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第14話 覚醒

 旧超帝国領である、荒野。そこに2人……否、1匹と1人が対峙している。

 対峙しているというのも、おかしな話か。片方は真っ直ぐにアグネスアングリフの方向を見据え、鳴き声を轟かせる。

 それを聞いて、鼓膜が破れんばかりの振動をする1人の青年。そう、来希だ。

 来希は地面に蹲り、吹き飛ばされてからピクリとも動かない。

 しかし、意識はあるのだ。体が思うように動かないだけで。


(でも、明菜のやつは無事みたいだな……)


 魔力探知を薄く広げ、特定の方向に特定の人物を探す。そうすることによって、消費魔力が抑えられるのだ。

 その結果では、アグネスアングリフまでもう少しというところまで来ていた。

 だが、ホッとしたのも束の間。

 顔をなんとか上げて、超越種ヴォスクディートを見る。

 その顔は、眼光は明菜の飛んでいった方向を向いている。それを見た来希が、また悪態を吐く。


(んなっ……こいつまさか……!)


 ヴォスクディートは、本来自分の意思を持たず歩く災害と呼ばれていることも多い。そのため、こうして特定の一点を見据えているというのは、来希にとって信じ難いものだった。


(……いや、本能に従ってるなら、逃げた餌を追うのは当然か)


 盾を構えて攻撃を防いだ来希だが、その左腕はあらぬ方向に曲がっている。たったの一撃で、その腕が折れたのだ。

 痛む腕を庇いながら、意識が揺れる視界の中、立ち上がる。

 ザッ、と荒野に力強く両足をつけて立ち上がった。

 来希は、ただ真っ直ぐにヴォスクディートを見据えているが、肝心の敵はアグネスアングリフを見据えていた。


「今ここで、お前を止めなきゃならんわけでもないだろう。だって、お前が見てる方にはリステリアがいるからな……でも、俺がさっさと引き返して報告だけをしておけばよかったものを刺激して、あいつのやることを増やすことになるなんて、ごめんだ。好きな女に尻拭いさせるなんて、格好悪いだろ?」


 はは、と乾いた笑みを浮かべながら、ヴォスクディートに話しかける。けれど、敵は来希に一瞥もくれてやらない。


「いつまで無視してんだよ。今のお前の敵は俺だろ?」


 言いながら、指輪状態に戻っていた盾を出現させ、右手には魔力で剣を創造する。

 体は満身創痍でも、魔力はまだほとんど使っていないから、まだ戦えるのだ。

 身体強化も先ほどより更に強く掛け直す。魔力消費が激しくとも、これだけしないと、これだけしても反応できないかもしれない。

 体の震えは、いつの間にか無くなっている。

 冷静な思考も判断も可能だ。

 刹那、来希の瞳から感情が抜け落ちた。


「疾ッ」


 荒野を蹴る。大地が抉れ、爆発的なエネルギー得た来希の体は1秒とかからずにヴォスクディートの目前に迫った。

 魔力剣を目であろう場所に目掛けて横薙ぎに振り払う。

 しかし、その攻撃は硬質な音を響かせていとも簡単に防がれた。

 眼球は1番脆いと思っていたが、そうではないらしい。

 一度瞳を蹴ることで後方に跳躍し、常に広げている半径10メートルの高密度な探知魔法に反応があった何かを躱す。大地に着地し、砂埃を発生させながら反応の元を見ると、そこには左腕を折った舌が伸びていた。

 舌は眼球に衝突する寸でのところで停止し、チロチロと嘴の中に消えていく。

 それでも、ヴォスクディートの8個の眼球は来希を見ていない。

 傷一つ付けられていないのだから、当然とも言える。

 だが、来希の感情が揺れることはない。もうとっくに無感情になってしまっているからだ。

 一拍置いて、再び大地を抉った。瞬間、わき下に潜り込む。そして真上に魔力剣を伸ばした。

 すると、魔力剣は見事に突き刺さる。が、まだまだ浅い。ほんの数センチ程度だ。この巨体を考えると、かすり傷程度だろう。

 探知魔法の範囲内に何かが侵入したことに気付き、腕を蹴って回避して見やれば、またしても舌だった。

 来希の相手はそれで十分だ、と判断しているのだ。

 そして、初めて1つの眼球が来希を捉えた。

 全身からここから離れろ!と警鐘が鳴り響き、慌てて荒野の大地を蹴って跳躍する。直後、目から光線が飛び出して先ほどまでいた大地をガラス化させていた。

 それは勢いを失わず、来希の元へ移動していく。周囲をガラス化させながら迫る光線を回避すべく、来希は縦横無尽に走り回る。

 だが、それも終わりのようだった。

 一瞬、光線が途切れたと判断して立ち止まった、その瞬間を狙われてしまったのだ。

 来希に迫る光線がやけにゆっくりに感じる。それでもなお防がねばならないとし、左腕を掲げた。

 ……だが、そこに純白の雷撃を纏った盾は存在していない。

 心を映し出すものが指輪の力だというのであれば、感情の抜けてしまった来希は心がないも同然。それは指輪の力を発揮できていないことを意味している。

 これでもか、というほど目が見開かれ、あまりの慌てように足が絡まり、その場に倒れ込んだ。


「いってぇ……」


 間抜けすぎる行動に、来希は感情を取り戻す。その真横に、光線が駆け抜けていった。

 足を絡ませて倒れ込むことは、さしもの超越種と言えども予測できなかった事態。盾を構えようとした来希だったが、移動での回避も試みていたのだ。その先読みをしてしまった超越種が、見事に光線を外してしまった。


「はは……ラッキー」


 力なく笑う。が、その瞳には戦闘の意思が舞い戻っている。


「ここから先は、通さない」


 来希自身、自分に言い聞かせるように言ったその言葉は、心の内にある思いを増幅させる。


「リステリアは、必ず、この手で守って見せるんだ」


 あいつなら苦戦しないだろうけど、と付け足される。

 自嘲気味に笑った来希は、更に、思いを増幅させた。

 増幅された思いが一定に達し、それは訪れる。


「……なんだ?」


 突然、指輪の状態に戻っていた物が粉々に砕け散った。それを見た来希は何が起こるんだ、と身構える。

 しかし、来希の予想をいい意味で裏切った。

 粉々に砕け散った残骸が10個の個体を作り出し、それぞれ形を作っていく。

 最初に現れたのは、純白の輝きを放つ雷撃を纏ったシューズ。全体的に刺々しい雰囲気を放っており、自然と来希の足先に収まった。

 次に、右足と左足を覆い尽くす、同じく純白の輝きを放つ雷撃を纏ったレガースが出現し、またぴったりと来希の両足に装着される。

 そして、胴部分を覆うかのように大きな防具が出現した。胸部分が分厚く、それでいて動きを阻害しない。腹部は薄く感じられたが、強度は同じ程度であろう。

 更に、両腕と両手を覆う防具が現れた。同じように雷撃を纏っているが、手首には常にVの字に雷撃が放出され続けている。

 防具はこれで最後だろう、ヘルメットまでもが姿を現す。バイク用ヘルメットを彷彿させるようなデザインであるそれは、来希の地球での所持品である物と酷似している。

 そして、いつも通りの盾が現れた。

 これで終わりだ、と来希はこれまでのことに驚きながらも思った。しかし、それで終わりではない。

 右手が自然と動き、空を掴む動作をする。直後、いかにも聖剣と言える代物がその手に収まった。

 まじまじと自分の手にある剣を見て、いつの間にか魔力剣が消えていることなど忘れている。

 まだ、何かあるのかもしれない。

 来希は期待した。けれど、指輪の残骸は全て消失している。

 これで終わりか、と思った。

 だけども、今の自分の格好を見た場合、来希は平静でいられるだろうか。


 否、間違いなく歓喜に打ち震える。


 姿を見れば、間違いなく勇者である。


 そう、来希はようやく、勇者成り得た!



 突然の変化に驚きを隠せないながらも、ビクッと体が反応した。自然と体が動き、流れるように光線を回避する。


「すげぇ……」


 恐らく、本能的に回避したのだろう。

 右手に収まる聖剣を一瞥し、頼む、と言った。

 それに意味はあるかどうかわかならい。ただ、これから共に戦うのだ。来希にとって、掛け替えのない相棒となることに違いない。

 来希の変化に気付いた超越種が二つ目の眼球を向けた。

 だが、身動みじろぎ一つせずに、来希はただ超越種を見据えている。鋭い眼光で射貫き、初めて超越種が恐れを抱いた。


「ウキャァア」


 警戒を露わにした超越種が鳴き声を上げる。直後、4つの眼球から光線が飛び出した。

 左腕は、魔力を流して無理やり動かしている。盾を構えた来希は防げることを確信した。

 刹那、爆音が轟く。

 盾が押されることもなく、溶けることもなく、4つの光線を受け切ったのだ!

 来希はすぐに攻勢に移る。超越種の懐に潜り込み、一瞬の内に眼前まで飛び上がった。

 聖剣に魔力を纏わせ、薄く、鋭くをイメージする。聖剣の周囲でパチパチと放電していたいかづちが聖剣を覆った魔力の外側に定着した。

 そして、一振り。

 大上段に振り下ろした聖剣は音さえ鳴らさず、一つの眼球を真っ二つに斬り裂いた。


「これなら……やれる!」


 苦悶の泣き声を発した超越種をみてそう確信した。

 しかし、超越種はこの程度では倒れない。

 まだ、眼球のみ、それもたった一つだけなのだ。

 確かに痛みを感じ、呻いた超越種ではあるが、超越種が超越種と言われる所以をまだ来希は見ていない。

 ぶわり、と超越種が赤の光を放ち始める。


「んなっ……」


 これから何が起こるのか、と見据える。しかし、これ以上強くなるのは御免だ。

 判断を下し、迅速に行動する。満身創痍の体に鞭打って聖剣で超越種の至る所を斬りつけていく。あまりにも大きな体であるから、どこに移動しても無傷の肌を見ることができていた超越種だったが、次第に傷を増やした。

 そして、首元にも傷をつけようとしたその時、これまで舌での反撃すらなかったから油断していたのか、来希が吹き飛ばされる。


「………っ!」


 咄嗟に受け身をとり、地面をローリングして勢いのまま立ち上がった。

 来希は超越種を見て、硬直する。


「なん……だ、これは……」


 体が動かない。なぜ動かないのか、来希はわからない。

 超越種の8つの眼球が来希を見ていた。ただ、見ているだけである。その8つの眼球を同時に見てしまったことが原因なのだ。

 来希は超越種について、噂程度の話を聞かされていた内容を思い出す。


 曰く、超越種の持つ最終手段は世界を滅ぼす。


 曰く、超越種に全ての目で見られた者は体が動かなくなる。


 曰く、超越種は他の超越種と全ての吸血種の頂点を争っている。


 それはすなわち、超越種は超越種を探し求めて行動を起こしているということだ。


 体を動かそうとしても動かない来希は今更ながら思い出し、それが本当だったことに舌打ちする。

 その目にはまだ戦う意思が残っており、諦めている様子は微塵も感じない。

 超越種の頭頂部にあるツノの周囲に浮かぶ3つの輪。そのうちの一つが上空へ昇り、横移動を始めた。

 来希の頭上で停止し、幾重にも重なる魔術式が空中に描かれた。


 次の瞬間、極光が来希を塗り潰す。


 天高く昇った天使の輪から飛び出た極光は周囲の空間ごと動かない来希を捉えたのだ。

 一拍置いて、極光が収束していった。

 ドサリ、と来希の体がうつ伏せに倒れる。

 一言も発さずに倒れこんだ来希の体を纏っていた“鎧”は薄く残っていることから、辛うじて意識があることを知らせた。

 指先も動かない来希を見て、超越種はアグネスアングリフを見た。

 ノッソリと動き始めた超越種は、来希にとどめを刺すことなく真っ直ぐ前進し始める。

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