第3話 僕、静岡に着いたみたい
少し寒さがマシになってきた3月上旬。
けれど、山を吹き抜ける風は相変わらず冷たい。
来希と約束した三日が経過し、僕は準備万端な状態で彼を待っていた。
「うぅ……遅いよ〜来希〜」
外で待つのは失敗だったかな、と思っていると、玄関の扉が開き、ようやく来希が出てくる。
「すまん、待たせたな」
「ほんとだよ、まったくもう」
ぷんすかと怒りを露わにし、今回は余計な荷物を持ってきていないことを確認した。
以前の、余計なキャリーケースとか、そういうのだ。
僕たちは手ぶらだったからか、自然と手を繋ぐ。
「さて、そんじゃ転移するか」
「え?していいの?」
「親父からは許可を貰ってる。後は……人の目につかないところじゃないとダメだけどな」
転移で引越し屋を開こうとしていた人のことだ。来希ほど、転移については厳しくないのかもしれない。
「じゃあ、頼んだぞ」
「……僕が転移するの?」
「それ以外に何があるんだ?」
僕が転移しても大丈夫なのかな。
僕の知識と、この時代の静岡が同じとは限らない。むしろ、南海トラフ地震の被災地だから、全く違う可能性も否定しきれないのだ。
そんな中、転移しようものなら時空を超えてしまうかもしれない。
……それはないか。
「この時代の静岡を知らないんだけど……」
「あ〜、そうか」
「来希の方がわかるんじゃない?」
「いや、俺は人の多いところしか知らねぇな」
「……じゃあもうリニアでいこうよ」
「金も時間も浮くと思ったのに、残念だ」
前世では開通していなかったリニアも、この時代では普通の路線でさえ使われている。
この場合は、新幹線のリニアと言えば良いのだろうか。
普通の路線ではとても抑えられた速度で運行しているけれど、新幹線のリニアは物凄く速いらしい。
乗ったことがないからわからないのだけど。
僕たちは駅まで転移すると、品川駅に向かう。
リニアの通っている駅は新幹線と同じだ。
品川駅に着くと、新幹線のようなものなので、少し複雑な操作が必要となる。
専用の機械を操作し、座席を指定して購入する。購入した切符は出てきたりしない。
腕時計型携帯電話の中に情報として入力され、その画面を出して改札を通るだけ。
MRのICカードは使わないのだ。
「ふふ」
初めてのリニア体験に、心が踊る。
心の中の僕は常にスキップしている状態だ。
とても来希に見せられるような姿ではない。
「そんなに楽しみか?」
「うん!だって僕の時代にはなかったからね、リニア」
「あ、そっちか」
「ん?そっちって、どっち?」
「いや、なんでもない。気にするな」
来希に満面の笑顔を向けると、恥ずかしそうに顔をそらされた。そうされると、僕も恥ずかしくなるからやめて欲しい。
来希とイチャイチャしていると時間になったらしく、静岡駅を通る、大阪駅終点のリニアがホームに到着したため乗車した。
「んーっと、ここかな」
端末に表示される席番号と、実際の座席番号を照らし合わせて、間違いがないことをしっかり確認しておく。間違えて別の人のところに座ったりでもしたら、とても恥ずかしい思いをするのだ。
「お手並み拝見と行こうじゃないか」
アニメでよくあるセリフを呟き、来希に変なものを見る目で見られつつ、リニアは発車した。
結論から言うと、とても早かった。
「うっぷ……」
「大丈夫か?」
来希が優しく背中を撫でてくれる。
まさか電車で酔うとは思いもしなかった。
あまりにも早く変わる景色に目を回し、吐き気が物凄くものすごい。
日本語がおかしくなる程度には。
「……大丈夫、じゃない」
駅のトイレを探して、探して……発見した瞬間、僕は魔法を使わずに全力疾走する。
もう、吐きそう。
前世では酔ったことがなくて、酔っていた人はどうしてだろうなんて思っていたのだけど、これは辛い。辛すぎる。
全てを吐き出した僕は、涙目になりながらも目的地に向かう。
三日前に予約しておいた宿に行くだけに留める。時間はまだまだたくさんあるから。
「気にしなくていいぞ。あれに乗って酔うやつはたまにいるって言うしな。それがたまたまお前だっただけだろ」
来希の慰めが痛い。
それはつまり、たまにしかいないのだ。
たまに、というのがどれくらいの頻度かはわからないけれど、一週間に1人とか、1ヶ月に1人とかだったら恥ずかしくて死にたい。
とは言え、列車に跳ねられてあんな痛みを感じるのはもう嫌だ。
「この辺なんだが……」
静岡駅を出る前に、静岡市内の地図をダウンロードしておいた僕たちは、その地図を見ながら移動する。
そうして発見したのは一軒の宿屋。
民宿というより、ホテル。
静岡市内でも有名な高級ホテルらしい。
ついさっき、来希が見つけてから説明された。今回の旅において、宿を予約したのは来希だから。
でも、これはないよ。
僕は民宿がよかった。
民宿と思っていた僕は、来希に恨みがましい視線を送りながら、平然を装う。
「ていうか、駅からずっと見えてたよ、これ……」
そんなつぶやきは来希に届かず、ただ虚空を撫でて消えていった。




