第9話 僕、チート魔力を手に入れたみたい
結晶を取り込んだ、と僕が認識した途端に体の中が熱くなり、膨大な魔力の奔流に元々持っていた魔力が飲み込まれてしまった。
二つの魔力が結合し、新たな魔力が生まれる。
前世ではDNAという便利な個人を識別するための技術があった。でも、ここではもっと簡単に識別することができてしまう。
それが魔力だ。
DNAと同じように、魔力は人それぞれ違うものを持って生まれる。
今の僕の体内にある尽くの細胞を破壊され、新たな細胞が再構築される。
「うっぁぁぁああああ!!」
全身に強烈な痛みが走る。痺れと痛みと、急激な体内の変化に吐き気までする。
突然苦しそうに叫びだしたからか、ミスティが怯えながらも抱きしめてくれる。
「お姉ちゃん!戻ってきて!お姉ちゃんまで居なくなったらミスティはどうすればいいの!?」
部屋全体がその声を反射し、何処までも響き渡らせるが僕には届かない。
初めての痺れ、痛みと強烈な吐き気に催され、更に体内組織が破壊と再構築を繰り返すことで視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚と言った全ての感覚が麻痺する。
「ぁぁぁああああ…」
体内組織の破壊と再構築が繰り返され、最適な細胞組織が編成された。この体はもはや以前とは全く違う、別の体だ。例え見た目が同じだろうと中身が以前よりも効率のいい動きをする。
最適化された5感は以前と比べ性能が数段、数十段上がる。
あまりの痛みに瞑っていた目を開けると、そこにはミスティがいた。
触覚が今のミスティの状態の全てを見抜いて教えてくれる。
「ミスティ、ごめんね。心配かけちゃったね。もう大丈夫だから、ほら、女の子が簡単に泣いたらダメなんだよ?」
「お姉ちゃん…お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!生きててよかった!お姉ちゃんまで居なくなったら、私…」
ミスティはその先は言わずに目尻に涙を浮かべ上目遣いで「本当に大丈夫?」と語りかけられているようだった。
以前の視力は僕の体感では2ほどだった。でも、今は10あると言われても不思議ではないくらい何処までも見通すことが出来た。
それこそ、幻覚から実体化した壁を透き通して付いてきていた冒険者が見えるほどに。一人一人の動作が見て取れる。それぞれがそれぞれの武器、魔法を駆使して壁を破ろうとしているけど、それは叶わない。今の僕には見ただけであの壁の強度がわかってしまっていた。
あの壁を破ろうと思えば、ミスティほどの魔力が必要になる。
そして、何処までも網目のように広がる聴覚の調。
それは壁の向こう側にいる冒険者が叫んでいる声、壁と武器や魔法が衝突する破砕音や爆発音。
先ほどまでは嗅ぐことが出来なかったこの部屋の魔力が充満した匂い。そして強い魔力を誇るミスティの優しい匂い。付いてきていた冒険者たちの汗臭い、けど真剣さを帯びている匂い。
この部屋に充満する空気の味。ミスティを咥えているわけでも、咥えたことがないのにも関わらずミスティの味がする。部屋全体に薄く広がる空気の味とミスティの味がシンフォニーを奏でる。
僕はミスティにしか触れていない。でも、優しく包み込まれているような感覚。母体の中にいるような温もりを感じる。まるでこの世界に祝福されているかのように。
現状の把握をし、僕はミスティに向き直る。
「ほんとにごめんね。僕は何処にもいかない。でも、危なくなったら助けてほしい。僕だけじゃ対処出来ないこともあるだろうから」
頭を優しく撫でる。すると、撫でている手からミスティの感情が流れてくる。
(お姉ちゃんから魔力を感じない…?どうして?お姉ちゃんは魔力を失ったの?さっきの大きい魔力はなんだったの?)
これはまずいと思い、慌てて手を離す。僕はミスティの感情を読み取りたいわけではないのだ。
「お姉ちゃん。わかったよ、お姉ちゃんは私が守る!」
さっき感情を読み取ったせいで、その言葉を素直に受け取れない。きっと今は「お姉ちゃんが魔法使えなくなったからミスティが守らないと」って思っているに違いない。
ミスティは慌てたり動揺したりすると「私」ではなく「ミスティ」と自分のことを呼ぶ。それでお爺ちゃんの街でされたサプライズパーティーとかも事前にわかっていた。サプライズ感が少しなくなってしまうけど、そんなミスティが可愛くて仕方なかった。
「うん。よろしくね」
最後に優しく微笑みかけるとミスティも満面の笑みを浮かべてくれた。きっと、もう大丈夫だろう。
「じゃあ、戻ろうか。結晶は無かったって言うんだよ」
「どうして?」
何もわかっていないミスティに説明をしてあげる。
もし、あったと言ったら僕たちが持ち去ったと言われるに違いないし、もし言われなくても確実に疑われる。そうなれば僕たちを調べる人が複数出てくるだろうし、何者かに襲われたりして寝ることも間々ならないかもしれない。
そんな危険なことに陥るのはできるだけ避ける方がいい。
「わかった。私とお姉ちゃんだけの秘密だね!」
「そう、秘密だ。指切りげんまんしよっか」
「うん!」
二人仲良く指切りげんまんをした後、その部屋を後にして実体化しているように見えていた壁をすり抜ける。
今ではわかる。この壁のギミックが。
この壁は一定以上の魔力を持つものにしか通ることが出来ない。さっき、僕が結晶を取り込んだのはミスティよりも魔力が多かったからだろう。ミスティの方が大きかったことを考えると体が震えた。
「無事だったか!?」
冒険者が駆け寄ってきてあちこちを見て無事を確認する。どうやら、霊界にでも連れて行かれたのでは?と思われているらしい。
「はい。大丈夫です。ただ、結晶はありませんでした」
「そうか。無事ならそれでいい。リウドの街で暫くゆっくりするといいだろう」
「はい。明日戻ることにして、今日はどこかに居候させてもらおうかと」
僕たちは今後の予定を詰めて鉱山を後にした。




