最初話 プロローグ
みなさん初めまして。
最後まで読んでいただければ嬉しいです。
『さすが、僕の選んだ子だね。それに、元を正せば僕の化身でもあるのだから当然かな?』
戯けたように、理の少年の声が、僕の脳内に直接響く。
ここは神界。神の世界だ。だけど、それは間違いでもある。
「僕は僕。君は君だよ。理って言っても、意思なんてあったんだね」
意思はないと思っていた。でないと、天使たちに閉じ込められたりはしないだろう。
……とはいえ、僕……の前の精神体であるアスティンェルがいるからこそ、できたことらしい。
『さて、始めようか。世界の破壊と創造を』
「本当に、それしか方法はないんだよね……」
『ないよ。だって、天使が管理していた宇宙は不完全なものだからね。僕がいなくなって、時が経ち過ぎた』
悲哀の声。その感情も伝わってくるそれは、胸の奥にじんとくる。
「ちゃんと、できるよね?」
『それは君次第としか言えない。全ては君と僕の深層神域の繋がりだから……。失敗すれば君は存在が消える……というより、宇宙そのものが生まれないよ。僕だけが生き残る形だね』
「怖いなぁ」
『じゃあ、やめる?』
この作業をやめても、宇宙は、長い時間をかければ修復できる。それこそ数千万年単位で。
けれど、僕はいない。その世界に僕はいないのだ。
僕が宇宙で死んでしまったことを、なかったことにしなければならない。そうしないと、僕は来希と会うことも、3人の子どもとも、もう二度と会うことはなくなってしまう。
「……やるよ」
『そっか。じゃあ、時間だから行くよ』
「うん」
アスティンェルの時からずっと僕の中に眠る、深層神域に理が侵入する。
言葉では簡単に言えても、実際にするのは難しい。繋がりというのは、どれだけ正体不明の理を受け入れられるか、ということなのだ。
侵入者がいれば、当然のように拒絶する。それが人の心。人の体。
天使であるアスティンェルがいれば、このようなことにはならなかったらしい。
でも、彼はもういない。
「んぐっ……」
胸が苦しい。
体が焼けるように熱い。
僕では到底扱えないような力がぐいぐいと食い込んできて、深層神域という場所に入り込んでいった。
この深層神域というのは、宇宙そのもの。
アスティンェルが死に、僕が死ねば、また誰かに受け継がられて行く。これは子どもに伝わっていくのではなく、精神体にあるため、転生した肉体に付与されるのだ。
だから、理はこれに失敗すると、また探すところから始めなければならない。それに、また神界に来れるとも限らないから、理も必死だ。
これに成功すれば、数千万年の労力を省くことができるのだから。
――神界。それは、ブラックホールの先にある世界。
宇宙全域にたくさんあるブラックホール。それが、神界の入り口らしい。
そして出口は、ホワイトホール。
そうなっているらしい。
らしいというのは、僕は無理やりここに連れて来られているから、どう来たらいいのかわからない。
理によると、来希はわかっていたらしいけれど。
『そろそろ繋がる。目を瞑って、感覚を宇宙全域に』
理からの指示が入る。
僕は言われたように、気を宇宙全域に広げていく。
どれだけの時間が経ったのか、大量に吹き出る汗を拭う余裕もなく、ただただ集中していた。
『ここまで来られれば、あとは僕次第、かな。よく頑張ったね』
深層神域に入り込んだ理に、僕の、世界の、宇宙の在り方のイメージを送り込む。
『ああ、わかってるよ。大丈夫。僕は約束を破ったりはしない』
――刹那、宇宙全域に配置された星々が、動き回る星々が停止した。そして、それぞれの星を繋ぐ線が次々と引かれていき、超大規模な立体魔法式が出現した。
魔法? 違う。これは魔法の領域ではない。
明らかに、どう考えても、人のできる範囲を超えている。理の苦痛の声が聞こえているし、この宇宙を作った理でさえも、許容量ギリギリのようだった。
全てに線が引かれ、完成する。
宇宙全域に行き渡った気を使い、それが起動された。
そのときその瞬間、宇宙に崩壊が訪れる。――けれど、一瞬にして宇宙の再構築が始まった。
理の苦痛が僕に伝わり、僕も同じ苦しみや痛みを味わうことになっている。
だけど、来希と一緒に暮らすためを思えば、この程度。
それでも、叫ばずにはいられない。
声にならない叫びが理へ伝わり、理もまた叫ぶため僕の中に直接伝わる。
『……終わったよ』
深層神域から抜け出した理が、目の前に出現する。
「おつかれさま」
『ああ、君の方こそ。よく人の身で耐えられたね』
……誰だろう? この人は。
『あ、始まっちゃったかぁ。……君のイメージ通りに作ったけど、途中から人生をやり直すのはできないからね。僕は……嘘はついていないし、約束も破ってないよ。君の条件が甘かったんだ』
「……あなたは、だれ?」
ここはどこだろう?
この人は?
わからない。
真っ白な世界。真っ白な空間で、誰かと一緒にいる。
とても安心できる人。でも、この人じゃない。僕が求めているのは――誰だっけ。
……忘れた。
『君はまた、やり直すんだ。1から。全てを。でも、せめてもの情けに、君の愛する人と同じ時代に生まれるようにしてあげるよ』
愛する人?
……あいするって、なんだろう?
ぼくはどこにいるの?
おかあさん、おとうさん……こわい、こわいよ!
「おかあっ――」
――。
『君は、自分の望む未来を手にしたんだ。たとえ、全てを失おうとも』
『そうだよね。いまの君には、何を言っても理解できないだろうね。声も出せないんだよね。わかるよ。だっていまの君は――』
――精神が生まれる前に戻ったのだから。