第7話 僕、うっかりしてたみたい
「階段を降りる前に一度、仮眠を取ろうと思う」
そう言ってこの場にいる残り5人を見回し、反対がないことを確認する。
「それじゃあミスティはいつも通りよろしく」
「うん!」
僕は調理、ミスティはテントとタープの設営に分かれ作業を開始した。
ところが、何もない空間から物を出すと冷に止められた。
「お、おい、どこにしまってたんだ?」
どうやら、空間に物を入れることが出来ないみたいなので不思議に思っているようだ。
仕方なく、それのやり方を教えてみたけど出来たのは真ただ一人だった。
「やった!出来た!」
両手を握りガッツポーズまでして喜んでいる。その様はミスティが成功した時よりも嬉しそうだ。
ミスティは何故か、教えたことを出来たとしてもここまで喜んだりしない。どこかで線引きされているように感じている。
教えるのが終わった頃にはミスティは既にテントとタープの設営を終えていた。
今回は人数が多いのでパーティ用の10人が寝られるテントを使用している。
「うおっこれテントじゃねぇか!」
来希が声をあげ、皆がそのテントに注目する。
「ほんとだ!こんなのあるんだね!」
「日本のより中も快適だよね、これ」
次々と感想を口にしていき、一通り終わったところでミスティが一言放った。
「これは売ってるやつをお姉ちゃんが改造したんだよ!」
胸を張って自信満々に言い放つそれはちょっと背伸びして大人っぽい服を買った時と似ている。
ミスティの言葉を受けて皆が僕へ視線を向ける。僕に突き刺さった視線はそのまま鍋の方へとずれて行き、各々言いたいことを言っている。
「そういえば、おなかすいたね」
「うん」
「確かに腹減ったなぁ」
「それで、何作ってるの?」
最後の明菜の発言により、更に険しくなった視線が鍋へと注がれる。
この世界のご飯はそこまで美味しくないから仕方ないとは言え、それほど見られていると失敗しそうだ。
「今日はラーメンの日だよ!だよね、お姉ちゃん」
ミスティが確認を取ってきたので軽く頷く。
ラーメンという一言により、4人の勇者は目を見開き一斉に駆け寄ってきた。
しかし、僕に近づくことはできない。
「きゃっ」
「うわっ」
それはミスティによる結界があるからだ。
僕が料理をする時、ミスティ以外の人がいたら結界をしてもらうようにしている。なにせ、本来この世界にはない調味料を使っていたりすることもあるのだから。
ラーメンの日。
それは、お爺ちゃんの誕生日を僕が計算して西暦に当てはめ、それに合うようにこちらの日にち合わせて作った物だ。お爺ちゃんはラーメンが大好きで月に一回は食べたがっていたので頑張ってみた。
その日にちをこちらに合わせると言っても、適当な暦しかないこの世界においては結構難しい。
なので、僕は30日に一度として大体合わせるようにした。
今日は僕の好きな味噌ラーメンだ。ミスティは塩ラーメンが好きらしく、他の料理でも基本的にはさっぱり系が好きみたいだ。
「お待ちどうさま」
タープの中にある大きな丸テーブルにそれを置く。
その器からは味噌と街で購入した質のいい野菜、そして魔物の中でも特に美味しいと呼ばれているスノーラビットの肉の匂いが漂っている。
全員がそれに釘付けになり、時が一瞬止まったかのように思えた。
全員分配り終えると、皆で食前にいただきますをする。
「「「「「「いただきます」」」」」」
それを境として夢中に箸を使いこなし特製スノーラビットの味噌ラーメンを食べ進めた。
「うまかった…」
誰かがぼそっとつぶやくと、それに呼応するように次々と言葉が溢れていく。
「そうだね。まさかこの世界でラーメンを食べられるなんて!」
「そっち?俺は味噌の方がびっくりしたけどなぁ」
「あー、私もびっくりしたな」
「それよりこの肉うますぎだろ!何の肉なんだ?」
順に、真・来希・明菜・冷だ。
冷に視線を向けられ、その肉の名前を口にする。
「スノーラビットの肉だよ!これ物凄く美味しいんだよ!ウルタンには負けるけどね」
と、僕より先にまたしてもミスティが答える。
僕以外の仲間がいることが相当嬉しいようだ。少しやきもちを焼きたくなってきた。
「ウルタン?なにそれ」
明菜が頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、他の面々もそれに習っているかのように首を傾げている。
仕方なく、彼らの世界での名前を教えてやることにした。
「ウルタンっていうのは向こうでは焼きそばって呼ばれてるやつだよ」
そう言うと、皆納得したかのように頷いている。ただ一人を除いて。
「焼きそば?ってなぁに?お姉ちゃん」
思わず口に含んでいたラーメンの汁を吹き出しそうになり、思いとどまる。
「(そう言えば焼きそばのこと聞かれたのは物心つく前か…?)」
この世界で初めて焼きそばを作ったのはミスティが4歳の頃。その時にも「焼きそばってなぁに?」と聞かれた気がする。
ミスティの発言により4人の勇者が押し黙り、それぞれ思考の渦に囚われている雰囲気だ。
「…俺ら、こっち来てから焼きそばとか一言も言ってなくね?」
いち早く思考の渦から抜け出したのは意外にも来希で、冷や他の女子2人はそれに賛同するようにうんうんと言っていた。
僕は直感的に、やらかした、と思った。
ヤキモチを焼いたばっかりにこんなミスをするなんて、と。
どう誤魔化したものかと脳内で考え、表情はポーカーフェイスでなにも変わっていないはずだ。
刹那、全員の視線が僕に突き刺さった。




