第3話 僕、有本に抱きつかれてるみたい
扉を開け放ち、思い切り閉める。
そのとき、来希のオロオロした姿が見えたけれど、無視だ。
どこに行こうかな、と思い玲と真の部屋に行くことにする。
廊下を歩いていき、近くだったのですぐに着いた。
1人で歩くと、こんなに道幅が広いのか、と思ってしまった。
いつも隣には誰かがいたし、移動も基本誰かとしている。来希が1番多いけれど。
だからか、余計に寂しく感じるのだ。
扉を開いて中に入ると、玲と真と目があった。
2人とも服装が乱れて、今からヤることをヤる予定だったのだろう、と判断し、ソッと扉を閉める。
悪いことをしちゃったかな。
でも、鍵を閉めていない方がダメなんだよね。
せめてノックくらいしてもよかったとは思った。
次はどこに行こう、と思っていると、隣に有本と明菜の部屋があった。
この2人はやろうとしてるのかなぁ、なんて思いつつ、今度はノックを忘れずにする。
「誰ですか?」
中から有本の声が聞こえ、僕だということを伝えるとすんなり開けてもらえた。
中に入ると、布団も2人の服も乱れていないし、臭いもしない。
この2人は健全だったんだ。
「それで、どうしたの?奈緒ちゃん」
「えっと……」
そう言えば、どこかの部屋に行ってすることと言えば寝ることくらいだ。変な意味ではない。
それなら誰か、近くにいるこの世界の人に空き部屋を用意してもらった方がよかったのかもしれない。
もう、そんなことを言っても遅いかな。
「ん?」
「寝に来た」
それだけ伝えると、布団へダイブする。
有本と明菜が驚きの声を上げる中、うつ伏せの状態から動かない。
「ど、どうしちゃったの?来希は?」
来希の名前を聞いた瞬間、ふつふつと怒りが湧いてきた。
だけど、八つ当たりはダメなんだ。
この2人は関係ないから、僕たちの問題だから。
「あんなのもう知らない!おやすみ!」
2人はわけがわからないというように顔を見合わせる。
そんな2人を見てから、2つある枕の内1つは抱きしめて、もう1つに顔を埋めた。
寝よう、寝よう。
そう思っても、来希のことが気になって寝られない。
あんなに酷い人だったのに、まだ信じたい気持ちが残っている。
もしかしたら聞き間違いだったのかも、とか、聞き間違えていないだろうに思ってしまうのだ。
むしろ、聞き間違いであって欲しい。
そう願いながら、眠りについた。
目が覚めると、仰向けの僕を挟むようにして有本と明菜が眠っていた。
変なことをされていないか確認しようにも、両側から抱きしめられているせいで動けない。しかも、若干苦しい。
それに、どうして2人に挟まれているのか……。
「……そうだった。来希は」
昨日のことを思い出すと、自然と涙が零れる。
横になっているから、こめかみの方に涙が流れていく。
「なんで、こんなことになっちゃったんだろう……」
この世界に来るまでは普通だったのに。仲がよかったのに。
『なぁ、リステリアは結婚ってどう思う?』
そう聞かれた時、心躍った。
遠回しに、僕の結婚への要望とか、そんなものを聞いているんだろうな、と思って、
『したいよ。でも、僕は……来希とじゃなきゃ……』
恥ずかしくて声が小さくなっていき、後半は聞こえていたかわからない。
だけど、
『急にどうしたの?』
と聞いたら、
『いや、ちょっとな』
と言われた。
来希の家は裕福で、財閥の総帥をやっているから、僕と結婚するのに何か障害があるのだと、そう考えて、
『僕は、来希とならどんなことでも乗り越えられるって思ってるよ』
と、ハッキリ伝えたのを覚えている。
そのあとは、子どもの話とかもしたし、どれだけ気が早いんだって思うほど、先の話をした。
それが全て嘘だった。
そう考えることは、到底できない。
だって、あの時の来希は恥ずかしそうに笑って、楽しそうに笑って、僕が笑うと一緒に笑ってくれたり、口を尖らせたりしてくれて。
あの表情1つ1つが真っ赤な嘘で、ただの遊びだとは思いたくもない。
それでも、あの言い方はないだろうと思う。
「んっ……ふぁ……あれ?奈緒ちゃん起きてたの。早いね」
「あ、うん。おはよう明菜」
目を覚ました明菜が解放してくれて、有本が同じようにしているのを見ると、有本の頭上に水の塊を出現させた。
「そのままだと僕も……」
「大丈夫だから、見てて」
そう言われ、黙って事の成り行きを見守る。
少しずつ水の塊が有本に近付いて行き、そのままトプン、と有本の頭が入った。
これ、下手したら溺死するんじゃ……思うものの、何もしない。
すると、有本が目を見開き、水が目に入った瞬間思い切り目を閉じた。
そのまま水の塊をかくも、消えることはない。
溺れていると錯覚しているのだろう。
そして、遂に手が動かなくなった。
……え?明菜?大丈夫なの?
かと思いきや、有本が口から炎を吹き出す。
水が蒸発してポコポコ泡が浮いてきては弾け、有本は魔法で口周辺に空間を作った。
最初は乱れていた呼吸も、少しするとだんだん落ち着いてきて、口を動かす。
その声は聞こえない。
でも、結果だけは見て取れた。
水の塊が霧散したのだ。
「あー、明菜?結構苦しかったぞ?」
「奈緒ちゃんに抱きついてるからでしょうが!」
「え……寝る前にお前がそうしろって……」
有本がそう言うと、明菜ピシリと固まる。
見るからに動揺し始めた明菜を見て、有本はため息を吐いた。
どうして明菜がそんなことを言っていたのか、わからないけれど、元気つけようとしていたのは理解できた。
「はぁ……まぁ良いけど。奈緒はもう大丈夫か?って、泣いてるじゃんか」
有本が手を伸ばし、涙を拭き取る。
この時初めて、有本は良い人なのかもしれない。
そう思った。
「とにかく、奈緒ちゃんも勇気も準備して!もうすぐ、最後の戦いなんだから」
そう言えばそうだった。
あとは吸血種の殲滅だけ。残党狩りだ。
今は来希のことは忘れ、そちらに集中したほうが良い。
気持ちを切り替え、準備をしてから明菜と有本と一緒に、 待ち合わせ場所に向かった。




