炎剣対聖剣
神話魔術。
それは多くの魔術師が目指す、究極の境地とも呼べる最高峰の魔術。才能のある魔術師が鍛錬を積み重ねてなお届くか届かないかと言われる程、この魔術は難しく、また従来の魔術とは全く違う特異な魔術と言える。従来の魔術は、魔力に指向性を持たせ、同時に自然界へ干渉することによって炎や風、雷などを放つのに対し、神話魔術は、更に別次元、天界や神域と呼ばれる上位世界に干渉することで初めて発動する魔術である。自身が望む存在、特定の神や天使などが持つ固有の領域そのものに干渉し、そこから望む力を自らが扱える程度に切り取り使用する。
ただし、そこには幾つかの難関が存在する。神話魔術は神や天使から力を得ているのではなく、あくまでもその特色を得た領域から力を得ている。地脈や龍脈の上位互換のようなものである。
それ故に、意志を持つストッパーが存在しない。
つまり自らが使える量の力を自分自身で調整しなければならないのだ。弱すぎれば望んだ出力は出せず、強すぎれば暴発、最悪内側から破裂し、死亡する怖れもある。故に繊細なコントロール能力を要するのだ。そしてもう一つ。神話魔術はその名の如く、神話の伝承を再現する魔術だ。故にその神話を冷静に把握しなければならない。信仰心が強い者は皆ここでつまずいた。再現する神話、そこに登場する神を信仰し過ぎれば、自らが使う事はおこがましいのではないか?という疑念が頭をよぎったのである。その結果、領域から得た力は霧散し、神話魔術は不発に終わったのである。このように例を見ないほど難しい神話魔術を扱える存在は、戦略兵器のような武力を個人で所有しているといっても過言ではないのだ。
ではここで。そんな戦略兵器を向けられた人間は果たしてどう思うのか?
(マジでヤベェ〜)
これである。いや、いくらなんでも軽すぎるが、世界を六度救った勇者である神崎悠真でさえ危機感を覚えるほど強力な代物なのだ。
そんな悠真を尻目に目の前の少女は凛とした声で詠唱を紡ぐ。
「我が欲するは神を焼く火、炎を振るう黒き腕。
我が意を炎を振るう腕と化し、我が敵を滅す武具をその火で形作りたまえ。」
詠唱が進むごとに炎の大剣は徐々にその輪郭をはっきりとさせていく。硬質に、鋭利に。もはや金属製の剣と見紛う程にその形を変えていく剣に、悠真は息を呑む。
(よりにもよって北欧かよ……‼︎)
北欧神話。かつて悠真が行った世界のひとつ。
戦い。或いは武器の神話と呼ばれるそれは、もっともわかりやすい武力の表れでもある。そしてその中で炎の大剣といえば……
「チッ‼︎」
もはやなりふり構ってはいられない。ここまで詠唱が進んだ以上、迂闊に彼女を攻撃すれば暴発の危険が出てくる。ならば、
「聖剣、起動」
正面から受けて立つまで。
悠真が呟くと同時にその右手に剣が現れる。
「解除、三重。」
直後。呼応するかのように鈍色の剣が輝きを増していく。純白の光はその刀身を包み込み、莫大な魔力を収束させていく。それを見て、少女は目を見張った。
「なっ……!その魔力……まさか、聖剣⁉︎」
「正解だ魔術師。竜すら下し、救世すら成し得る最強の剣。勇者の武具にはふさわしいだろ?」
何の気なしに、いっそおどけたように、悠真は語る。しかし、少女は、冗談じゃない、と内心毒づく。
(おそらく人間が使える武器の中で最強に分類される剣。そんなものを軽々持ち出すなんて、一体この人は何者なんですか⁉︎)
杖を握る手に更に強く力を込める。自らを奮い立たせて杖を構える。
「どうやら唯の変態ではないようですね‼︎」
「いや、唯のっていうか変態じゃないんだけど…」
「問答無用‼︎」
「話聞いて……」
全く取り合わない少女に若干涙目の悠真。
ひょっとしたらこの子馬鹿なんじゃないの?
という疑念が頭をよぎるが、戦闘に集中するため振り払う。
横に剣を構え、意識を研ぎ澄ます。やるべき事は決まっている。炎の大剣を消し飛ばし、直後の隙をついて少女を気絶させる。幸い炎の大剣は空に浮いている。であれば、周囲に被害が及ぶ心配は無い。
少女もまた、詠唱を終え、大剣を射出させる為の言葉を発するだけだ。
緊張が走る。
「放たれよ。神を焼く火㷔の武具。」
瞬間、空が燃えた。
「ッ‼︎」
空間そのものを焼くかのような一撃を前に、しかし悠真は一歩も引かない。目も背けない。何故か?
本物を知っているからである。神話の再現といっても、人間が扱う以上、必ず威力や規模は落ちる。まして悠真はかつて本物に挑み勝利している。
北欧神話の巨人。スルト。
神敵として悠真の前に立ちはだかり、全力の戦闘にて辛くも悠真が勝利した、強敵。だが、目の前の大剣は本物には及ばず、また今の自分はあの時よりも強い。であれば。
「ーーーー行くぞ。」
恐れる必要など、ありはしない。
裂帛の気合いと共に悠真は聖剣を振るう。
莫大な魔力によって練り上げられた純白の極光が放たれ、炎の大剣を飲み込む。衝突や、わずかな拮抗さえなく、極光は天を貫くように虚空へと昇ってゆく。そして。
「そんな………」
極光が消え、炎の大剣は、跡形もなく消し飛ばされていた。
「隙あり。」
「しまっーー」
少女が惚けている隙をつき、高速で後ろに回り込むと、悠真は少女の首に手刀を叩き込み、気絶させた。
「おっと。」
気を失い、倒れる少女を支えながら悠真は思う。
(異世界来て一発目からこれか……ついてねぇなぁ……そういや、何でこの子こんなに敵意むき出しで襲って来たんだ?)
そう思い少女を見る。そして、その頭を見て納得する。
(なるほど……そりゃ警戒するわな……)
悠真にもたれかかるように気絶している彼女の頭からは、ぴょこん、と犬の耳が生えていたのである。
(こっからどうしよう……)
今後の事を考え、悠真はため息をつくのだった。