第20話 俺、もう一度
――殺気が俺を襲う。
だが、それは一瞬にして霧散した。
前回とは、比べるべくもない。なぜこれほどはやく、と思ったが、目の前に時間の神がしゃがみ込む。
青く長い前髪の隙間から覗く双眸は、優しく微笑んでいた。前髪以外は、数センチしか伸びていないほど短く、正直どんな髪型だよ、と思うのだが、そこに突っ込みを入れてやり直しをさせてもらえなくなっては困ったことになる。
それに、服と言えるものは身につけず、ただの布を体に巻いているように見える。神にとって、繁殖などは必要のないことだからとそういうことには疎くなっているのかもしれない。
そして、いま判明した。
それは、神たちの大きさが明らかに地球人とは異なっていること。
軽く170台の身長である俺と目線を合わせようとして、しゃがみこまなければならない。はっきりいって、巨人。
……そう言えば、地球でも巨人の化石は見つかっているんだったか。あまり興味がないから、良く知らない。知っている奴の方が少数だろう。
「……来たか」
意識がハッキリしているためか、それとも二度目だからか、今回の神の世界は随分と発見が多い。
時間の神の声は甲高く、言葉と認識出来ないような言い方をする。
それなのに、なぜかその言葉を理解出来ていた。
「ああ。もう一度、次こそは」
「……そうか」
今度こそ、奈緒を連れ戻して見せる。
そのために、ここまで来た。この敵の渦中に。
向こう側にいる神に視線をやれば、その手前に1人の少年が転がっている。これが奈緒なのだろうか。……リステリアの姿じゃないのか?
もしかして、この世界では前世の姿で現れているのか?
そう考えると、あの姿には納得がいく。
だが、倒れている奈緒の隣に座り、頬を突いたりしている緑髪の女性が気になった。
身長は俺たち地球人と同程度。つまり神ではないはずだ。しかし、そうなるとどうしてこの世界にいるのか、という話になってしまう。
「……準備が完了した」
甲高い声に思考が遮られ、考えていたことが全て抜け落ちた。
「……行くぞ」
時間の神の口元を見ていたら、あることに気付く。
……口の動きと耳に届く言葉のタイミングに誤差が生じている。
些細なことではあるが、俺にはどうしても、気になってしまった。
――刹那、視界が黒く塗り潰されて、意識を手放した。
「うぅ……」
――奈緒っ!
奈緒の呻き声が聞こえ、咄嗟に体を起こす。
着ているのはパジャマで、どうやらもう一度時間の巻き戻しに成功したようだ。
隣で寝息を立てている優花を起こさず、奈緒の方へと回りこんで顔を覗き込む。
すると、奈緒は苦しそうにしていた。
「奈緒」
呼びかけながら、強く握られている右の拳を、両手で優しく包み込む。
そうすることで、幾分か奈緒の表情がよくなった。前回も、そのまた前も、今回のように呻いているようなことはなかった。
若干の違いが出ているのが不思議でならないが、いまはそんなことを気にしている余裕はない。今度はどうやって、奈緒を宇宙軍に行かせないかを考えなければ。
……というか、前回のときに考えておくべきだった。
いまさら悔やんでも、時間は巻き戻らない。……いや、もう一度、いけるか?
時間の神に頼み込んで時間を巻き戻してもらえばいいかもしれない。
奈緒を止める手段を幾つも考えて、一つずる試していこう。奈緒には悪いが、どの道時間は戻り、なかったことになるのだから。
――とはいえ、奈緒をそれほど死なせていいものか、と思う自分もいた。
今回は、力づくで止めてみるべきか。
「いや、それが一番いいのか?」
自衛隊が迎えに来ると言っても、そいつらも力を使って追い払えばいい。奈緒には悪いが、宇宙軍本部が出発する3日後まで監禁させてもらおう。
「そうだ。なんでこんな簡単なことを思いつかなかったんだ……」
そうと決まれば――どこに監禁するか、場所を決めておかないといけない。
場所は……零に協力してもらって研究所の地下にしよう。さすがに地下であれば、転移以外の方法はない。それに、隔壁で隙間のない空間に監禁しておけば、転移でどこかにいかれる心配もない。
食事は一日3回で、風呂もちゃんと入ってもらうようにして、ちゃんと寝られるように最高級ベッドでも買ってやろう。そうすれば、奈緒だって引きこもってくれるに違いないのだ。
「あれ……? 来希、起きてたんだね。おはよう」
むくりと起き上がった奈緒と目が合い、すぅっと逸らす。
きょとんとした顔をした奈緒は、すぐに手を握られていることに気付いた。俺は慌てて手をどけて、よそ見をする。
「あはは、来希ってこういうことする人だったんだ。長い間一緒にいるのに、こういうのは初めてで、会った頃と比べれば正反対だよね」
寝起きに明るく笑う。
その顔を見ているだけで、邪心が祓われるような気がした。
「あれは仕方ない。忘れてくれ。若気の至りってやつだ」
俺が甘えたり、そうした行動をすると必ず、会った頃を引っ張り合いに出して来る。それが少し気に食わないというか、なんというか。
奈緒はもう少し、俺に対して思いやりというものをだな……。
「そうだね。……優花、また、帰ってきたらいっぱいお話しよう」
優花の前髪を払い、でこを撫でる。
奈緒の行動を見ていて、もうあまり時間は残されていないことを思い出した。
そして、俺は宣言する。せめて、奈緒には何をするのか知っていてほしい。俺は別に、奈緒を傷つけたり、いじめたりするわけではないのだとわかっていてほしい。
「奈緒」
「どうしたの?」
「いまからお前を――監禁する」
――ごめんな。
心の中で謝罪してから、奈緒の首筋に手刀を放つ。
下手なやつがすると死の危険もある、一瞬にして意識を刈り取る技術。
奈緒の口から、最後に「えっ」と聞こえた。それが俺の心を締め付ける。
奈緒はきっと、戦いを望んでいない。それでも、俺たちを守るためと思って戦いに赴いている。
だから、怒らない。
喜ぶか、悲しむか。
そのどちらかに違いない。




