第20話 僕、神様とお話しするみたい
気がつくと、まるで深海のような深く真っ暗闇の中をぷかぷかと流れていた。それは大きな流れのようで抜け出すことは叶わない。
でも、その中にも収集できた事柄は沢山あった。
ここはどうやら魔王の意思と記憶が蓄積されている場所みたいで、僕もこの空間に少しずつ支配されていくような感覚に陥っている。
今までのことを思い出し、「はぁ」とため息を吐いてふと顔を上げると、魔王の意思と記憶の流れに逆らうように一つの光が差し出された。
僕は迷うことなくそれを掴み取る。
すると、一瞬のうちに視界が切り替わった。
そこは数度来たことがある場所だった。
「神の世界……」
転生する時と、そして魔王の封印から解放される時に入り込んだ場所。
『よく来た、リステリアよ』
どこに神様が居るのだろうと視線を彷徨わせていると声が聞こえた。
その声には幾分怒気が含まれていて、ピクリと肩を震わせる。
『此度の件、汝がしでかした事は我の望みに反することだとわかっているか?』
幾分では済まされないーー途轍もない怒気が含まれていた。
神様に拒絶されるということは、世界から消し去られるということだろう。
それも、いいかも知れない。
「……ごめんなさい」
口からぽろりと溢れた。
自分では意識していなかったのに、謝罪の言葉が出るとは思ってもいなかった。
『……汝の行ったことは許されることではない。だが、だからこそチャンスを与えよう』
「そんなの要らないよ……消すなら、消すなら早くしてっ!」
反射的に切り返す。
その言葉とは反対に何故か目元が熱くなってきた。
けれどそんなものは御構い無しだ。
「僕は、僕は最低だ。注意されていたのに攻撃の手を止めずにミスティに手をかけた……この世界に転生した時だってそうだ。僕は、新しい両親なんて赤の他人同然だと思っていた……でも!でもそれは間違いだった!この生の両親はとっても優しくて明るくて、いつも僕のことを気にかけてくれていて、気づいたら前世のお母さんとお父さんと同じくらい大好きになっていた。でも、この世界のお母さんとお父さんは死んだ。僕のせいで……お爺ちゃんも、ミスティも、里の皆だって僕が殺したのも同然じゃないか!どうして、どうして僕は生きているの?これだけのことをしておいて、どうして誰も殺してくれないの……」
そこまで言い切ると、自分を殺してほしいという自分が悲しくて、でもそう言ってしまうしかない自分が悔しくて、涙が止まることなく溢れ続けた。
『汝は人に愛される存在。汝の前世、汝が思っているよりも多くの者たちが汝のことを気にかけていた』
「嘘だ!そんなことはありえない!僕は虐められて、高校でようやく友達が出来たと言ってもふざけて好きだとか言ってくる連中ばっかりだった!」
神様の言葉を途中で遮った。
神様は「はぁ〜」と本当に長いため息を吐いて、僕を睨みつけた。そのことに思わず萎縮してしまう。
『汝も本当はわかっているのだろう?わかっていないとは言わせない。自分に嘘をつくな。自分を欺くな。もっと素直になれ』
最後の言葉は、どこか優しげな表情だった。
神様との会話もこれで終わりなのか僕の存在が薄くなっていく。
『迎えが来ておる。自分の本当の気持ちをぶつけるんじゃよ』
我が子を慈しむような声色で言われ、ただ頷くことしか出来なかった。
先ほどの空間とは違い、僕の前世のたった一つの自室だった。
懐かしいその空間を楽しむ時間はなく、程なくして光とともに何かが現れた。
「お姉ちゃん。久しぶり」
それはミスティだった。
「どうしてここにっ!それにミスティは……」
「私は神様にお姉ちゃんと同じように転生させて貰って、ここに来たんだよ」
僕はその言葉にただ呆然とするしかなかった。
ーミスティ視点ー
私が微笑むと、お姉ちゃんは信じられないというように否定し始めた。
少し、傷つくなぁ……本当にここにいるのにどうして信じてもらえないんだろう?
「お姉ちゃん、皆が待ってるからここから出よう?」
私は手を差し伸べる。
でもそれをお姉ちゃんは取らない。
「どうしたの?」
問いかけると、閉口していた口を開いてボソッと問いかけてきた。
「どうして?ミスティは僕が殺したんだよ?なのにどうして平気でいられるの……?ミスティ、ねぇ、教えてよ。僕は君を、これまでずっと騙してきたんだよ?前世のことも、それにお母さんとお父さんのことだってそうだ。それなのにミスティは、どうして平気でいられるの?」
平気でいられるわけがない!
でも、お姉ちゃんが望む答えはこんなことじゃないはずだ。
お爺ちゃんが死んじゃって、私がふさぎ込んでいる時お姉ちゃんも泣きたかったはずだ。
それなのに私にかかりきりでお姉ちゃんがなく余裕はなかった。
きっと、あの時のお姉ちゃんは今の私と同じったんだろうな、と思う。
でも、だからこそ、ここで本音を漏らすわけにはいかない。
「私はね、神様から全部聞いてきたよ。お姉ちゃんのことも、お姉ちゃんの世界のことも。私を殺した時の状況も……。それを考えてみると、やっぱりお姉ちゃんは優しいお姉ちゃんだった。お姉ちゃんはいつも考え過ぎちゃうところがあるけどね、私はもっと楽にしていいと思うよ?お姉ちゃんは、いろいろと背負いすぎなの。私が代わりに背負ってあげるから……この手を取って?」
私は記憶に干渉する魔法を使う準備をしながらお姉ちゃんにもう一度手を差し伸べた。お姉ちゃんが嫌な記憶は全部消してしまえばいい。お姉ちゃんが幸せになるためなら、お姉ちゃんの人格をいじってしまおう。
お姉ちゃんは恐る恐る手を伸ばす。でもそれは途中で止まった。
「ミスティ……ごめん。やっぱりその手は取れないや。僕は、大勢の人の命を奪ってしまった。体を乗っ取られているとは言え、僕が自分を見失わなかったらこんなことにはなっていなかった。だから、ここで倒されるべきなんだよ」
絶対に手を取ると思っていたのに、拍子抜けした。
でもお姉ちゃんの言いたいことは、なんとなくわかった気がする。
でも、それはただ逃げてるだけ!そんなのダメだよ!
私はお姉ちゃんの頬を叩いた。
パンっ!と心地よい音が響いた。
私は手に伝わる痛みを堪えて、お姉ちゃんにこんなことをしてしまった自分が悔しい。
思わず出てきそうになる涙を押さえつけた。
こうしている間にもあの人たちは、戦っているんだ。
「そんなのダメだよ。お姉ちゃん、それは逃げてるだけだよ!逃げてるお姉ちゃんなんか見たくないのに!私は、お姉ちゃんに殺されたこと、仕方ないと思ってた。でも、死にたがってるお姉ちゃんなんて大嫌い!」
私は、本当は死にたくなんてなかった。
この役割が終わると私は消えてしまう。
でもそれをお姉ちゃんに言えばもっと罪を感じてしまうに違いない。
それを、望んではいない。
お姉ちゃんに与えるのは、今必要なのは嘘なのだ。
「私は、まだ世界を見てみたかった。でもお姉ちゃんに殺されちゃって、世界を見ることが出来なくなった。でも、神様に会って、神様が新しい命をくれた。だから私は大丈夫。これから、この命を大切に使って、世界中を歩き回るんだ。お姉ちゃんみたいに他の世界に転生したからとっても楽しみなんだよ?」
なんとか涙を出さず、微笑みを絶やさないで言い切れた。そのことにホッと安堵する。
お姉ちゃんの目はだんだんと正気が戻っていくように目の光を取り戻していった。
ーリステリア視点ー
僕はなんて愚かだったんだろう。
こんなに神様とミスティに言われなきゃわからないなんて、ホントにどうかしている。
自分に素直になれ、か。
僕はこれから、素直に、正直に生きていけるかな?
もし、こんな僕が生きていてもいいなら、僕は生きたい。
死ぬなんて嫌だ。死んでしまったら、そこで終わってしまう。
僕はもう、後悔したくない。
自分に嘘を吐きたくない。
皆に認められたい。
こんな僕だけど、皆は受け入れてくれるかな?
ミスティは、受け入れてもらえたみたいだけど……。
「ミスティ……ごめん。僕が間違ってた。これからは、真摯に向き合う。だからさ、僕を皆のところに連れて行ってもらえないかな?」
お願いすると、ミスティは嬉しそうな顔で頷いた。
ミスティが手を差し伸べる。それに手を伸ばして、触れた瞬間に視界は切り替わり、目の前には疲労困憊の勇者4人がいた。




