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第3話 わたしの実力

【我が身に纏うは雷帝の衣。十式、轟雷を以て顕現せよ】


 それは、わたしが初めて聞く詠唱で。

 まるで天変地異のように。

 空が真っ暗になって、雲が集まり始めた。

 やがて集まった雲からは雷が轟き始め、雲が収束して一本の槍となったかと思えば、天からの雷となって、聖太子様の手に収まった。

 確かにそれは魔法だ。

 でも、武具ともいう。


「え……ありなの、それ」


 思わず呟きを零してしまい、ハッとする。

 あんなものをまともに喰らっては、生きているか怪しい。

 初めて見る魔法でも、その脅威度くらいはわかるのだ。

 伊達にルインテッド家に生まれていない。

 生まれてすぐくらいから、母様から魔法のなんたるかを教わり、魔術を教わり、5大魔術も教わった。

 全てが扱えるわけではないけれど、対処の仕方を知るにはまず、その魔法、魔術のことを知らなければならない。

 だから、幼い頃から魔法や魔術に関しての英才教育を施されたわたしにとって、知らない魔法ほど怖いものはない。

 だって、わたしが知らない魔法というのは、聖族が使うと伝説で描かれている魔導しかないのだから――


「驚いたか? これは魔導と言って、我ら聖族に伝わる秘術だ。本来ならばこのようなところで出すものではないが、メトラシア様の前で恥ずかしい真似は出来ぬし、其方も主席だったろう。なに、心配するな。魔導の中でもこれは最弱だ」


 つまり、わたしが主席だと評価してのこと。

 認められたみたいで、とても嬉しい。

 だけど、一つだけ言いたいことがある。


「流石に、過剰評価しすぎではありませんか?」


 わたしの問いかけに、聖太子様は答えなかった。笑みを深め、わたしに突撃する。


……だから、それって武技じゃないんですか!?


 でも、やられるのはいやだ。

 絶対、あれは痛い。

 痛いのは嫌だ。

 わたしは聖太子様の動きを封じるべく、足元を泥沼化させる。

 視線を注ぎ、魔力を送りこんで変質させた。

 無詠唱と言っても、強い意思を送り込まないといけない。

 この距離は、まだわたしの得意な距離ではない。

 もっと近くないと。

 だからといって、近づきたくはない。

 あの物凄い槍の近くに行くだけで、死を直感してしまう。


「ほう。なるほど」


 聖太子様は泥沼に引きずり込まれていたのに、ひょいと軽く跳んだだけで抜け出した。

 この魔法で、ほとんどの相手が動きを止めてしまうのに……。

 少なくとも、ベスト8くらいの実力はあるということだろう。

 この魔法が効かなくなったのは、そのくらいからだった。


【深く、深く、深く。地中に眠る大いなる力よ。我が力となって、彼の敵を撃ち滅ぼせ】


 わたしも詠唱して、次々と地面から大きな槍を作りだして行く。

 聖太子様を狙って出現させているのに、まるでそこにいなかったかのように、次の瞬間には別の場所に移動していた。

 このままだと、魔力の無駄。

 そう判断し、わたしはその魔法を続行させながら、新たな魔法を紡ぐ。


【静かなる水は刃となりて、彼の敵を撃ち滅ぼせ】


 水筒を取り出し、入っていた水をばらまいて、小さな刃を幾つも作り出した。


「セカンドスペルか」


 そう呟き、聖太子様の表情が険しくなる。

 残念だけど、これだけでは終わらない。


【大いなる空。全てを包み込む世界。我が手足となり、その力を示せ】


 泥沼が効かないなら、重圧をかければいい。それで動きを止める……!


「なるほど、なるほど。これが主席か。私と同じ歳でトリプルスペルとは」


 感心したように言う聖太子様。

 まだまだ余裕があるように見える。

 重圧と、地面から突き刺さんとする槍と、飛び交う水の刃。

 それらを受けてなお、聖太子様は平然として、わたしを見ている。

 まるで、どこから魔法が来るのかわかっているかのような動きだ。

 これだけやっても倒せないなんて……。


「これで、終わりか?」


「くっ……」


 せめて、もう少し近ければ。

 わたしの本気を出せるのに。

 聖太子様は仕掛けてこない。

 武技を使うのではないかとハラハラしているこちらの身にもなってほしい。

 だけど、今だけは、武技を使ってほしいとも思う。


「そうか……。確かにこれは、宮廷魔術師――それも近衛を任せられるだけの実力はある。だが、最近力をつけてきたルインテッド家の娘だと期待しすぎていたのかもしれんな」


 少し失望したように、声が低くなった。


「そろそろ終わりにしよう」


 聖太子様がそう言った直後、槍を水平に振った。

 たったそれだけで、槍の通った後には紫電が走り、こちらにまで衝撃波が伝わってくる。

 慌てて無詠唱で転移魔法を使い、衝撃波を後方へ転移させる。


「ゆくぞ」


 刹那、わたしの目の前には聖太子様がいた。

 あまりにも早すぎる。

 魔術式を使う時間もない。

 無詠唱で魔法を構築する暇もない。

 転移魔法をしようにも、間に合わない。

 聖太子様の鋭い瞳が、わたしの瞳を貫いた。

 どこまでも透き通る黄色の瞳。

 そこに、情けないわたしの姿が映っている。

 槍がわたしの左胸に衝突する――寸でのところで止められた。衝撃波はなく、その体勢のまま聖太子様が動きを止めた。


『そこまで』


 精霊様の声が聞こえ、どっと体の力が抜ける。

 わたしの得意な距離に入っては来てくれたものの、あれほど早い相手では、通用しない。

 それが悔しい。

 わたしは、聖族の認識を改めなければならない。


【十式、雷帝の衣。我が身を解放せよ】


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