狂戦士の愛憎
「ぜえっ……ぜえっ……」
(ちくしょう……時間切れか……)
魔力が尽き狂化魔術が失われたことで全身の血管と言う血管、筋肉が限界を超えて破壊されて僕の身体全体に最早、死んだ方がマシだと言える苦痛が走った。
そして、息の根を上げていると
「弘樹……!」
そんな僕の姿を見て先程まで僕に一方的に叩きのめされていたのかわからないがボロボロの鎧を身に纏い傷だらけの身体のまま、僕の生まれた時からの幼馴染の少女は回復魔法で僕を助けようと走り寄るが
「近寄るな……!
この……クズが……!!」
「……え」
その滑稽で偽善塗れな姿を見て、最早、狂気など通り越した拒絶の言葉をどうにかしながらぶつけた。
その言葉に彼女はその手を止めた。
当然だろう。
恐らく、彼女の頭の中には幼馴染の僕が魔王に操られて、仕方なく戦っているのだろうと言う脚本があって、僕を助けようとしているのだ。
くだらない。
それこそが間違いなのだ。
確かに僕も最初は魔王に言われて、彼女を含めた勇者相手に仕方なしに戦っていた。
異世界であるこの世界に彼女らは女神による勇者召喚で呼ばれた。それはあまりにもテンプレ通りのマンネリズムな物語。
そして、魔王もこれまた物語のテンプレ通り、悪逆無道ではっきり言えば助ける気が起きない奴だった。
しかし、この物語で違うのはただ一つ。
女神が優し過ぎたと言うことだろう。
女神は本当の意味でこの世界を愛していた。あの残忍な魔王率いる魔王軍が世界を滅茶苦茶にすることを厭い、仕方なしに僕の幼馴染を始めとした7人の勇者を呼んだ。
確かにその7人は強かった。けれど、魔王と同じくらいに愚かだった。
彼らは罪のない魔族すら魔族だからと言って何の躊躇なく殺し、素材集めと評して幻獣の生命を奪ってきた。
そんな姿に女神は嘆きを感じたのだ。
ああ、何とも愚かなのだろう。
勇者を呼んだのに、その勇者は魔王とその配下の魔族と同じくらい下劣な存在でしかなかったのだ。
そして、その中で女神は嘆き続けて苦渋の選択をした。
それは勇者たち7人に相対する彼らに因縁がある幼馴染に対する僕の様な7人の人間を魔王側の魔人として召喚することであった。
僕はもちろん、幼馴染に対応する存在として呼ばれた。
最初は魔王と僕と同じように呼ばれた何人かの人格を見て、あまりに吐き気を感じた。
魔王は言わずもがな、呼び出された何人かも腐っていた。
勇者の1人の女子に固執するストーカー、勇者の1人に嫉妬する逆恨み女、勇者のリーダー格にいじめられてそれだけで世界に何をしてもいいと思っている勘違い野郎。
別に憎しみを感じることもいい、恋い焦がれている女を想ってもいい、他人のことを嫉むのも仕方ない。
けれど、そのために他人を不幸にするのは大間違いだ。
結局のところ、僕を含めた何人かはその勇者7人と同じくらいクズだと言うらしい。
触媒があの7人なのだから納得がいく。
まあ、他の3人は親友や妹、恋人があの男に引っ掛かっているせいであんな蛮行を繰り返していることに心を痛めていて、だから彼女達を助けようとする人間としての美徳と義務感から参加したけど。
最初は僕もその口だった。
でも、どうしても僕は幼馴染を奪われたことへの嫉妬と言う感情が心底にあると思っている。決して、僕は彼らのように美しくなかった。
僕は今は忌まわしく思うが、目の前の幼馴染が好きだった。でも、彼女が自分以外の誰かを好きになることを嫉妬はするかもしれないけど否定はしなかった。
それはそれで僕が彼女が幸せならよかった。
そう、召喚されて数日後に僕たち魔人の中で比較的マトモ組が女神が異空間で彼女達の蛮行を目にするまでは。
女神が見せた記憶はあまりにも信じられないものだった。
彼女は、あの優しかった彼女は、本当に優しかった彼女は躊躇なく魔族を殺していた。子供さえも。罪なき幻獣までも素材狩りと称して。
ただあの男の気を引くために。
言っておくが、僕は彼女に自分の求める幻想を押しつけるつもりなんてない。
でも、確かにあった彼女の大切な優しさは失われていた。
彼女はあの男に恋をしていた。だけど、それは恋に恋する恋だった。
あの男に助けられて好きになった。「吊り橋効果」に過ぎなかった。
相手の内面を理解せず、客観的に相手のことを観れず、ただ盲目的に美化しかできない歪んだ狂気。
最初は僕たち4人は元凶である女神を罵倒した。
僕たちはそれぞれ大切な友人の綺麗なところをあんな男のために奪われたのだ。
それを僕たちは恨んだ。
でも、あの女神は涙を浮かべてただ謝罪を繰り返すだけだったのだ。
それを見て気づいた。
この女はただ自分の仕事をしただけなのだ。それでも彼女は足掻こうとした。彼女は勇者たちに何度も呼びかけたのだろう。だけど、それでも無駄だった。だから、僕らを呼んだのだ。
ただの独善で身勝手な仕事。
女神の涙を見て、僕らは彼女を許した訳ではないが彼女を罵倒するのは間違いだと理解した。
僕ら4人は彼女たちを目を覚まそうと同盟を結んだ。
彼女らに相対する度に僕らは「魔族を無闇に傷つけるのはやめてくれ」、「生命を大事にしてくれ」、「本当に君たちはそれでいいのか」と正体を隠して訴え続けた。
だけど、彼女たちの心には何も届かなかった。
そして、僕らと彼女たちとの決別が決定的になる出来事が起きた。
僕たち、魔人マトモ組の中には竜と解かり合える娘がいた。
友達想いで、優しくて、ただ親友が無闇に生き物を殺すことに悲しみを感じていてそれを止めたかった本当にいい子だった。
彼女の姿を見て、あの男に恋人を奪われた重太郎や妹のことを助けようとする涼香、そして、僕も癒されていつしか彼女を妹の様に思っていた。
でも、彼女は殺された。
勇者たちの手で。
僕らが助けに行った時には遅かった。
女神の間で見せられた彼女の最期は無残だった。
彼女は勇者たちの手で親を殺された無力な子竜たちを殺させまいとしながらも決して、彼らを攻撃せずにいた。
『やめて……!この子たちを殺さないで……!!』
『この子たちは私がしつけるから……!!』
『お願い……江美ちゃん……』
必死に罪のない生命を守ろうとして反撃はしないでいた彼女。
最後に親友に必死の叫びをしながらも子竜たちを庇い続けた彼女。
それなのに彼女は殺された。
そんな彼女の最期の言葉は
『赤ちゃんたち……守れたかな……?』
だった。もちろん、守れた。
彼女のおかげだった。
それを聞くと彼女は
『よかった……』
と笑みを浮かべて息絶えた。
この時、僕らは幼馴染たちに絶望した。
どうして、このあの子の生命が奪われなくてはならない。誰よりも優しかったあの子が。
今までは幼馴染に正体を明かさまいとしてきた。
彼女たちを少しでも苦しめまいと。
だけど、最早、彼女らにそんなことは必要ないと断じた。
僕らは3人はその時から人間を辞めた。
重太郎は自らの獣化のスキルを進化させてキメラと化した。
涼香は冷気を操るスキルを進化させて自らを氷の魔物と化した。
そして、僕は六感を強化させるスキルを進化させて一時的に理性を放棄することで身体能力を魔王クラスに変化することにした。
これらを以って、僕らは奴らに挑んだ。
僕は敢えて、理性を放棄することを選んだ。
幼馴染を殺すために。憎しみをぶつけるために。
僕は理性を捨てた。
それは仮に僕の中に彼女への好意が残っていて彼女を殺すことを躊躇わないためだ。
1度目の襲撃で僕ら3人は正体を明かした。
それを見た彼女たちは驚きを隠せなかった。
重太郎の元彼女、涼香の妹、僕の幼馴染は僕らが去るのを呼び止めようとした。
でも、その姿を僕らは冷めた目で睨んだ。
きっと、彼女たちの中では「魔王が僕らを操っている」と言う物語が存在しているのだ。
その証拠が今の彼女の表情だ。
傑作だよ。自分が好きな勇者様がそこにいるのにその顔。
死にかけていると言うのに僕は愉快だった。
「どうして……?
弘樹?死んじゃうんだよ……?
早く、魔法で……」
僕の拒絶の言葉を聞いても尚、彼女は僕を助けようとする。
でもそれは僕があれほど、愛していた彼女の優しさとは思えなかった。それは偽善だ。
なぜなら
「死ぬか……
だったら、君が奪ってきた生命はなんだったの……?」
「……え」
僕に向けるその善意を他に向けなかった。
その言葉に彼女は表情を曇らせた。
言っておくが、僕は決してこの世界における素材狩りや魔物狩りを否定しない。
基本的に魔物は凶暴だ。
その脅威から誰かを守るために手を染めるのは別にいい。
それに素材狩りにしてもそれを生業としている人だっている。
僕の元いた世界でも動物愛護団体がそう言ったことで文句を言ってくることがあったから、僕はそれに対して強く言えない
人を始めとした生命は何かを犠牲にせずに生きていけない。。
でも、生命を何とも思わない彼女らの姿はどうしても許せなかった。
僕はただ真実を語るだけだ。
「なんだよ……その眼は……」
彼女は結局のところ、自分たち以外の生命を生命として見て来なかった。
だから、重太郎や涼香、僕と言った存在が必要だったのだろう。
少なくとも元の世界では彼女たちに深く関わった存在がね。
「あ、あぁ……」
そして、彼女は気づく。
今まで、自分たちがしてきたことの意味を。
自分たちにとって、大事な存在が死ぬと言うとても非現実的で現実の出来事で。
彼女の怯える姿を見て僕は
「この僕の姿を見て思い知れ……!!
君たちの犯した過ちがどれだけなのかを……!!」
血反吐を吐きながらそう言った。
恋と言う麻薬によって、その幸福の中で酔いしれる憎くも愛おしい僕の初恋のけじめとして。
あぁ……涼香……重太郎……
先に逝くよ……
綾菜……君の笑顔を穢して……ごめん……
この世界で出会えたかけがえのない友と先に逝っているだろう誰も憎まずに生涯を終えた少女のあの笑顔を穢したことへの謝罪を込めて僕も生涯を終える。