女神登場と事の始まり。
「いや、マジかよ……」
あの世、いわゆる死後の世界で、神崎悠真はうなだれていた。16歳という若い身空で死んでしまった事や、最期の言葉が『え、マジで?』だった事など、うなだれるような理由なら多々あるが、何よりも一番ショックだったのは、
「自販機ってなんだよ……」
死因である。これが、例えばダンプカーやトラックなどに轢かれたのならばまだまともな死因と言えただろう。
しかし、自販機に押し潰されたなどという極めてコメントに困る死因では、いくらなんでもやりきれない。
「ハァァ……」
「いつまで落ち込んでおるのじゃ、このたわけ‼︎」
もはや地面と同化しそうな勢いで落ち込み出した悠真の前に、一人の女性が現れた。
「せっかく昔の馴染みで魂を拾ってやったのに、なんじゃその有様は!」
「ハァァ…はいはい、感謝してますよ、女神様〜」
女神と呼ばれた女性は、文字通り神々しい出で立ちだった。すらりとした長身に、黄金の髪。純白のローブという格好で、まさしく女神だった。
「これで貧乳じゃなけりゃ完璧なのになぁ。」
「やかましいわぁ‼︎」
と、女神(貧乳)は、顔を真っ赤にして激怒した。
「全く…久々に会ったというのに、貴様は相変わらずじゃな、悠真よ」
そう言いながら、指を鳴らし、テーブルとイスを召喚する女神。神と言うだけあって中々様になっていた。
「まぁ座れ。茶でもだそう、何かリクエストはあるかの?」
「いや、遠慮しとく。つーかさ」
悠真はイスに座ると、頬杖をつきながら気怠げに言う。
「本題に入っていい?」
「……なんじゃ、お主の今後の待遇か?なら問題ない、間違っても地獄なぞあり得んわ。」
表情は変わってなかったが、一瞬返答に間が空いた。当然悠真はそれを見逃さない。だからこそ、切り込む。
「どうでもいいよそんなもん。地獄だろうが天国だろうが、気にくわねぇなら抜け出すだけだし。」
普通の人間が言ったのなら一笑に付す話だが、相手が悠真なら話は違う。実際、今の悠真なら力づくでそれが可能だろう。
「俺が聞きたいのはそんなんじゃねぇんだよ。」
悠真は先程までの気怠げな表情ではなく、真剣な、かつて世界を救う為に剣を振るっていた頃の表情で、女神を見据える。
「お前は調和と秩序を司る女神だ。そんなお前が、昔の馴染みだからといって正式な手順を踏まずに自らの神域に人間を招くなんざ考えられねぇ。そうだろ?ファルナ。」
ここにきて、初めて悠真は女神の名を呼んだ。
「話せ。何があった。」
女神ファルナは、沈痛な面持ちで
「すまない悠真。お主が死んだのは、ワシの、いや、我々神々の責任じゃ。」
「どういう事だ?」
ファルナは懺悔するように言う。
「ワシらの力が及ばなかったせいじゃ……ッ!」
ファルナの言葉を聞いて、悠真は不安に襲われた。
神々ですら力が及ばぬ事態。一体何が起きたというのか。
息を呑み、悠真はファルナの言葉を待つ。
「あの時……ダーツ大会でハメを外さなければ、こんなことには……!」
「………………………はぇ?」
「事の発端はお主が死ぬ数時間前の事じゃ。あらゆる神話体系の神々が、親睦を深める為に、定期的に宴を開くのは知っておろう?今回は、多忙の為に中々出席出来ん、北欧の主神、オーディンが珍しく顔を出したのじゃ。
皆とても盛り上がってな、つい酒が進んでしまったのじゃ。」
「まぁ確かに、あのおっさん忙しいからなぁ。」
ちなみに、悠真はそのオーディンと腕試しと称して全力の打ち合いをした結果、オーディンの神域の4割を消し飛ばしたという経験がある。数字だけ見ると、まだ大丈夫そうな気はするが、これ程の被害を出すためには、物理的な威力に換算して、核兵器二十発分の火力が必要になる。それ程の頑丈さが神域にはあるのだ。
「酒が進み、わしらは天界で今流行りのダーツをやろうという流れになったのじゃが、そこで事件は起きた。」
そのときの出来事を思い出したのか、ファルナは、冷や汗を流していた。
「神々の中で特に酔いのまわっていたオーディンが、ダーツの矢の代わりにグングニルを構えたのじゃ。」
「はぁ⁉︎」
グングニル。北欧の主神、オーディンの代名詞。数万の大軍をその槍一つで倒しうる程の神器。
「流石に皆酔いが醒めた。いや、本当に焦った。」
「あいつ……神器なんだと思ってんだ……」
頭を抱え出した悠真だが、まだ話は続く。
「皆で無駄とは知りつつも、即席の結界をはったんじゃが……」
「無駄、だろうな。」
北欧の神話は戦いの神話である。そんな神話の頂点に立つ神の全力を防げる神はそうはいない。まして、即席の結界なら、並みの神々が百人集まっても防ぎきるのは難しい。
「じゃが、ダーツボードにしたイージスの盾のおかげで、なんとか被害を最小限に抑えることができたのじゃ。」
「だからお前ら神器をなんだと思ってんの⁉︎」
どうやら神々は酒に酔った勢いで、女神アテナの代名詞であるイージスの盾をダーツボードの代わりにしたらしい。
「最近の神様は何?神器をパーティグッズにすんのが流行ってんの?」
「いや〜面目ない。」
と、冷や汗を流しながら、目を逸らし謝罪するファルナ。
だがここで、疑問が浮かび上がった。
「けど、イージスや結界で弱体化したグングニルじゃ、神域をぶち抜いて、こっちの世界に影響を及ぼすなんて不可能な筈だ。」
「それなんじゃがの、大多数の神の意見で、富士山を見ながら宴会をしたいということで、人間界で宴を開いたのじゃ。もっともその結果、抑えきれんかったグングニルの衝撃が、自販機に直撃し、お主に落下したんじゃがの。」
「お前ら脳味噌腐ってんのか‼︎⁉︎」
こともあろうにこの神々は、神域よりも防御の薄い人間界で、パーティグッズ感覚で神器をぶっ放した事になる。
「はぁぁ……これはアレか?いよいよ全力で神々をぶっ飛ばさなきゃいけないのか?」
「いやいや待て待て‼︎お主ら実力的に不可能じゃなさそうだから洒落になっとらん‼︎」
「はぁ……そんで?俺にどうしろっての?言っとくが、天国や地獄には行く気は無いぞ?神様になる気もない。」
「わかっとるわ。そこで、お主に提案がある。」
「なんだよ?」
「お主、異世界で暮らしてみんか?」