第2話 僕、頼まれごとをするみたい
お風呂に入った後、体を隅々まで拭かれ、髪の毛も水滴が垂れなくなるまで拭かれた。
湿った髪がピタリと頬にくっついてくすぐったい。
「さ、終わりましたよ」
アテナに言われて姿見で確認すると、女神装備にも勝るとも劣らない出来栄えの衣装に包まれた僕の姿がある。
衣装の色は、これまた青が基調となっている。
龍王国が燃える炎の赤としたらこちらは冷静沈着の青ということだろうか。
よくわからないことはさておき、このメイドの人はアテナと言って、僕付きとなった専属侍女のような人だ。年齢はギリギリ予想通り、19歳だった。
この国の、というよりも世界で最後の人類の生存域しか残っておらず、1000万しかいないから王族の付き人も雇いまくったりできる状態ではないとのこと。
王族の付き人になるくらいなら、人類の生存域を少しでも広げようと人類最終戦線というおっかない軍隊に入るみたいだ。
「ありがとう、アテナ」
「いえ、これが私の仕事ですから」
微笑みを浮かべて僕の姿を確認し、一つ頷いた。
「では、行きましょうか」
「あぁ、うん、そうだね」
これから先に待ち構えているものを浮かべると、どうにも素直に頷けない。
だって、この後王太子と引きあわされるらしいのだ。
「なお様、突っ立ってないで行きますよ」
立ち竦んでいると、アテナからの叱責が飛ぶ。
僕は仕方なくアテナの後ろをついて行くしかなかった。
場所を移動して、僕たちはとある部屋の前にいる。
どうやらここが王太子の自室のようだ。
王太子のことは事前に聞かされていて、まだ22歳とか言っていた。
それでも、実年齢差は8歳もあるのだけど。
僕は公には16歳となっているので、アテナに年齢を聞かれた時はそう答えている。それでも、年齢差は6歳もある。
そこまで行くとさすがの僕でもロリコンかよ、と突っ込みを入れたくなるのだ。
『開け』
「では、くれぐれも粗相のないようにしてください」
どうやらクリェムツェルト内部の扉は全て『開け』という事で開けることになっている。中から外に出る時も同じようにするのだ。
ちなみに、僕にはいくつかの装飾品が付けられていて、そのどれもが力を抑えつけるものとなっている。
しかも、装着者以外外せないというのだから大したものだ。
この場合、装着者はアテナになる。
腕輪に指輪、それからネックレス。その他もろもろ……。
それだけやって、ようやく僕の力は普通の状態になった。
普通の状態というより、力を失った状態だ。
アテナが開けてくれた扉をくぐれば、そこは黄金に煌めく金をふんだんに使って整えられた部屋が……あるわけでもなく、質素なものだった。
木製で揃えられていることが匂いでわかるほどに木の香りが充満し、机や椅子、タンスといったものは全て誂えられていて、この部屋にはキッチンはなかった。それに、お風呂もないようだ。
「おぉ!よく似合っている!」
僕の姿を確認するなり、走りそうな勢いで近寄ってべた褒めする。
その脇にはヒグツチさんがいた。
「メリエル様、一度、なお様と二人で話がしたいのですが……」
「む……折角会えたのにそれはないだろう」
「すぐに終わります。ほんの数分ですから」
「その程度ならばいい。ただし、変なことはするなよ?」
「わかってますよ」
ヒグツチさんとメリエルさんの会話が終わって僕は視線で促される。
ヒグツチさんの後をついていき、ある程度メリエルさんと離れたところで、口を開く。
「この辺りでいいだろ。それで、君に頼みたいことがある」
「頼みたいことですか?」
「ああ。メリエル様をお守りしてほしい。ついでに王族の方々も」
僕の頭にたくさんの疑問符が浮かぶ。
だけと、話しているヒグツチさんは真剣だ。
「……理由を聞いてもいいですか?」
「そうだな。だけど、誰にも言わないでくれよ。これはまだメリエル様にも伝わっていない、上層部の人間のみが知る情報だからな」
その情報の重みを感じ、無言で頷いて先を促した。
「最近、吸血種の全体的な強さが上がっている。数も増え、既に人類生存域を広げることは不可能といっていい。むしろ、押し返されている」
ああ、そりゃ、あんな弱い防壁じゃ保たないよね。
声には出さず、心の内で納得する。
「そんなこと僕に言ってよかったの……?」
「君は強い。あの時、どうやって防がれたのか、スコール8の俺でさえわからなかったんだ。ただ、誰が防いだのかわかっただけで」
一拍置いて、それに、と言葉を続ける。
「理由があったほうが、こちらの頼み事も聞いてくれると思ってな」
その時、ヒグツチさんが初めて笑った。
「でも、今の僕は力が拘束されていて……」
「それも解く!だから、頼まれてくれないか?俺たちが前線に出れば、こちらの被害を抑えられるんだ」
そう言ったヒグツチさんの表情は暗く、既に大勢の被害が出ているのだろうと察することができる。
だけど、それなら。
「僕が前線に出れば問題ないんじゃない?」
僕は護衛よりも殲滅のほうがよほど得意だ。そのことを伝えると首を横に振られた。
「こちらが呼び出しているのに、そんな危険な真似はさせられない。だから、頼む」
この人は、どこまでも優しいんだな。
そう思った。
「わかったよ。じゃあ、僕は王族を守ればいいんだね」
「そういうことだ。じゃあ、頼んだぞ」
まだ出会ってそれほど経っていないのに、どうしてそこまで人を信用できるのだろうか。
僕が信用できる人間なんて、数えるほどしかいないのに。
……羨ましい。
それは僕の心の奥底から漏れていた。




