誤解と戦闘
神崎悠真は思考する。変態。特殊な性癖を持つ、いわゆるわいせつな人間を総称した言葉ではなかっただろうかと。しかし、その言葉に自分は当てはまるだろうかと、悠真は自問する。確かに年頃の男性である自分は人並みに異性への興味はある。しかし、あくまで人並みだ。所構わず恥部を露出して喜んだり、女性の下着を盗み、達成感を得たりする訳では断じてないのだ。もしそんな健全な自分でさえ変態にカテゴリされるのなら最早全人類が変態であると言っても過言では無いはずだ。いや、ただ少数派と言うだけで変態と呼び罵ることこそがーー
「あの…」
「ハッ⁉︎」
少女の声で悠真は思考から引き戻される。危なかった。どうやらあまりにもいきなり過ぎて状況を飲み込めなかったようだ。変態を擁護しかけるとは、余程ショックだったのだろう。
だが、気落ちしている場合では無い。まずは目の前の少女に自身の無実を説明せねばならない、と気を持ち直す。
「いや、失礼。ちょっとショックで……」
「はぁ……」
「あー、まず、だな、そちらの感覚ではどうなのかわからんが、一応、一般的な感覚では自分は変態では無いと思うんだ。いや、信用出来ないとは思うがな?」
少女の雰囲気が、わずかに変わる。警戒しているのは相変わらずだが、強い拒絶ではなく、多少訝しむ程度への軟化だが、確かな一歩だと悠真は確信する。
「なるほど……。ところで貴方は、獣人の事をどう思いますか?」
「獣人…?えーと、頭に獣の、犬とか猫とかの耳が付いてる?」
今まで歩んできた世界では、頭に獣耳が付いてる存在は、ごく一部の神しか見たことがないため、確信を持って断言は出来ないので疑問系になってしまう。
「ええ、そうです。それで、貴方はどう思いますか?」
「まぁ、見てみたいとは思うな。」
「耳を触りたいとは?」
「出来るなら触ってみたいなぁ……。あれってモコモコして気持ち良いんだよーー」
言葉は最後まで続かなかった。赤い閃光が頬のすぐ横を通り過ぎたからだ。閃光は悠真の背後の樹木に着弾し、轟音と共に爆発した。
樹木の折れる音を聞きながら悠真は冷や汗を流す。あと1センチでもずれていたらと思うと背筋に冷たいものが走った。
「あ、あの…?」
見ると、少女は先程よりも距離を取り、杖を悠真に向けていた。表情は、先程よりも強い警戒、いっそ憤怒と言ってもいいだろう。を向けていた。
「待ってくれ、話を……」
「ギルティです‼︎まさか前科持ちとは思いませんでした‼︎ここで成敗させていただきます‼︎」
「待て待て‼︎落ち着いて話を聞いてくれ‼︎」
必死に呼びかけるも、最早返答は無い。言葉の代わりに現れたのは、幾何学模様の光、魔法陣だ。
同時に少女の体から、可視化できる程濃密な魔力が噴出する。
「‼︎」
それを見て悠真は息を呑んだ。
腰を落とし、戦闘態勢をとる。
(こりゃマズイな……)
悠真は内心苦笑する。当然だ。かつて六度体験した、世界規模での戦いでさえ、これ程の強大な魔力を持った者は数える程しか居なかったのだ。そして、その全てが人外。つまりこの魔力量は人間の垣根を越えている。
「いけぇ‼︎」
少女が杖を振るう。直後、先程よりも一回り大きな閃光が悠真目掛けて放たれた。
「‼︎」
悠真は体を捻り、最小限の動きだけで攻撃を回避する。速度だけなら弾丸とほぼ同程度なので、目で見て回避する事も可能だ。あくまで悠真ならだが。
「⁉︎……やりますね…ならこれでどうです⁉︎」
再び閃光を放つ少女。今度は先程の威力をそのままに、数を増やしている。その数およそ三十。
「おいおい……規格外にも程があるだろ‼︎」
悪態をつきながら大きくその場から左に飛び退いて攻撃を回避する。だが…
「甘いです‼︎」
少女が指揮棒のように杖を振るうと、先程まで直進していた赤い閃光が弧を描くように進路を変えて、悠真を追尾したのだ。
「マジで⁉︎」
驚愕する悠真を見て、少女は勝ちを確信する。
だが、少女は知らなかった。神崎悠真はこの程度で仕留められる存在では無いという事を。
悠真は思考する。自らに迫る攻撃の性質と威力を。そしてそれらを加味した上で自身の行動を選択する。
(速度は問題無い。ただ、威力が厄介だ。俺の魔力で守りを固めても多分大して意味が無い。)
ではどうするか。悠真は自らの手札とこれまでの戦闘で得た情報を照らし合わせる。
(聖剣を使うか……?いやダメだ。一撃の威力が高すぎる。あの攻撃を吹き散らした時の余波で彼女を傷つけちまう。)
一定の水準を超えない力の操作は、今まではしてこなかったのだ。人外ばかり相手取っていた弊害とも言える。
(となれば、やはり避けるしかないが……追尾が面倒だ……いや、待てよ?)
悠真は思い出す。先程の軌道は直角ではなく弧を描いていなかったか?、と。
(大雑把な軌道は変えれても精密な操作は出来ていない……いや、余裕がないのか!)
ここまで思考開始から終了までの時間は1秒にも満たない。
凄まじい速さだがそうしている間にも徐々にだが
閃光が迫る。だが、悠真は体を少しズラすだけで動きを止めた。そして閃光は、悠真をすり抜けていった。
「うぇ⁉︎嘘……なんで…」
軌道の変化が間に合わず、閃光は悠真の後ろの岩に当たり、爆発してしまう。
「ふぅ……危なかったぁ〜」
「今、何をしたんですか……?」
呻くように少女は質問する。
「ああ、弾幕の隙間に体を捻って入れたんだ。
多分、今使ってる魔術は初級の火球だろ?ただ火属性への高い適性や尋常じゃない魔力量と魔力の圧縮でこんな馬鹿げた威力になったとは思うが、これだけの魔力を圧縮して維持すんのは難しいからな……追尾が大雑把になったんだろ。直前で軌道をズラしたりは出来ないと思ったんだ。」
軽く言い放つが、言うほど簡単ではない。弾幕を完全に見切る洞察力と弾幕に対し冷静になる胆力が無ければ安全地帯といえど身じろぎひとつしない事など出来はしないのだから。
「なるほど……つまり、生半可な魔術ではあなたを倒せないというわけですね。」
「いい加減話を……」
「これを凌いだら聞いて差し上げます‼︎」
少女の気迫に、呼応するかのように展開されていた魔法陣が一際大きく輝き出す。凄まじい魔力の奔流を前に思わず悠真は
「洒落にならんな……」
と呟く。少女の周りには自らを守るかのように炎が渦巻いている。
(近づけない…)
本能的に悠真は悟る。対策無しに突っ込めば待っている末路は悲惨なものだろうと。同時に悠真は感嘆する。なぜならその炎は自分がよく知るものに似ていたからだ。
「一応覚悟はしていたが、まさかこんなに早くお目にかかれるとは思わなかったぜ…」
視線は少女の上。上空に向かっている。そこには……
「神話魔術……」
全長20メートル程の炎の大剣が浮かんでいた。