第10話 僕、イチゴジャムが好きみたい
夕食後、僕はお風呂に向かう。来希と一緒に。
なにやら来希のお母さんが気を使ったらしく、一緒に入ってくるといいとかなんとか。そんなのは必要ない……というか、親公認でお風呂に入るなんて恥ずかしすぎる。
「ほんとに、一緒に入るの?」
「嫌か……?」
「うぅ……」
嫌というわけではない。むしろ嬉しいと思う。
だけど、なにかこう、違う気がするのだ。
と言いつつも、脱衣所まで来てしまった。
来希はパッと脱いで行き、あっという間に裸になる。
僕も出来るだけ急いで見るものの、緊張しているせいか、遅々として進まない。
「手伝おうか?」
「……ん」
来希は僕の服に手をかけ、次々と取り払う。行為の時、来希に脱がされているので、お手の物なのだろう。
ちらりと来希を確認すると、普通だった。よかった。
そのあと、背中流しっことか、普通に楽しんで入浴を済ませた。
お風呂を出ると、あとは寝るだけ。
ではなく、
「零は〜」
自室に戻ると空間の中をまさぐり、零を取り出す。
「お久しぶりです。リステリア様」
「うん、久しぶり。でも、その呼び方は……マスターって呼んでもらえる?」
「畏まりました。マスター」
地球でリステリア様なんて呼ばれたら、一波乱起こるかもしれない。それだけは避けたい。
零の体をペタペタ触ると、人肌の温もりと感触が伝わった。本当にロボットなのか、と疑う。
「ではマスター、何を致しましょう?」
「零はひとまず、明日来るはずの来希のお父さんに見せるからね」
「はい」
挨拶の仕方など、常識的なことを教えていく。そこら辺は既にインプット済みかもしれないけれど、ゼロは文句ひとつ言うことはなかった。それに、カイゼルさんと僕の常識は違う可能性が高い。世界からして違うのだから、一つずつ潰しておくべきだ。
そんなこんなで、ようやく眠りにつく。
今日は随分と早めで、23時頃に就寝した。
目が覚める。隣には零がいた。
静かに控えているようで、物音ひとつ、呼吸音すら立てることはない超高性能ロボット。
まぁ、正式な名前はロボットではないのだけど。というか、忘れてしまった。なんだったか……。
「おはようございます」
「あ、うん、おはよ」
本当によくできたロボットだ。
時間を確認すると、まだ6時過ぎ。いつもより少し遅いくらいか。
「じゃあ、付いてきて」
「はい」
無表情の零を連れ、下の階に移動する。
そのままリビングに入ると、既に先客がいたようだ。明かりが廊下に漏れており、人影も確認できる。
「おはようございま〜す」
扉を開けて入ると、そこには来希のお父さんがいた。早いものだ。というか、電車は動いていないはず……車か。
きっと、朝早くに車で帰ってきたのだろう。
「ああ、君か」
黙々と朝食を食べる来希のお父さんに、掛ける言葉が見つからない。
「……その後ろにいるやつはなんだ?」
そう言えば、と零を前に押し出し、紹介する。
「異世界に行った時に作ってもらった、超高性能ロボットです」
「ほう」
片手に持っていたパンをお皿に置くと、こちらに近付いてきた。
興味津々で零の体を触ったりしていて、その度に驚きの声を上げる。
「これは凄い。本当にロボットか?」
「ロボットが何かは存じませんが……私の正式名称は『第0世代人工頭脳・永久機関搭載型・タイプ零』です」
零が挨拶すると、驚いたようにこちらを見た。
「話せるのか?」
「はい。というか、異世界は科学と魔法が組み合わさった技術があって、地球よりも遥かに高い文明がありました」
「そうか……。それなのに」
と、そこで言葉を切る。
どうしたんだろう?
そう思って視線の先を見ると、僕の後ろを見ていた。
「あ、来希!おはよう」
「お、おう、おはよう」
振り返ると、来希がいた。
朝の挨拶は大切だからね、元気よくしないと。
「零、出したんだな」
「うん、まぁね。来希のお父さんなら、あれを作り出せるだけの環境を整えられるかと思って」
「確かに……出来ないことではないだろう」
僕とは目を合わせず、来希はお父さんと、バチバチ火花を散らすほど睨み合っている。
何がどうしてこうなったのか、全くわからない。
「……来希、後で部屋にきなさい」
神妙な問いかけに、来希はゆっくり頷いた。
不安そうにしている僕の頭を撫でると、来希もまた、お父さんと同じように、食パンを焼き始める。
「……奈緒は何がいい?」
……あれ?
「えっと、同じので」
「あいよ」
いつもならリステリアって呼ぶはずなのに、今日は奈緒。心境の変化?こんな短時間のうちに?
どうしてかはわからない。だけど、なんだか、認められた気がした。
奈緒というのは、前世での名前だと教えている。そして、今の来希は、僕が前世で男だったことも知っている。
もしかして、偽名だと思われた?
いや、そんなことないと思う。
なら、単純に、来希のお父さんの前だからだろうか。……そういうことにしておこう。あまり難しく考えていると、頭がパンクするかもしれないから。
「あ、来希のお父さん。さっき来希に話した零のことなんですけど」
「研究所が欲しいということか?」
「う〜ん。正直、僕は専門知識を持ってないので、絶対に他言しない人を集めて、その人たちに作ってもらった方がいいと思うんです」
「だが、それは科学の話だろう。魔法の範囲になった時、わからないことがあると困る。……そうだな、それほど急いでないのであれば、大学を卒業してから」
「それはダメだ。遅すぎる」
来希のお父さんとの会話に、来希が割り込む。
手元では焼いたパンを取り出しているところだった。
「どうして?」
聞くと、気まずそうに目をそらす。
今日の来希はちょっと、謎だ。
「そこら辺は、また今度話す。でも、大学卒業してからじゃあ、絶対に遅い」
「……お前がそこまで言うなら、高校を出てからにでもするか?」
「……正直それでも不安なんだが、まぁ、それが最善なんだろうな」
「なら、奈緒」
「はい」
「高校を卒業したら、その零を連れて私のところに来てくれ」
「……わかりました」
言い方が気になる。
まるで、僕と来希が別れたとしても、来てもいいよ、と言ってくれているような。
もちろん、そんなことになれば気まずすぎて、来られないけれど。
来希がパンにジャムを塗り終えると、僕に渡した。
食パンはいつも、イチゴジャムと決めているのだ。来希もそれを知っているから、自分のはマーガリンを塗り、僕の分にはイチゴジャムを塗ってくれている。
「ありがと」




