第20話 僕、自爆するみたい
注)序盤にあるカタカナの叫び声?ですが、アァァ、ところは「あ」と「お」の間でお読みください。
一体のベスチェが特攻を仕掛けてきたおかげで、僕と楸さんはその一帯にのみ集中できる。
楸さんが手に持っている刀を水平に構えると、ベスチェとすれ違う瞬間に振り抜いた。けれど、僅かに移動したのか、一瞬のうちに回避されてしまう。
それからも凄まじい攻撃を繰り返すも、紙一重で躱され続けた。
「おい! 援護しろ!」
そのスピードについ見惚れてしまい、ぼーっとしていた意識を目の前のことに向ける。
呼吸する暇もないほどに速い斬撃が繰り出され、僅かな間に回避するベスチェ。それはどうすれば捉えられるのか。
白樹刀の柄へ手を伸ばし、掴み取る。
楸さんの斬撃が繰り出された刹那、回避行動に出るベスチェの動きを先読みし、白樹刀を抜き放った。
確かな手応えを感じ、火花が散ったことを視認する。
このベスチェもまた、ヘリコプリオンやヌェープと同様に、相当な硬度を持つようだ。一筋縄ではいかない。
それから楸さんのタイミングに合わせて攻撃を続けたものの、大したダメージを与えられた気配はなかった。
「交代だ! 俺が合わせる!」
一度楸さんが離れ、僕と交代するために一拍置いて再突撃する。
白樹刀を上段から振り下ろしたけれど、ベスチェはいとも簡単に回避してしまう。その様子が、ただじっとしていた時とは違って見えた。
同じ速度域にいると、普通の速度に感じるという現象があったはずだ。おそらく、そのせいだろう。
それでも、僕よりも遥かに速い。
「アァァラァァァァアッ!!」
楸さんが叫ぶ。
これまでとは違った、さらに鋭い一撃がベスチェの鼻っ柱を叩いた。
先端には凹みができ、刀で攻撃したにも関わらず、そのパワーで弾き飛ぶ。
斬ることはできなくとも、叩くことはできるという証明だろう。
「よし! 行けるぞ!」
「はい!」
楸さんが追撃のため、ベスチェ目掛けて超高速で移動し始めた。
そのあとを追い、先ほどまでと同じように攻撃を繰り出す。
僕が陽動で、楸さんが主力だ。
楸さんの刀は大きく、大剣に反りが入って片刃になったようなもの。僕の白樹刀も大きいけれど、機体からしてみればそれほどでもない。
大きければ攻撃力が高いというわけではないのだけど、言わば楸さんはパワー型で、僕はスピード型でしかないのだ。
速度が同じであれば、その差は大きい。
最大速度が速いだけで、すぐにその速度に到達するわけではない。ベスチェの速さに苦戦しつつもタイミングを合わせられているのは、そのためでもあった。
「はぁっ、はぁっ。そろそろくたばりやがれ」
ベスチェについていくためには、どうしても荒い操縦になってしまう。
体が横へ飛びそうになり、固定ベルトによって引き戻されることを繰り返していると息も乱れてしまう。そうでなくても、ただでさえ細かく操縦し、死と隣り合わせなのだ。
その緊張感からも、呼吸の乱れがあるのだろう。
楸さんだけではなく、僕もまた息切れしている。
白樹刀を下段に構えて、ベスチェを斬り上げた瞬間、腰にあるブースターを使い機体を回転させると、それに勢いを乗せて、今度は水平に斬撃を放った。
その間に、楸さんが一度攻撃している。
四方八方から攻撃するも、その半分は必ず躱されてしまい、先読みが外れても当たらない。
この速度の中、正確にタイミングを合わせるだけでも至難の技。
それを、延々と繰り返せるわけがない。
はやく決着を付けなければ、離れた場所にいる無数に蠢く敵がやってくるのだ。
「もう一息だ! 同時に行くぞ!」
「はい!」
2人で呼吸を合わせ、同時に刀を繰り出した。
楸さんの力強い上段からの振り下ろしと、体勢を水平に変えている僕からの鋭い上段からの振り下ろし。
――刹那、2つの斬撃が同時にベスチェを捉える。
手には確かに斬りつけた感触が残り、楸さんの力と僕の力が合わさって、僕から見て右下に飛んでいった。とはいえ、楸さんと僕の力は釣り合っていないから、ほぼ真下。
その後、彗星のような光を帯び始めたベスチェは、次第に小さくなっていくと、突然爆発した。この場で留まったまま爆発していれば、僕と楸さんは木っ端微塵になっていただろう。
そう確信できるほどに、機体の内部まで揺るがす爆風に見舞われた。
「ようやく、か。だが、攻略法は理解した」
小さな呟きを、聴覚が捉える。
「攻略法、ですか?」
「そうだ。……お前は知らなくていい」
知らなくていい……?
どういうことだろうか。
僕は楸さんと組むことになるから、とか?
確かに、相性はそれほど悪くないと思う。
僕としても、普段はチャラいのだとしても、戦闘に入ると真面目モードに切り替えられるなら問題ない。
「教えてください」
けれど、僕は知りたい。
なんとか倒せたものの、攻略法、と言えるものは見つけられなかった。
それを楸さんは見つけたというのだ。知りたいと思うのは必然だと思う。
「……まぁ、いいか。一度しか言わないからな?」
「わかりました」
「……ベスチェは動きが速く、表皮も硬い。だが、こうして倒すことができた。おまけに、勝手に爆発してくれるんだ。これは言ってみれば、巡航ミサイルみたいもんなんだよ。
凄まじい速度で移動して、攻撃しても回避行動しか取らず、最後には爆発して死ぬ。
まるで、神風特攻隊みたいだと思わないか? って、それは知らんか。
だが、とにかく、相手は爆発するんだ。
そして、こちらにも爆弾はある。要は誘爆させればいいんだよ」
胸を張って言い切った楸さんになるほど、と納得した。
そう言われてみれば、確かに攻撃されることはなく、回避行動しか取られなかったし、最後の最後で爆発していた。
本当に、神風特攻隊というのは的を得ているとように思える。
「……爆弾?」
けれど、こちらにも爆弾があるとはどういうことだろうか。
少なくとも、僕は持っていない。
それに楸さんも持っているようには思えない。まず装備からして、全く違うのだ。
「ああ」
「爆弾、持ってるんですか?」
「……特大のやつをな」
驚いた。
その機体のどこに特大と言える爆弾が――、まさか!
「その刀、実は爆弾だったり……?」
芸術は爆発だ! みたいなことを出来るのだろうか。
武器が爆弾でサバイバルという漫画だったような気がする。
……いろいろなものが混じっていそうだけど、気のせいだろう。
「ちげぇよ。それより、総数を確認するためにもっと近付くぞ」
……え?
「正気ですか?」
「指示は俺が出す。お前は従え」
「……わかりました」
あまり近付きすぎるのはよくない。
だけど、もう少し近付くことはできるはずだ。
爆弾のことをうまくはぐらされた感じだけど、偵察も大切な任務。疎かにするわけにはいかない。
「まだ、近付くんですか?」
もう、ハッキリ言って3kmも離れていない。目と鼻の先というものだ。
なのに、まだ直進している。
一つ幸いなことは、敵が動いていないことのみ。
「もう少しだ。つべこべ言わずについてこい」
厳しい口調で窘められてしまい、不承不承ついていった。
けれど、止まる気配がない。
敵との距離、500mを切った。
刹那、これまで微動だにせず、敵を挟んだ向こう側からの増援が着々と増えていくだけだった敵が動き始める。
「もうまずいですよ! すぐにでも逃げないと!」
レーダーに表示されている敵反応を自動で数えてくれるカウンターは、既に3500万を突破していた。
地球は、宇宙軍はこれだけの敵を相手にして戦わなければならず、絶望的という言葉ですら生ぬるい。
最前列に並ぶヘリコプリオンが、一斉に直進し始めた。
――そして。
「鈴木奈緒。司令官から伝言を頼まれた。
『鈴木奈緒将官に最後の任務を与える。
敵の軍勢の中心にて、自爆せよ』
以上だ。武運を祈る」
リアムさんからの伝言――というより、リアムさんの声が直接聞こえてきた――を突き付けてきた楸さんは、その場に突然停止した。かと思えば、一瞬にして姿が搔き消える。
レーダーを確認すると、ちょうど3km離れた場所に出現し、それを何度も繰り返していた。
「そうそう、これは整備士からの伝言だ。
『とっておきの起爆剤を用意しました。きっと、天国で驚かれるでしょう。その機体の材質そのものが爆発の威力を上げるものだとはご存知だとは思いますが、あなたの機体に組み込んだ起爆剤は、たとえ白の武器だろうと消し飛ばすほどに爆発の威力を倍増させるものです。心配せずとも、500万程度は道連れに出来るでしょう。それでは、お元気で』
だそうだ」
思い出したかのように楸さんから声が届き、次いであの時に紹介された整備士の声が、リアムさんと同じようにして流れ始める。
それが終われば、楸さんの最後の冷たい声が聞こえて、それ以降聞こえなくなった。
20kmの距離を脱したのだろう。
あれほどの切り札を持っていれば、その程度容易いはずだ。
転移技術があることに驚いたけれど、それよりも――。
「……裏切られた?」
目前には、無数のヘリコプリオンが最前列から10列ほど並び、その後ろをヌェープが遅々としてついてきている。
まるでひな壇のように段差をつけての前進は、異様な光景であり、途轍もない圧力が僕に叩きつけられていた。
「無理だよ、こんなの。どうしろっていうの……?」
こんなのを相手に生き延びるなんて、不可能だ。
ヌェープと同じようなスピードで、ディスペがいつでもビームを発射できるような体勢で前進し、最後尾から7列はベスチェで埋め尽くされている。
それに、それぞれに対して続々と援軍が到着しているのだ。まだまだ増え続け、いったい何体まで膨らむのか、皆目見当もつかない。
「だから、自爆――」
ここまで連れてきたのは、僕に強制的に自爆させるため。
楸さんが選ばれたのは、あの転移ができる機体を持つから。
整備士を紹介され、リアムさんから言葉をかけられたのは、期待されていることを実感させるため。
最後に突きつけてきたのは、戻ってきても戦死扱いにしていて本部に帰るに帰れなくするため。
「あのメールを、見たから?」
ただそれだけで?
まさか、そんなはずがない。
他にも理由があるはずなのだ。
だけど、考える時間を与えてくれない存在が、文字通り、機体の目と鼻の先にいる。
ヘリコプリオンが触覚を振るうと、反射的に回避行動を取った。
様々な角度から繰り出され、それが次々と増えていく。
このままだと、ただ物量に押されて死ぬだけ。敵を減らすことは叶わない。
地球は、どうなのだろうか。
来希たちが生きているのであれば、それでいい。
来希がいるなら、僕の知人はみんな無事だ。
来希が戦っている。
この敵を少しでも減らせれば、来希の負担は軽くなる。
宇宙軍に、これだけの敵を食い止める手段なんて、ないはずだ。
だから、地球での決戦が最終的に待っているはず。
その時、来希は苦労するだろう。
守りながらの戦いが大変なのは、身を以て知っている。
「少しでも、助けにならないと」
いつのまにか頬を伝っていた涙を、指先で拭き取った。
こんな状況だ。
背を向ければベスチェが発射して、僕を射抜く。
自爆しなかったら、ヘリコプリオンしか倒すことができず、それもごく僅かな数のみ。
もう、自爆しか残されていなかった。
龍気や魔気があれば、魔法も使えていたのに。
勝手に宇宙に移動するから。
……いま言っても、何も変わらないか。
「ごめん、来希。ごめんね、優花、陽気、千秋」
ヘリコプリオンやヌェープ、ディスペの攻撃を掻い潜り、敵の中心地であろう場所に移動した。
ここまで来る間に、機体はボロボロ。腕も足も破損して、胴体も傷だらけで、ところどころ穴が空いている。
これじゃあ、普通に爆発するだけだと、大した効果は期待出来ない。
「出来ることは、やるしかない」
これをやれば、僕の存在が消えちゃうかもしれない。
でも、僕の存在がなくなるだけで来希たちに平穏が戻るのなら――。
「躊躇うな」
自分に言い聞かせて、血気を膨張させていく。
イメージは、超新星爆発。
「いっけぇぇぇぇえええ!!」
――刹那、体が張り裂けるような感じがした。
いや、実際張り裂けているのだろう。
目を瞑っているからか、目の前にはいろんな人が映し出されている。
生前の両親、いとこである若かりし頃の裕太と最後に会った裕太、今世の両親、龍王、国王、リヴィ、ケフリネータさん、空中大陸を作った人、魔道具職人になった人、セレスや金髪ツインテールのロール女の子、来希、有本、玲、明菜、真、魔王、真央、翔、TKGさん、オフ会で会った人、異世界で会った人、初代龍王やマリアンヌさんに初代王、実に様々な人が思い浮かんで来る。
これが、走馬灯なのかな。
ばいばい、みんな。
また、来世――は、ないんだったっけ。




