第2話 僕、召喚されたみたい
僕が立ち上がって周囲の状況を確認すべく見回すと、前方にいた人たちが一斉に跪いた。
『どうか我らに救いの手を』
声が幾重にも重なり合って重厚な響きとなる。
だけど、僕は後悔に苛まれていた。
あの場では僕しか阻止できる人はいなかったのに、咄嗟に対処出来なかったのだ。
魔王としての魔力を使えば、或いはどうにかなっていたかもしれないのに。
今更悔やんでも仕方ないか……と嘆息し、何故か体に漲る力の塊2つを確認するように動かす。
それらは協奏曲を奏で、完璧に混ざり合っている。
魔王としての魔力の上限はどんどん上がっていくことから、この世界の負の感情の溜まり具合がすぐに察することが出来た。
また、龍脈の力が多く、操る操らない以前の問題で、勝手に体の中に侵入して来ている。このままだと龍飽が龍化にまで達してしまいそうだ。慌てて龍装の方にも力を回していく。
その2つの本来であれば相反する力が、大量に生み出されているせいで、最初は反発があったにも関わらず今となっては綺麗に混ざってしまったのだ。
その原因は、わからないけれど。
そこまで確認して、ようやく目の前の人たちのことを思い出す。
「あの、顔を上げてください」
声をかけると、彼らは顔を上げて驚きの表情となった。
「い、いえ!天人様を拝顔するなど無礼きわまりありません!どうか、どうかこのままで!」
「天人……?」
そんな設定の世界は初めて聞くなぁ、と呑気に思いながら聞くと、恐る恐ると言った体で簡潔に答えてくれた。
要は、神らしい。
「僕たちは神ではありません。こことは別の世界から来たのです」
そうだ。
僕は皆を守らないといけない。
一緒に転移してしまった彼らを無事に地球まで送り届けるのだ。
……こんなことなら、あの魔術陣を模写しておけばよかった。そうすれば地球に転移出来ていたかもしれないのに。
「そ、そうなのですか……?」
「はい」
彼らは少しの間固まって話し合いをしていた。
その結論が出たのか、代表者が僕の前で一礼する。
「申し遅れました。私は零番隊隊長のスツェル・ヒメラギといいます」
「僕は鈴木奈緒です。宜しくお願いします」
簡単に挨拶を交わし合うと、立ち話も疲れるだろうから、と言われて一室へ通される。
会議室のような場所で、彼らの数を数えてみると25人もいた。こちらは19人なので、それでも会議室の席を埋められない。
「皆様、こちらの都合で呼び出してしまい、大変申し訳ありません」
スツェルさんが謝罪すると、今まで黙っていた僕側の人たちが一気に騒ぎ立て始めた。
騒いでいないのは来希たちと真央たちとライドさんとインピさんとマガツガミさんだ。
残りの人は、みんな同じように怒りを露わにしている。真央たちは僕というファンタジーと接していたから、怒りよりも悲しさと嬉しさで埋め尽くされているようだ。
マガツガミさんは、騒いでいないというよりも呆然としていると言ったほうが正しいかもしれない。
「ふざけんなよ!家に帰してくれよ!俺たちの元いた場所によぉ!!」
その叫びには虚しくも、返答はない。
「俺には妻だって子どもだっているんだ……なんでこんなことに……!」
まさか文化祭でこんなことに巻き込まれるとは、と。
けれどそれは、誰もが思っていることだろう。
僕自身、召喚されてしまうなんて全く思っていなかった。
「グフッ、静かにしろ、お前ら。騒ぎ立てても何も始まらんだろ」
そう言ったのはインピさんだった。
インピさん……物凄く落ち着いてる。小太りな気持ち悪いおじさんから一転して、小太りな頼りになるおじさんに早変わりだ。
「さて、スツェル殿に聞きたいことがある。俺たちを召喚した理由はなんだ?」
インピさんが言いながら手を前に出すと、水平に光り輝く剣が現れた。
もしかして……!
剣先を向けられ、言及されるスツェルさんが明らかに狼狽した様子で言葉を紡ぐ。
「私たち人類は、吸血種に脅かされ、世界に残っている人類は最早、この都市に残っている者しかいません。奴らを倒すために、私たちは天人様を呼び出して救ってもらおうと考えていたのです」
「なるほど。しかし、現れたのは天人ではなく俺たちだった」
「……はい」
一瞬の間。
その瞬間に、スツェルさんたちの目が細められてインピさんを睨んだ。
「……訂正して頂きたい!」
スツェルさんの隣に座る、隊長補佐をしているミーアさんが机をバンっと叩いて立ち上がった。
「天人様を呼び捨てなど……!」
天人。それは僕にとってはただの人でしかない。実際に神に会ったことがあるし、今回もきっと、あの神様が絡んでいると踏んでいる。
天人とは、神ではない人なのだ。この世界ではかつての天皇と同じ扱いなのだろう。
「君はそう言うけど、天人は人だと思うよ」
あぁ、けれど、一つだけ可能性があった。
龍神のような神様だっているんだ。
本人は下級神で下っ端扱いなので神と名乗れない、と嘆いていた。
それはつまり、天人もまたそう思っているはずだ。
なら、なんの問題もないかなと判断しておく。
「そんなはずありません!天人様は我々を守ってくださる神様です!現に、こうやって光の防御膜を常時張り続けてくださっている……!」
彼女が魔法を使うと、一部の空間が歪んで外の様子が見えた。そこには、確かに光の膜が張られている。
けれど、弱い。あれなら僕の一撃で破壊できそうだ。
そして、都市の外も見ることが出来たのだけど、見えたところは砂漠。何もなかった。
「落ち着け、ミーア。私たちの認識を彼らに押し付けてどうする?そんなことをしても何も始まらないだろ。まずは、彼らの住処を用意せねば」
それを聞き、僕たちはズッコケそうになる。
まさか寝床を用意していなかったのか、と。
そのことを聞くと、
「天人様の住まいは上空にあるのですが……」
と言われて思い至った。
本来上空にいるはずの天人なので、天人であれば問題はなかったけれど、僕たちは天人ではない。
天人でない僕たちは上空にあるところへは行けないのだ。
僕は深い溜息を吐き出して、これから起こりうること……主に僕の正体についての説明をどうするか考えるのだった。




