閑話 神、焦る&ナオ、焦る
奈緒の魂が無事、器に定着したことにホッと胸を撫で下ろす。
あの時、唐突に出現した龍の気配。
そして、龍に誘われる奈緒。
まだ計画を頓挫させるわけには行かぬし、ここでバレてしまって自殺でもされようものなら、もはや奴を蘇らせるのは不可能である。だから、龍によって真実が明かされていたら……そう思うと焦りが生じてしまう。
しかし今回、奴の記憶が少しずつ戻りつつあることが確認できた。まだ断片でしかないし、2度しかその気配を感じられなかったが、成果は出ている。
それを確認出来ただけでも僥倖であるが、念には念を。
奈緒には適合と言ったが、真っ赤な嘘。
身体的なものは何も変わらぬし、力に関しても同じことが言える。
ただ、自殺できないように戒めただけだ。その際、抵抗が激しく高熱を出してしまったのだが、うまく誤魔化せて何よりだ。
「ああ、そう言えば」
ふと思い出し、立ち上がる。
我が妻が厄介なことをしてくれたことを思い出したのだ。
地球に下僕を送ったと言っていた。本当に送られるならば、早急に対処せねばならない。幸い、まだ送られていないようだし……いや、地球に住む者らに対処させてみるのも一興か。
時間の神にも、この遊びを持ちかければ必ず承諾してくれるじゃろう。
……時間の神は、遊びには興味がないんじゃったか?
どうでも良いか。
さて、そうと決まればまずは……。
「時間の神よ」
「……もう無理です〜」
「そこをなんとか!」
「前回の分、まだじゃないですか〜」
くっ……眠そうに言いおって!
「ならば一つ、世界を作ってやろう!」
「管理面倒臭いですし〜」
「な、ならば一つ、時間軸を増やそう!」
「本当ですか!?」
ガバッと起き上がる時間の神。
確か、時間の神が今持っている時間軸は数え切れないほどあったはずじゃが、まだ必要なのか?
「あ、ああ。それで」
「任せてください!とりあえず宇宙から攻めるんでしょう?なら、地球のNASAとか言う奴が詳しいはずですし、前触れをあなたが送ればよろしいでしょう。NASAという者たちに全ては説明せず、こんなことが起こるかも、と思わせるのです。そうすれば、きっと」
「なるほど。助かる」
「送るのは、そうですね。50年ほど前でいいでしょう。戦争も終結していますから、ちょうどいい時期だと思われますよ」
「よし、では頼む」
「ええ」
時間の神は時間軸が好みなんじゃな……。いつもののんびりした口調ではなかったし、起き上がったところを見るのも久しぶりじゃったな。……10億年は見ていないのではないか?
〜ナオ・ヴェランティス〜
大勢に見送られ、凄まじく危険と隣り合わせな世界から、元いた世界へ戻った。
光に包まれて見えなかった景色が、次第に鮮明になっていく。
「ん……」
懐かしい太陽の光が差し込み、辺りには見慣れた景色が広がっている。
というより、見慣れすぎたメンツが揃っていた。
「ナオっ!?」
「母さん!父さん!」
母さんの叫びに答えるように、俺も2人を呼ぶ。
「今までどこに言っていたでござるか!ベネトを不安にさせるなと言ってるでござろう!」
「うるさいよ、父さん。というか、何してるの?」
「ナオこそ、いきなり出てきて……どうしたのよ」
「あ〜、うん、まぁ、いろいろあったんだよ」
それから俺は、その場にいた全員に話をした。
すると、国王のセレスティン様が呆れたようにため息を吐く。
「はぁ……。あいつの名をこの場で聞けるとはな。いや、元気にしているようで何よりではあるが」
「セレス、それより、この場を収めんか」
セレスティン様を注意したのは、前国王のジーギヌス様だ。
まだ代替わりして日が浅いから、大切な会議ではジーギヌス様も出席する。俺は将来、セレスティン様を守る宮廷剣士長になるつもりだ。
「みな、静まれ。ナオが帰ってきたことは嬉しいが、今は、今すべきことがあるだろう」
「はっ、申し訳ありません」
セレスティン様が注意すると、皆が頭を下げる。
だけど、その顔は明るく、ダメな国王様に見せるような顔ではなかった。
「ナオ、悪いが、今は出て言ってくれないか。後でゆっくり話そう」
「そうですね。わかりました。頑張ってください」
「おう。お前も休めよ」
「はい」
深々と礼をし、会議室から出る。
そう、何故か会議室の中央に現れてしまったのだ。
これには驚きしかないが、まぁ、指定できなかったのだろう。龍王国の、王国民が生きることのできない土地に転移していたことを思えば、この程度どうってことはない。
それからしばらくの間、ぼーっと空を見上げて時間をつぶしたり、指輪を見たり、自分の実力が、格段に上がっていることを実感したり。
そんなこんなで時間が潰れ、セレスティン様が会議室から出てきた。
「まだこんなところにいたのか。休んでもいいと言っただろう?」
「いえ。……少し、会議の内容が気になりまして」
「まぁ、それもそうか」
「はい。なにせ……」
「「龍王と七龍が全て出席した会議」」
「……ですから」
わざと合わせてきたのだろう。
いたずらが成功したかのような笑みを浮かべている。
「それがな、突然、龍神様の眷属神であらせられるリヴィテウス様が姿を消したらしい。リヴィテウス様はリステリアと契約を交わした身であるから、リステリアに何かあれば、リヴィテウス様にも影響が出るだろうとのことだ」
それを聞き、俺はある出来事を思い出す。
確か、あと聞いた話だと、超越種とかいう半端なく強い吸血種は、実は初代七龍で、奈緒が倒したとかいっていた。その時、龍のなんとかを使ったとか使っていないとか。
よく覚えていないが……それをセレスティン様に伝えると、驚いたような顔をする。
「まさか……」
「何かあるのですか?」
「あ、ああ。龍王が言うには、初代龍王が考案した特殊な魔法を使えば、契約した七龍のみを全て消し去ることが出来るとか」
俺は愕然とした。
なら、まず間違いなく、そのリヴィテウス様は死んでしまっている。
そのことを伝えると、セレスティン様は頭を抱えてしまった。まぁ、わからなくもないが。
「王国が多く滅びなければいいのだが……」
そう言ったあと、沈痛な面持ちをしていたのが嘘のような笑顔を向けてくる。
「それで!あちらの世界はどうだったんだ?どんなところだった?」
子どものような無邪気な笑顔のセレスティン様。
俺は内心では焦りながら、もう、あいつがやったことなど忘れて、あちらの世界での出来事や、指輪の力など、様々なことを教えて言った。
その日の晩から数週間にかけて、龍神様の怒りが王国と龍王国を襲い、甚大な被害を出すのは、また別の話である。




