第9話 僕、龍と戦うみたい
「――龍だ!」
龍がいる! この世界に来て、ようやく出会えた。
僕が会えるかな、と期待していたのは竜だったけれど、実際にはそれよりも格が上の龍と遭遇したのだ。
不満などあるはずがない。
それに、安心感を与えてくれるあの龍はいったい何者なのだろうか。
そうやって安心させることで僕の懐につけ込み、サクッと一撃のもとに殺されてしまうかもしれないという発想。
むしろ、それ以外に考えられない。
僕は即座に、頭の中で妄想を繰り広げる。
魔力を注げばすぐにでも発動できるように、全ての準備は数秒のうちに整った。
飛行型魔物は、龍を見るついでに見てみたところ、イメージ図のプテラノドンのような姿をしている。
大きさはこちらの方が小さいだろうけれど、僕たちからすればとても大きいことに変わりはない。
あの龍の大きさが異常なだけなのだ。
龍が高空で停止し、プテラノドンのような魔物をそのまま逃した。それほど懸命にあっているわけでもなかったのだろうか。あっさりとプテラノドンのような魔物は遥か彼方へ逃げて行く。
朝日に照らされた大空に悠然と佇む龍が口を開いた。
『――――』
なんと言ったのか。
聞き取れない言語。
ちらりと荷台に視線を向けると、すやすや寝息を立てるヴィーナさんがいる。
僕だけで相手をできるのか、実力が全く読めない。だからと言って、ヴィーナさんを起こすことは躊躇われた。
「僕1人でやるッ!」
龍がなんだというのだ。
小説では、漫画では、アニメでは。
竜どころか龍さえも、神さえも打ち倒していたではないか。
ならば、僕にもできないわけがない。
できなくてはおかしいのだ。
『開け、ゴマ!』
直後、魔力を注ぎ込んでイメージを具現化する。
龍よりも大きな門が龍の前方に出現し、極光が煌めきを放っていた。
龍は驚きもせず、そちらを見つめている。かと思えば、口を開くと、極光が集い始めた。
まさか、と唸る。
いや、よくある話だ。龍が咆哮を放つことはよくあることであって、むしろ放たない方がどうかしている。
「行けぇ!!」
思わず叫んだ。
龍を倒せるよう願いを込めて。
龍が目を細め、狙いを定めるかのようにして頭の向きを調整した。
――刹那、二つの極光が放たれる。
龍の極光は白い輝きを纏い、僕の門からは黒い輝きを纏った極光が。
交わった光が白と黒の協奏曲を織り成すかのように。――否、あれは龍の咆哮が僕の門からの砲撃の周囲にとぐろを巻いている。
僕の攻撃を躱し、確実に門に向けられた。
けれど、とぐろを巻いていては僕の魔法の威力を弱めることはできない。
『――ッ!』
二つの攻撃が、同時に着弾する。
僕の砲撃は龍の鼻っ柱に直撃し、その巨体を仰け反らせ、龍の咆哮は門に直撃し、あまりにもあっさりと門を消し去った。
当然だ。門自体に防御力などないのだから。
攻撃は最大の防御ではあるけれど、こうやって回避されてはどうしようもない。
一瞬にして体制を立て直した龍の双眸が、僕を睨む。
ゆっくり、ゆっくりと下降してくる龍。
その表情は、穏やかとは言えない。だけど、怒っているようにも見えなかった。
『――――』
また、何事かを言っている。
頭に響くその言葉を、僕は飲み込むことができない。
何か大切なことを言っているように思うのだけど、全くもってわからないのだ。
「なんて、言ってるんだ」
龍が近付くほどに頭痛が生まれ、激しくなっていく。
ふらつく足下。纏まらない思考。
様子がおかしいことに気付いたのか、龍は僕が声を出して届くか否か、というところで滞空し始めた。
『そうか。――、いつかわかる。その時は必ず来る。――せよ』
それだけ言って、龍は大空に舞い戻る。
体をくねらせながら彼方へ飛んでいく龍と比例して、足にしっかりと力が入るようになり、頭痛も消えていった。
結局、何が言いたかったのか。
その時? いつだよ。
しかも、聞き取れないところがあって、話が繋がらない。
何かに納得していたようだし、案外僕のことを餌には向いていないことに気づいたのだろう。
或いは、僕と戦って捕食するには被害が出ると判断したのか。
「ふぅ……」
ひと心地ついて、荷台の上に寝そべる。
そう言えば、一言も言葉を出さなかった御者はどうしたのだろうか。
気になって御者台の方に目を向ければ、普段通り、馬を巧みに操っていた。
その様子がおかしくて、違和感を抱く。
龍は、この国では滅ぼしたとしていたはずなのだ。
それは気になっていたけれど、龍を前に興奮して忘れてしまっていた。
落ち着いて考えてみれば、おかしな話である。
龍を滅ぼしたのがこの国の人たちだと言われているのに、実際には龍はいるし。
しかも、それほど脅威とは思わなかった。
元々僕のことを殺そうとしていないのであれば、手加減していたというのもあるだろうけれど。
そうする必要がないのだ。
「謎だ」
僕は、謎解きは専門外。
僕の専門はイメージであって、他はダメダメなのだ。
空を見上げて、いつも通りの昼を目前にした澄んだ青空になっている。
ヴィーナさんを見て、僕も寝ようかな、と思った。
気持ちよさそうになる彼女の隣に寝そべり、御者に一言告げてから眠りについた。




