第15話 僕、初代龍王と邂逅するみたい
「リステリア、親父のところへ行ってくれ。そろそろ別れの時間だ。親父は城の真上にいる」
オデュッセウスさんに言われ、しかと頷いた。初代龍王が城の上にいることは予測されていた通りで、驚きは少ない。ただ、どうやって行くのか、という一点に置いて疑問が残るだけである。
「いろいろと、ありがとうございました」
深々と頭を下げ、お礼を告げる。
すると、オデュッセウスさんは恥ずかしそうに後頭部を掻いた。
「気にするな。それが俺の役目だからな。とは言え、もう時間はない。奴らがここに来ている。急がなければ、タイムリミットになるぞ」
真剣な目で言われ、僕は息を呑む。奴ら、というのは超越種のことだろうか。世界に7体いるらしい超越種たちがここに向かっているということは、最大の危機だ。
もう一度、今度は軽く礼を取ってから僕は意識を浮上させていった。自然とオデュッセウスさんの体が薄れていき、同時に外のことが見えてくる。
意識が完全に戻って来た。僕は体を起こし、何か違和感がないかを確認するも、力が漲ってくるだけで、特に変わりはなさそうだ。
ベッドに寝かされていたらしく、柔らかい布団から起き上がる。
「奈緒ちゃん!?やっと起きたぁ!」
ガバッ、と抱き着いて来た明菜を躱し、辺りを見回す。見た感じ、ここは僕の部屋であることがわかった。側には明菜、真、シアがいて、少し離れたところに王族とペルセウスさん率いる近衛騎士隊。そして研究員であるクリスさんとカイゼルさんを先頭に、たくさんの研究員がいる。
とりあえず、僕は王族に視線を向ける。
「その人たちを拘束して」
指をさして言うと、王族たちに動揺が走った。ペルセウスさんたち近衛騎士隊も驚いているのがわかる。
「何故、拘束されねばならん」
「それは君たちが大罪を犯したからだ。まぁ、正確には君たちの祖先がね。そして、君たちに自由は認められていない」
話について来れず、皆が困惑しているようだ。その中で落ち着きを払っている一団、研究員たちが動き出した。元々彼らからすれば、王族ではないかもしれないと思っていたのだから、この事態もある程度予測出来ていたのかもしれない。
「放せ!何をする!」
「ノア様の指示ですから」
「あいつは王族でも何でもないだろう!?」
カイゼルさんの返答に怒鳴り返す国王。いや、もう国王ではないか。
「僕が王族じゃない、だって?」
冗談にも反吐が出る。とは言え、この人たちは知らないのだから仕方ないとも言える。
「そうだ!例え王族登録をしようとも王の血が流れていないだろう!」
「それはそっくりそのまま返してあげるよ」
「何を言っている⋯⋯!」
「真実を教えてあげるよ。昔の王族と、今の王族について」
それから僕は話始めた。途中、王族たちが口を挟んだりしたものの威圧して強制的に黙らせた。
今より1000年前。初代王の血を引く王族が全員暗殺されてしまった。その時、暗殺した一族が現在の王族となっている。初代王の心臓は、もしも王族が途絶えた時のためのもので、それはあらゆる力を吸い取るものなのだ。その力を糧に、国を守る光の膜を生成する。
心臓のある部屋に入ると同時に脱力感に襲われ、相当な消耗があったため、その役目が暗殺した者たちに押し付けることとなった。
これが、後に王族登録と呼ばれるようになったものだ。そこから長い歴史の中で歪んでしまい、彼らが王族と認識されるようになる。
何故、光の膜というものを作ったのか。
その理由は始原種にあったのだ。
始原種の制御を出来るのは初代王、引いては初代龍王だけで、王族の血が途絶えたことによって暴走し始めた。結果、多くの吸血種が生み出されることとなったのだ。
元々、この辺りでは血気が盛んに使われていたらしい。だけど、科学と魔法の技術進歩によって衰え、今では稀にしかいないということだ。
それを聞いた人たちは皆、王族たちも口を開けて呆然としている。
やっぱりこうなったか、と思いながらも、時間がないことに焦燥を感じる。
「では、本当に」
「その人たちはもう必要ない。僕が全て、終わらせる」
そう言うと、ペルセウスさんが真っ先に行動を起こした。全員を縛り、その人たちを部下に、牢屋に入れるよう命じている。
僕が言うのもなんだけど、どうしてそう簡単に信じられるのか。
もっと疑われるものだと思っていたのに。
「奈緒ちゃん⋯⋯」
「大丈夫。何といっても、僕は初代龍王の血を引く者だからね」
初代龍王はこの真上にいるらしいので、僕は龍気を操って転移する。あの場はもう、放置していても問題ないだろう。勇者一行もいることだし、気になることと言えばクラスメートたちとゲーム仲間とナオと名乗った少年くらいだ。
視界が切り替わり、強風が体を打ち付ける。真上を見ると、何か靄のようなものがかかっているように感じた。
『我、汝を求む。今こそ姿を現し、我が前へ』
オデュッセウスさんに教わった言葉を紡ぐと同時に魔気と龍気と血気が吸い取られ、力が上空へ飛び去って行く。けれど、何かに衝突したかのように途中で止まってしまった。
3つの力が合わさり、神々しさを放ち始める。
すると、まるで空間が裂けたかのようにめくれ上がった。
「なに、これ⋯⋯」
思わず声が漏れる。
そこから覗いたのは、堅そうな、何かの鱗。
徐々に空間が捲れていき、最後には全貌が露になった。
「龍だ⋯⋯⋯」
2体の超巨大な、全長100メートル以上は間違いなくありそうな龍が絡み合いながら上を向いている。真っ黒の龍と、黄金の龍。
『誘え』
どこからか声が聞こえたかと思った瞬間、何かに引っ張られるようにして視界が暗転した。
「よく来ましたね。リステリアさん」
綺麗な鈴の音のような声が聞こえ、僕は耳を疑う。初代龍王は女の人だったのか、と思いながら頭を抑えつつ立ち上がった。気が付いたら寝転がっていたのだ。
返事するために声のした方を見ると、絶世の美女がいた。
背中まで伸びる金髪がまるで後光のようで、薄い黄の瞳は仄かに光っているようにも見える。艶やかな唇に、豊満な胸。股間には綺麗に整えられた黄金の毛が生え揃っている。
――全裸っ!?
何故か服を着ていない。色気たっぷりな肢体に視線が吸い寄せられてしまう。
「ようやく来たか。リステリア⋯⋯いや、初雪奈緒」
空間が歪み、その女性の隣に現れたのは真っ黒な髪の毛がスポーツ刈りにされている男性だった。瞳も真っ黒で、というか、間違いなく日本人だ。というより、どうして僕の前世の名前を知っているのか。僕はこれまで、誰にも話したことがないのに。
「⋯⋯あなたが初代龍王ですか?」
「いかにも。こいつは俺の妻だ」
妻ということは、初代龍王の王妃、ということでいいのだろうか。
「さて、積もる話をしたいところだが、生憎と時間がない。いつ神に、いや、あんな奴は神とは言わないな」
「神様?」
「ああ、そうだ。お前を転生させた神には気を付けろ。というより、全ての神は敵だと思え。それだけ伝えたかっただけだ。今のお前には、今のお前がいる。魂を弄ぶような奴らに負けるなよ。⋯⋯それから、もう助けることは出来ない。ここの封印が解かれたからな」
そう言って、寂しそうに笑った。
初代龍王の言っていることはさっぱりわからないけれど、どうも大切な話のようだ。全ての神が敵だとか、有り得ない。神様は僕にチートを与えて転生させてくれたのに。
「神が記憶を持ったまま転生させたのはお前だけ。そして、お前は――ッ!!」
何かを言いかけた瞬間、初代龍王が頭を抑えた。苦痛に犯されているのか、表情が硬い。
「もう気付かれたか。やはり侮れんな。初雪奈緒、どうやらここまでのようだ。これから先、楽に生きていけると思うなよ」
「リステリアさん。どうか、ご無事で。あなたがあなたでいられなくなった時、宇宙が崩壊を迎えるのです。最後に一つ――あなたの大好きな人はまだ生きています。出会った時、暖かく迎えるのですよ」
王妃は女神のような慈愛の笑みを浮かべる。僕の大好きな人⋯⋯来希が生きている。生きてるんだ。よかった。本当に、よかった⋯⋯。
「そろそろ行くぞ、マリアンヌ」
「ええ、行きましょう。リュウ様」
『『君を想う。さすれば叶う。されど、それは遠い昔。遥か彼方。いつか汝らに祝福が降り注がんことを願う――天恵』』
2人が同時に口ずさみ、それを言った瞬間に姿が消えていた。
次いで、僕は浮遊感と共に空中へ投げ出された。
下を向けば浮遊場が見え、その更に下には国が広がっている。2体の龍の姿は既になく、つい虚空に手を伸ばしてしまう。あの2人から教えてもらったことを、僕自身の糧にしなければならない。
伸ばした手をぐっと握り、拳を作る。
「相手が神だろうと、僕は僕でいる。ありがとう、龍さん、マリアンヌさん。これまで守ってくれて、見てくれて。――ここからが、本番ということですね」




