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第19話 俺、やり直す④

 上空にて胡座あぐらをかいて頬杖をつく。

 血気は最大出力を保った状態で、もう少し待てば気付くのではないか、と思っている。

 それに上昇させていくよりも、維持する方が遥かに楽だ。


「奈緒〜、気付け〜」


 伝われよ、と念を送りながらあることを思い出す。

 それは、端末だ。

 いまでも酔狂な奴はつけている、昔はよく見かけられたらしい腕時計の形をした端末だ。

 正式名称は携帯電話となっているが、携帯電話は昔の名残がいまでも残っているからで、昔も、携帯電話のことをスマートフォンと言い換えていたくらいだ。

 奈緒はしきりに腕時計型携帯電話などと正式名称を連呼していたけど、ここ数年のうちに聞かなくなった。その話をすることがなくなったのもあるが。


「奈緒……出てくれよ……」


 地球にいるのはわかってるんだ。

 地球全域、たとえアマゾンの深部であろうと、深海6000mや10000mであろうと、ましてやこんな太平洋のど真ん中、届かないはずがない。

 昔は国を越えると高額になっていたらしいが、いまではそんなこともなく、通常の料金で通話出来る。


「なんで出ないんだよ……」


 はぁ、とため息を吐いて、端末から映し出される画面を見つめる。

 真っ黒に塗り潰された画面は、周囲が星明かりと月明かりで明るいからか、同化することなく見えていた。



 その日から毎日、食事と睡眠以外では宇宙軍本部の上空で待機するようにした。

 ……だが、それから僅か1日半後。

 宇宙軍本部に動きが見られたのだ。


「ん? なんだ?」


 ゴゴ……と地鳴りを轟かせ、宇宙軍本部の周囲には本部を中心とした波が発生している。

 これほど大規模ということは、地震だろうか。

 ……いや、それは違う。

 地震であれば龍気がより一層濃くなるはずなのに、特に力に関しての問題は起きていない。

 すると、突然宇宙軍本部が盛り上がった。

 そのまま上へ上へと昇っていき、俺は宇宙軍本部に備え付けられている防衛対策を回避するのに精一杯となった。

 さすがは本部、ということなのか、ありとあらゆる防衛対策が取られていて、空を縦横無尽に移動する。

 ――そして、ふと本部が近くにあると思いながら回避し続けていると、本部が空に浮かんでいることがわかった。


「こんな巨大な島を……どうやって……」


 魔法ありなのであれば、俺でも可能だろう。

 だけど、科学の力がここまで出来るようになっているとは、民間人たる俺には知らされていない。

 どういうことだ! と悪態を吐きながら、だんだん加速していく宇宙軍本部に鋭い視線を放つ。

 その真下では、島がなくなったことによって津波が発生しているのかと思えば、巨大な渦が出来ていた。突如発生した空白へと詰め寄る水の渦だ。

 こんなことがあったら、ニュースで報道されてもいいんじゃないか、と思う。

 しかし、その時ふと思い出す。

 今日が、宇宙の敵との最初の戦闘が世界各地で行われることになっているのだと。


「ああっ、くそ!」


 どれだけタイミングが悪いのか。

 宇宙軍も、あと1日だけでも地球に留まっていれば、帰る故郷がなくなる奴が出ることもなかっただろうに。

 そう思うと同時に、もし地球に留まっていたら宇宙からの侵略者も1日待っていただろうとも思う。

 それだけ、敵は頭も使っていた。

 大気圏へ突入した宇宙軍本部への侵入手段はなく、ましてや宇宙空間に飛び出して同じようなことが出来るはずもない。

 ……俺は完全に、奈緒を掴み損ねてしまった。

 悠長に構えていたから。

 あれがあのまま移動するとは思っていなかったから。

 もっと個別で移動して、その内の一つ、奈緒が乗ったものを拉致ればいいと考えていたのだ。

 その計画は見事に粉砕されてしまい、その場に崩れ落ちる。


「くそ……」


 奈緒を連れもどせなかった以上、俺は……。


「あ……宇宙に行くってことは……」


 あの本部は、宇宙空間に行けるように隙間が皆無となっている、ということか。

 隙間がなければ、転移出来ない。

 龍脈に潜るわけではないのだ。

 龍脈を描いて、その道を通るのが転移。

 つまり、龍脈を奈緒の元へ伸ばすことは出来ても、その道中に隙間がなければ実体のある体は塞がれてしまい、転移は失敗する。


「そういう、ことか」


 気付くのが、あまりにも遅すぎた。


 俺はその日から、前回のときと同じような体験をやり直し、龍神とも仲間と戦い、今度はすぐに向こうへ送り返している。

 そして、1ヶ月。

 せめて奈緒が無事に戻ってきますように。と時間の神と空間の神に祈っていると、またしても凶報が届いた。


「……奈緒」


 その文面は冷たく、ただ奈緒が戦死したことを告げている。


「ぱぱ……?」


 表情を歪めた俺に気付いてか、優花がとことこ近付いてきて、俺を見つめた。

 しゃがみ込んで優花と同じ目線に合わせると、優花に奈緒の面影があるような気がして、鼻を鳴らす。


「ぱぱ、悲しいの? ゆうかがね、よしよししてあげる。よしよし」


 優花の小さな手のひらがちょこんと俺の頭に乗せられ、柔らかく、優しく、拙い動きで撫でてくれた。それだけで、耐えていた涙がぼろぼろ流れ始めた。

 しばらく撫でられたままで涙が止まるのを待ち、優花の手を掴むとぷにぷにしていて、まだまだこれからなんだよな、と思い返す。


「ありがとうな、優花」


「えへへ」


 もう一度。

 もう一度行こう。今度こそ奈緒を助けるために。


「優花、パパはもう一回、行ってくる」


「ぱぱ? ん〜、いってらっしゃい!」


「おう。ありがとな、優花」


 優花の頭を乱暴に撫でてやったら、きゃーと楽しそうな悲鳴を上げて、俺から遠ざかる。


 周囲に誰もいなくなったことを確認した俺は、上空に上がって神気を練り始めた。

 二度目ということもあって、あっけないほど簡単に成功した。


「神の世界に……」


 神気を纏い、神の世界に行くイメージをする。

 直後、俺は地球からいなくなった。

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