」
「これは僕たちの村のしきたりのようなものです。食事の前は『いただきます』と言って食後は『ごちそうさまでした』と言うのです」
というのも、僕が村の中に広めたからに他ならない。
意図的に広めたのではなく、勝手に広まっていったんだけどね。
3歳くらい頃に、ようやく一人でご飯を食べられると思って張り切っていたらついやってしまったのだ。癖って怖い。
その時のことが発端で、「食材も命があるから、それに感謝を捧げて食べるんだよ」と教えてあげると村長が「おお!なんという⋯⋯ではこれを村の伝統にしよう!」と言って、現在に至るのだ。
そして、一か月ほどで見事に浸透してしまい当たり前のように至る所で行われていた。
その行為が行き過ぎて狩りをする時にもしてしまう人が現れたという曰く付き。
「そうか⋯⋯村の奴らは元気にしてるのか?と言ってもわからないか」
店主が苦笑いを浮かべる。
彼に悪気はないのだろうけれど、僕にとっては少し嫌悪感が浮かんでしまう。
村が無くなったことは生存者の中では僕とミスティしか知らない。商店街の皆も、誰一人として知らない。
その後の雑談もそこそこにして、今日もまたギルドに行くことになった。
ギルドに入ると、昨日と同じような喧騒が沸き起こっていた。
そこへ4人組が近づいてきた。
思わず「テンプレきたー」と力なく呟いてしまう。
「君ら昨日はうまく行ったそうだが、あんま調子乗ってると危ないからな。俺たちのパーティに入れよ」
下卑た笑みを浮かべて一番体格のいい男が言ってきた。
もちろん、そんなものにお世話になるつもりはない。
「お断りします」
「そう言うなって。俺らはこう見えてもBランクだからよ?」
僕は出来るだけ構ってほしくない。
この4人組以外の冒険者は様子を見ているだけなので当てに出来ないし、かといって職員に目をやれば顔を逸らされる。
誰も助けてくれる人はいないようだ。
「それ以上近づかないでください。実力行使しますよ」
出来るだけ声を低くしたつもりだったけれど、余計にかわいらしい声が出る。
こんな時に限って女の子に生まれたことが恨めしい。
「まぁまぁ、落ち着いて。一先ず依頼を決めようか!」
何故か勝手に話が進む⋯⋯ミスティも怖いのか僕の後ろで泣きそうになっていて震え出した。
ミスティを泣かせると容赦しないよ?
確か魔力を放出して威圧する、ということが出来るはずだ。どこかの作品で読んだ限りでは。
それに倣って少しずつ魔力を放出していく。
「ん?」
何か感じ取ったのか彼らは僕の顔を見つめる。
その間にも少しずつ魔力の放出量を上げて行く。彼らにのみ放出するというのは存外難しいものだ。
「おい⋯⋯こいつの目」
「ああ。何か、様子がおかしい」
僕はその間にコツを掴むことが出来たので一気に量を増やした。
「なんっだこれは!」
地面に膝をつき倒れ始める。
4人を不思議そうに周囲に居た人は見ていた。
僕は地面にへばりついている4人を見て告げる。
『これ以上関わるな』
「目の色が変わった⋯⋯だと」
可愛らしい声で告げたそれにも魔力が含まれていたようで、彼らは何事が呟いて気を失った。
「ふぅ⋯⋯すみません。職員は冒険者同士の争いに手を出してはいけないのです」
受付に座っていた女性が申し訳なさそうに謝る。
僕は気にしていないと手を振り、魔力を納めた。
彼らは放置することにして、僕とミスティは依頼板を見る。
目に入った討伐場所が近い依頼を二つ受諾する。その二つは合わせても銀貨9枚と銅貨50枚なっており、昨日と比べると5分の1程度の報酬だ。
ちょこっとBランクの依頼板を見てみると、昨日のような銀貨25枚という依頼書は無く、ほとんどが10~20枚程度なので破格だったのだろう。
街を出てその近くを流れている川へ向かう。
この川はルチェンブルクにとって生命線に等しい。そこに魔物が住み着いてしまったらしく、何か起こる前に討伐しようというのが一つ目の依頼。
魔物を探して川を下っていると、それらしき奴がいた。
4足歩行で皮が分厚そうで、一本だけ角が生えている。そして太り気味⋯⋯まさかぶくぶくに太ったユニコーンだなんて言わないよね?少しサイに似ているから、仮称サイということにしておこう。
ミスティには少し離れたところで待機してもらい、僕は刀を鞘から抜いて前に構える。
昨日戦ったオーガよりも強い魔力を感じる。
身体強化をかけ、刀を上段から振り下ろす。
「ハァ!」
瞬時に移動した僕に対してノロノロした動きのサイ。
攻撃は避けられることはなく、その堅そうな外皮を斬り裂いた。
それからちょこちょこ動き回りながら、攻撃を食らわないように立ち回って攻撃を繰り返す。
ドサッという鈍い音と共にサイが倒れた。
息の根が止まっているかわからないので、念のために首を切断する。
これで絶対に大丈夫!
体と頭を空間に仕舞い、次の依頼へ向かう。
「次はミスティの練習だからね」
敵の魔物のランクはDと低め。
これなら万が一も無い⋯⋯と思いたい。
川から少し離れ、見晴らしのいい草原へやってきた。
ここに食人植物の魔物がいるという報告があり、依頼されてきた。植物なので相手は動かないので放置していてもいいのだが、あまり放置していると胞子を飛ばしてあらゆるところに飛び散りその数を増やす。
という悪質な魔物で、女性を捕えると触手プレイをされるらしい。女性の敵だ。
その魔物は想像していたよりも大きかった。
体長4メートルはありそうだ。⋯⋯ああ、この世界ではメトって言うんだったかな?
1メートルは1メトで1キロメートルは1キメト。単純すぎる。
『火球!』
ミスティがファンタジーで王道の魔法を使う。
その一発に物凄い魔力が注ぎ込まれているのを感じた僕は咄嗟に後ろに飛んで避難した。
案の定、辺り一面焼け野原となってしまっている。
『フロストノヴァ』
僕が魔法を使うと一息に気温が下がる。それと同時に炎も消火されたので魔法を解除した。
「ミスティはもう少し魔力の制御を頑張った方がいいね」
「うぅ~」
そうじゃないと、ミスティはただの爆弾だよ⋯⋯。
「終わったことだし、帰ろっか」
「うん!」
それから帰り道は約1時間半ほど歩いた。一々遠いんだよ。依頼場所が。
街の近くに魔物が現れるのはよくないけれど、そんな遠いところに行ってまで討伐してくる意味があるのかな?
「ありますよ。近隣の村などの脅威がなくなります。⋯⋯確かに達成されてますね」
どうやら口に出ていたらしい。
受付の女性から冒険者の証を返してもらう。依頼達成数の欄が「3/3」という表示になっていた。
銀貨9枚と銅貨50枚と受け取り、僕たちの所持金は、お爺ちゃんの物を含めないでとなると⋯⋯。
昨日と今日合わせて銀貨34枚の稼ぎで、宿を2泊したので銀貨4枚が引かれて残り30枚。装備に32枚使っているのでまだマイナスみたいだ。
借金は早く返さないといけないね。でもこれ、冒険者の生計は火の車だよね⋯⋯。
それから二つの季節、つまり6ヵ月が過ぎた。
僕たちはその間お金を貯められるような依頼を受け続け、貯金も結構な額になっている。
討伐系のみではなく薬草採取や森の調査といった依頼もバランスよくこなしてきたので、ある程度の冒険者としての常識は培ってきた。
「はい。これで依頼達成数が100ですね。素行も良く問題も起こしたりしないので、Bランクに昇格できますよ」
「本当ですかっ!?」
やっとだ。ようやくランクが一つ上がった。
長かったよ、ここまで。
「お願いします」
「はい。⋯⋯と、これで完了ですね」
渡された冒険者の証の色が緑色から青色に変わっていた。一目見ればわかるようなシステムになっているらしい。
晴れてBランクとなったので、今日はいつもの宿に帰り報告するとお祝いされた。他の宿泊客の人たちにも祝福され、思わず頬が綻ぶ。
その日は気持ちよく眠りにつくことが出来た。