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第11話 墜落

 ジェイスティングルーの体から、3本の尾が生える。彼が闘うところは、天使の中で誰も見ていない。模擬戦で闘ったことのない唯一の天使なのだ。

 故に、オペテウィリスは恐怖した。これまで見たことのない男の本気を前にして、足がすくむ。

 それに加えて、自分よりも下位の天使相手であれば断罪できる、ということを初めて知ったのだ。怖くないはずがない。

 何しろ、現状では圧倒的な不利しか目に映らない。ただ一つ言えることは、追いつかれないように逃げ回れる自信はそこそこある、という点に尽きる。


 オペテウィリスは全力で気を張り巡らせ、技を継続させる。それが続いている限り、奴は、ジェイスティングルーはこの中に侵入することができない。


「いくら上位天使と言え、これでは侵入すらできないでしょう!!」


 声を大きく張り上げ、ジェイスティングルーを挑発した。けれど、彼はどこ吹く風でまるで気にした様子がない。どこにそのような自信があるのか……。

 自分の知らない知識を持つジェイスティングルーに、オペテウィリスの中にもやもやした気持ちが募っていく。

 元より知識量で言えば勝ちようがないが、戦闘センスで言えば、これまで模擬戦すらしたことのないジェイスティングルーよりもあると断言できた。

 ……それでも、彼の不敵な笑みを見ると安心できない。


「なぜ、なぜ笑っているのですか!? 私の元へ来れるとでも思っておいてですか!」


「さて、な。いまはまだ時が来ていない。いずれわかる」


 彼が待つものは何なのか。オペテウィリスにはわからない。わからなくとも、警戒は必要だ。

 周囲を見渡すように確認し、数分以上何も起こらないことに痺れを切らす。


「……嘘ですね。私を緊張させ、行動させないようにするための」


「嘘ではない。そもそも我が嘘を吐けるわけがなかろう」


 彼は、“契約の支配者ヘルヴィム・アグリーコントラクト”である。

 その“役目”を与えられ、全ての契約を管理する者でもある。それは、天使同士の約束事から獣同士の掟まで幅広く。


「な、ならば! なぜ何も起こらないのですか!?」


「言ったであろう。時が満ちていない、と」


「何を待っているのです!」


「我が教えては勝てぬよ。其方自身で考えよ。……だから、シュピーゲルのような者に流されてしまうのだ」


 シュピーゲルを鼻で笑う。それを見たオペテウィリスは、まるで洗脳されているかのように激昂した。


「最もはやく生み出された者ぞ! 彼に従わぬ方がおかしいわ! 現にアスティンェルは……!」


 アスティンェルが何を考えているのか、ジェイスティングルーにはわからなかった。でも、何かがあるのだろう、と思ってアスティンェルの意見を尊重するつもりだ。

 だが、彼らは違う。

 シュピーゲルに粛々と従い、その言動に絶対の支持を持つなど。


「もう、いいです。やはり私から攻撃して差し上げます。貴方はここでいない者になるのですよ」


「ほぅ。我に勝てると?」


「私には、特別にシュピーゲル殿から預かった力がある! それを使えば貴方を倒し、アスティンェル殿が来るまで戦闘不能にしておくことなど容易いでしょう!」


「まぁ、悪くはない。悪くはないが……我に勝てるとは……まぁ良い。精々もがいてみろ」


「言われなくとも!」


 オペテウィリスは翼を使って強く空を叩き、一気に加速する。輪廻の輪を抜け出してジェイスティングルーの元へ飛び出した。


「この速度に追いつくことさえできないのですか!?」


 明らかに嘲笑の混じる言葉を吐き捨て、彼はジェイスティングルーに向けて輪環りんかんを振り下ろす。

 振り下ろされた輪環を、ジェイスティングルーは人差し指でそれを受けた。


「なっ……正気ですか?」


 まさか捨て身の相打ち狙いか! と疑うも、ジェイスティングルーの表情を見て凍り付く。

 彼が視認できないほどに速く、ジェイスティングルーは、人差し指の接地面のみを切り離し、指の皮のみを輪環に飲み込ませていた。

 けれど、そうと知らないオペテウィリスは距離を置こうとして……気付く。


「翼が……なぜ! ……貴方か! 何をしたのですか!」


「少しは其方が考えよ。自らの意思を持たぬなど、アスティンェルに知れれば一瞬にして存在を消されるぞ?」


 間違いない。こいつは洗脳されている。

 ジェイスティングルーはそう結論付け、あのシュピーゲルが開発したという人を洗脳する技の危険度を数段階引き上げた。

 あれは、人と天使別なく洗脳できる代物なのだろう。

 もしそうであれば、アスティンェルが危ない!


「……否、時既に遅し、か」


 なるほど、とジェイスティングルーは頷く。


「そうか、そうだったのか。シュピーゲルに構うからこのようなことになるのだ。あいつめ、よくもアスティンェルを……」


 腹わたが煮えくり返り、彼は、シュピーゲルのいる方向を睨みつけた。


「其方への用事はなくなった。我は行かねばならぬところがあるようだ」


 ジェイスティングルーは冷徹に告げ、オペテウィリスから3本あるうちの1本の尾を離す。

 そして、彼と、ケゥレストローンの混合部隊の元へ駆けつけるべく、翼を使って、尾を使って、全速力で現場へ急行する。


「に、逃げるのですか! ふ、ふん、あれほどの狂言、やはり嘘だったのですね!」


 そんなオペテウィリスの声を聞いたジェイスティングルーは、一瞬にして戻ってきて、全ての尾を伸ばしてオペテウィリスの首元は突きつけた。


「寝言は寝て言え」


 殺すことなく、無効化する。

 白目を剥き、泡を吹いて気を失ったオペテウィリスは、全ての力を一度リセットされた。

 力なく、彼は遥か上空にある評議会から墜落する。

 その姿を見た者はおらず、激震と天使の落ちた跡だけが残された。

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