第8話 僕、マイナンバーを知らないみたい
「大丈夫?」
高くて可愛らしい声に呼びかけられ、ハッとする。
声のした方を見れば、5歳くらいの女の子が僕のことを悲しそうに見ていた。
涙を拭き取って、女の子と目線を合わせる。
「大丈夫だよ」
頭を撫でて上げると、くすぐったそうにした。
「うぅ〜、あたしがお姉ちゃんを慰めてたのに〜」
恨みがましい目で見てくる女の子は可愛いとしか言いようがない。
「それより、お母さんかお父さんは?」
「あっち!」
元気よく指差した方を見やると、ラブラブイチャイチャしているカップルが1組。あれがこの子の両親なのだろう。
全く、あの時にも思ったけれど、子どもから目を離す大人が多過ぎるよ。
この時代では自殺防止、事故防止のために全自動扉があると言ってもさ。
「じゃああっちに行こっか。お姉ちゃんが連れて言ってあげるね」
手を握ってそう言うと、にぱーっと笑う女の子。
……かわいいっ!
僕が立つと、女の子の手は身長差があるため、とても持ち上がってしまった。
でもまぁ、子どもと手をつなぐとこうなることは分かりきっている。
「来希、ちょっと行ってくるね」
「俺も付いていく」
僕を挟んで内側に女の子、外側に来希で歩いて、カップルに話しかけた。
「あの〜」
和気藹々と2人で語り合っているところへの乱入者に向けられる視線は厳しい。
だけど、2人の目線が僕の手を繋いでいる先、女の子に向くと空気が一変した。
「めい!?……すみません。ありがとうございます」
女性が声をあげて、謝罪と感謝の言葉を続けざまに言う。
「いえ。僕も、めいちゃんにはお世話になりましたので」
本当はそんなことないのだけど、そう言うことにしておかないと、あとでこの子が怒られてしまう。……どのみち怒られるかもしれないけれど、少しでもマシな方がいいだろう。
「ね、めいちゃん」
「うん!お姉ちゃんが泣いてたから、慰めてたの!」
めいちゃんがカップルに言い張ると、彼女たちは僕と来希を見て、手を繋いでいないことを確認したかと思えば、悲しそうに目を伏せた。
……絶対に勘違いしてるよ!違うから!僕たち別れ話してないから!
「……あなたも可愛いから、そこの男よりもいい男なんてすぐに見つかるからね」
「お前、男なら女の子を泣かせるな」
女性が僕に、男性が来希に言う。
僕と来希は自然と目が合い、何だかおかしくなってきて笑いが飛び出した。
「ど、どうした?」
男性は驚いたように身を引き、女性は無言で首を傾げる。
「僕たち、別れてないですよ」
「……そういうことだったのね」
女性が納得したように頷くと、僕に「おめでとう」と言ってくれた。
絶対にまだ勘違いしている。今度は逆方向に。
でも、別れていないことがわかってもらえれば、僕としては問題ない。
本当のことを言えるはずないし、言ったとしても信じてもらえないだろう。
だから、これでいいのだ。
「じゃあ、僕たちはこれで」
「娘のこと、ありがとうございました」
男性はよくわからない風だったけれど、最後にはキチンとお礼をしてくれた。
めいちゃんに手を振りながら、僕たちはホームを歩いて階段を登り、改札を出る。
ここから徒歩20分で高校に行けるから、割とすぐに着ける。
「これか」
「そうだね」
僕たちの前に、高校の姿はない。
南海トラフ地震で倒壊して移設したのだと、ネットで見た。
……ついさっき。
「清水グラウンド、ねぇ……」
学校の広い土地を再利用してか、サッカーには適さない形状だったためか、野球場として今は使われているらしい。
土の入れ替えとかお金かかるだろうに、よくやるなぁ。
「ちょっと見ていく?」
「いや、俺は野球に興味ない。奈緒はあるのか?」
「僕はちょっとだけ、プロ野球見てたかな。まぁWBCとか日本シリーズとかだけだったけど」
そう言う大きなイベントの試合中継しか見ていなかった。だから、そこまで興味があると言うわけでもない。
ルールは分かるのだけど、プレーはしたことないし、楽しさも今ひとつ伝わってこないのだ。
「なら、もう戻るか」
「うん。この後は……どうしようかな。お母さんとお父さんのお墓でもわかれば行きたいんだけど……」
他界しているだろうけれど、お墓くらいはあるはずだ。
「あー、なら調べてみるか?マイナンバーはいくつだ?」
調べられるの!?
「あ、あの、調べられるの?」
「まぁ、親父に頼み込めばなんとかなるかもしれない……けど!そんなに期待するなよ?まだ決まったわけじゃないからな」
僕がキラキラ目を輝かせると、来希は慌てた。
というか、
「マイナンバーってなに?」
「……!?マイナンバー知らないのか……!」
聞けば、個人情報の全てがわかってしまう魔法の番号らしい。国が管理していて、国民全員に与えられるのだとか。
「それ、戸籍作った時貰ってないよ?」
「あぁ、その場で貰うものじゃないから当然だな。たぶん、家に送られてるはずだ」
それなら、来希のお父さんかお母さんが持っているということかな。
帰ったら一度聞いてみよう。
「マイナンバー無しで探すとなると……時間が物凄くかかるな。それにわからない可能性も高いし……」
「そっか」
まぁ、ダメ元だったし、いいのだけど。
それでもショックを隠しきれない。
「一旦家に帰って、直接親父に話してみるしかないな」
「はぁ〜、じゃあ、もう戻ろう」
「そうだな。とりあえず、人気のないところに行くか」
その後僕たちは、人のいない路地裏に入り、転移した。
※奈緒が死んだのは2014年です。
少なくとも作者の記憶では2014年にマイナンバーという単語を聞いたことがないです。




