第3話 僕、報告するみたい
「そうだったのか⋯⋯」
フォックスさんに全て、もちろん名前などは伏せたけれどそれ以外のことは話した。
暫く顎に手をあてて考えていたフォックスさんは不意に僕を見る。
「リステリアがなりたいならなればいいんじゃないか?その親の代理の人も別に構わないって言ってるんだろ?」
「うん、まぁそうなんだけど」
「ならいいじゃねえか。なればよ。何もそんなに迷うことは無い。何事もチャレンジだ」
フォックスさんの力のこもった言葉に、僕は俯く。
チャレンジか⋯⋯そんなこと、最近はすっかりしてないなぁ。確かに龍神城はチャレンジ、なのかもしれないけれど、あれは成功するって確信がどこかにあった。
だけど、今回のアイドルの件は不安がいっぱい残っている。本当に僕に出来るのか、アイドルになれるのか。
やってみたいという好奇心だけでやってもいいのか。
「好奇心でいいんだよ。始めは誰だってそうだ。興味を持って、憧れて、自分もそれになりたいと思って、やりたいと思って応募する。お前はまだ恵まれてるだろ?スカウトされたんだから」
ハッとしてフォックスさんを見る。
確かにそうだ。僕は恵まれている。
多数存在している女の子の中で、僕を選んでくれたのだ。
こんなこと滅多にないどころか、全国でも10人といるのかいないのか。
少し、慎重になりすぎているのかもしれない。
もっと気軽に、二度目なのだし、楽しくやりたいことをして生きてもいいのかもしれない。
「⋯⋯ありがと、フォックスさん」
「いいってことよ。たまには相談しに来いよ。アイドルになろうと思ったら忙しくなるだろうけど、息抜きとかも大切だからな」
僕はフォックスさんに別れを告げ、軽くなった足取りで弾む声色を隠せず、他のクランメンバーにも別れを告げてログアウトした。
こうしちゃいられない。
決めたのなら、早い方がいい。
いや、その前に来希たちに報告しておくことの方がいいだろうか?
名刺はあるからいつでも連絡が出来ることだし、それがいいだろう。
僕は走り出しそうになる自分を落ち着かせ、ひとまず夕食を食べて、明日報告することに決めた。
「奈緒、やっと戻って来た」
はぁ、と腰に手をあててお母さんのように叱ってきそうな真央を振り払い、急いでベッドから立ち上がる。
直後、ドンッと頭を天井に叩きつけることになり、頭を押さえてのたうちまわった。
「いっつ~」
「もう、何やってるの?大丈夫?」
真央に頭を擦られ、そう言えば真央にも言わないといけないと思いだす。
「真央~、僕、アイドルすることにした」
瞬間、真央が凄い勢いでバっと振り返った。
「ほんとに!?奈緒、頑張ってね!」
「うん、ありがと」
手を取られ、呆気に取られながら御礼を返す。
「じゃあ、今日は腕によりをかけないとね~」
いつもの調子に戻った真央がそんなこと言ってくる。いつも通りでいいと言っても聞く耳を持たないようで、その言葉通りに今日の夕食は豪勢になってしまった。
朝から真央と二人仲良くお弁当を作り、教材の入ったカバンに入れて寮を出る。
カバンは学校指定のカバンなどではなく、各自自由となっている。その理由としては、校内なのだからカバンを指定しても統一感を学外に示すことは出来ないからだそうだ。
もっともな理由だと思う。
教室に入ると、今日は最初の授業だからなのか割りと多くの人が登校していた。そして、当然のように僕の周囲に人が集まる。
「昨日呼び出されたって、大丈夫だった?」
という質問ばかりだ。
これにはどう返そうかと迷ったのだけど、真央がうまく払い除けてくれた。
朝っぱらだけど、来希たちの教室に行こう。3年生の教室は2階だと聞いている。
因みに、2年生は3階で1年生は4階だ。この辺りは前世と比べても遜色がない。
階段を駆け下りて2階にある、3年C組という教室を発見する。それほど離れていないようだ。
喧騒が鳴りやまない教室の扉の前に行くと、シュインと自動で開き、教室内にいる3年生たちの視線が突き刺さる。
きっと「あの子教室間違えてるんじゃね?」とか言われているに違いない。
教室内を見回すと、目的の人物を発見した。
来希たちは全員同じクラスになっているみたいで、その5人で歓談している。
「リステリ⋯⋯奈緒、どうしてここに?」
まぁ、何度も呼んできた名前をそう簡単に変えられるものではないよね。
「ちょっと来希たちに報告したいことがあって」
「あ、それって昨日のやつか?」
あれ?
「知ってるの?」
「親父から聞いたよ。あの後問い詰めたやったからな」
ニッと悪そうな笑みを作る来希は実に楽しそうだ。来希のお父さん⋯⋯ご愁傷さまです。
「そっか。⋯⋯僕、やることにしたよ」
「ああ、頑張れよ」
わしゃわしゃと頭を乱暴に撫でられ、そこに明菜と真が割り込んでくる。
「そんな撫で方しちゃだめでしょ!奈緒ちゃんが可愛そうじゃない」
そう言いながらも、僕の髪の毛を整えるという役目が出来たからか嬉しそうに櫛を取り出して梳き始めた。
やっぱり、真央もそうだけど僕みたいな半分男じゃない女の子は髪の毛を梳くのもうまいなぁ⋯⋯気持ちよくてほんわかしてしまう。
そして、予鈴が鳴り響いた。
「あ、そろそろ戻るね。また今度来るから!」
「おう、じゃあな」「またね」
来希の動きが少し硬かったような気がするけれど、所詮気のせいかな。
そう思うことにして、僕は教室に戻った。




