第9話 俺、威圧を受ける
紫電が走り、コンクリートの大地を抉り取る。
地面を一度跳ねて、勢いがようやく弱まった。
体勢を立て直し、被害を確認してみると、それほど飛ばされたわけではなさそうだった。だが、あれほどの動きをするとは……。
とてもあの世界に居た頃とは違うように感じる。それに、話すら通じないなんて。
魔気を操り、空へと飛翔する。
いったい奈緒が何をしたっていうんだ。
お前たちの世界を救いも窮地に陥れもしたけど、最後には笑って、泣いて、別れを惜しんでくれていたのに。
正面に龍神を捉え、真っ直ぐに見つめる。
手加減など、出来ない。
そう判断して、血気を指輪の力全体を覆うように操りながら、身に纏った。さらに龍気を大地から引っ張り上げ、体内で練り込んでいく。遠隔からでも龍気を操れるようになったのは、奈緒ではなく俺だけだった。
「龍神、おとなしく引き返すなら、いまのは見逃してやる」
「引き返す、だと? 寝言は寝て言えッ! 貴様らがッ、貴様らがリヴィをッ!! ――許すわけにはいかぬ」
――集えッ!
龍神が叫ぶ。
刹那――、
――ヒルデ、ラージ、ネイル、セムング、ハージ、クエリーッ!!
空間が裂け――、
――呼び声に応えよッ!
――龍神の力が増幅されていく。
そして――、
「我らが主よ。馳せ参じた」
「ほぅ、これが次元の裂け目か」
「龍神様、いま、いいところだったんですけど」
「レイヴ、儂を呼ぶほどか?」
「其方は……なるほどのぅ」
「もーっ、また、これッ」
――深淵より来たりし6体の龍が、姿を見せる。
「さすがに、これはマズイ」
何がマズイって、あの深淵がヤバイ。
龍神を遥かに超える、俺の力すら超越している力が、あの中を蠢いていた。
……あれはなんなんだ?
次元の、裂け目だとか。そんな言葉が聞こえたが……。
「揃ったか」
「ひゃ~、ここ、凄いですね。なんですかーっ、こんなに大きな建物も、立派で頑丈なのも、あっちにはないのにっ!」
確かあれは、クエリームント。
闇龍、クエリームントだ。
龍神の鱗が漆黒に対して、この女の鱗は紫に近い黒。
奴の周囲には闇の紫電が走っていて、実体のない霧かと思うほど霞んでいる。
「ふむ。……次元の裂け目が閉じていくぞ」
「問題なかろう。界渡りの方法は無数にある」
青と赤の炎に包まれた鱗――いや、あれは鱗自体が燃えているのか。
凄まじい熱気が奴から放たれている。奴の名は、火龍、ラージスクエア。
「はぁ……。わたしの勝ちが……」
「ネイルは遊び過ぎじゃないか?」
「そんなことないですぅ」
周囲一帯に、龍神の咆哮並のハリケーンを発生させている緑色の龍は、風龍、ネイルラッセンだったか。
王都での事件を起こした奴だと記憶している。
そいつと話しているのは――、
「ヒルデ、その子のそれは、もはや治せんよ」
――水龍、ヒルデプラント。
奈緒と仲の良かった1人であり、奈緒が魔王化するに至った遺跡にいた龍でもある。
彼は体そのものが水であるかのように、原型をとどめていないように思えた。しかし、その体内にある水からは、高密度の力を感じられる。
「そうですか? いまならまだ、間に合うような気がするのですが……」
その水龍に話しかけたのは、雷龍、セムングレイアだ。
落雷を一身に浴びながら――ではなく、おそらく奴自身が、雷を生み出しているのだろう。
その雷は稲妻となり、空を駆け巡っていた。
「其方、なぜこの事態になっているのか、わかっていないようだな」
話しかけてきたのは、全身が土や岩で覆われた土龍、ハージラスト。
奴の体の周囲には砂嵐が吹き荒れている。
ネイルラッセンの風により、ラージスクエアの炎とヒルデプラントの水、そしてハージラストの砂が、辺り一帯を襲った。
彼らは無意識なのだろうが、時間の経過とともに地面が捲れ上がり、建物は吹き飛ばされている。
人も、物も、何もかも。
まるで自分には関係がないというように。
「返事はない、か。――ならば教えてやろう」
返事をしなくとも教えるのかよ。
そんなことを思いながら、違和感に気付いた。
……1体、足りない。確か聖龍、リヴィテウス。俺たちや、奈緒が一番世話になった龍族だ。
嫌な予感が芽生えて行く。
俺の想像している言葉が、いまにも告げられそうで。
「其方らが、リヴィ殿を殺めたからだ」
刹那――、温厚に見えていたハージラストの表情が、一気に歪んだ。
凶悪な犯罪者? ――違う。
これは、魔王化したリステリアの時以上の暴力。
砂嵐が、炎と水を巻き込んでいる暴風を飲み込み始める。
「そんなもん、知るか。寿命じゃないのかよ」
「我らに寿命など、ありはしないッ!」
ハージラストが、怨嗟の声を轟かせた。
たったそれだけで、大気が激震し、体がビリビリと震える。
その衝撃波は、どこまで飛んでいくのか。咄嗟に龍気の探知魔法を広げて、驚愕した。
この地点を中心として、関東地方に留まらず、太平洋へ抜けている。
幸いと言っていいのか、奴の正面が太平洋側だったことに救われた。そうでなければ、もっと多くの被害が出ていただろう。
「リステリアによって――、リヴィは殺された」
あいつに、そんなことをする理由も、必要もない。何かの間違いだ。
「契約を解除せず、初代龍王様の秘儀、【血流縛鎖】を使ったろう」
そう告げてくる龍神や、周囲で佇む6龍は、俺を強く睨み付けている。
「それをしなければ、初代七龍を助けてやれなかった!」
本当はしたくないけれど、と、あいつは言っていたんだ。
そうしなければ、苦しいだけだから、と。
感謝されることはあれど、恨まれる覚えはない!
「ならばなぜ、契約を解除しなかった! それさえしていれば、リヴィは、死ぬことはなかった!」
話が噛み合わねぇ。
こいつらは、何を言ってるんだ?
契約やら、何やら。
俺にはさっぱり、理解できない。
「――あくまで黙り続けるか。この愚図めが」
セムングレイアの温和な空気が、一変する。
雷が地上へ降り注ぎ、俺にも落ちてきたけど、俺も雷を操れる。この程度では、どうってことはない。
奈緒が仲の良かったヒルデプラントへ、視線を向けた。
「申し訳ありません。私も、できればあなた方に危害を加えたくはないのですが……。リヴィ様は、私たち全員と子弟関係でもあります。師を討たれれば、それがたとえ友人であろうと……。
それに、あのお方は、リステリアをよくしていた。なのに、彼女は手を上げてしまった。……それがどうしても、許せないのですよ」
ヒルデプラントは、悲しそうに伏せていた目を見開く。
瞬間――、凄まじい威圧が全身を駆け巡った。




