Stepping Out With My Baby
担当の木ノ瀬くんと打ち合わせの際に、理系男子(できれば白衣付)を題材にしたいと話したところ、彼が連れてきてくれた場所は国内でも有数の名門大学だった。
「ここは僕の出身大学なんですけど、同い年の母方の従兄弟がここで准教授をしてるんですよ」
「えっ!木ノ瀬くんって32歳よね……32歳で准教授……すごいねえ」
「従兄弟は天野佑って言うのですが、あいつは天才なんですよ。僕なんて凡人ですから」
何でもソツなくこなすと編集長が言ってた木ノ瀬くんが凡人なら、私なんか思いっきり底辺じゃないか。
「は~……じゃあ私なんて思いっきり底辺だよ。ところで本当にお土産はプリンでいいわけ?」
「先生は見ていて面白いからそのままでいいです。ええ、プリンで間違いないですよ」
木ノ瀬くん、それはフォローのつもりなんだろうね……でも底辺の部分を否定してほしかったよ。
「工学部情報学/天野准教授研究室」と書かれたプレートがある部屋にたどり着くと、部屋の中から変な歌が聞こえてきた。
“甘めの~プリンと~苦めのカラメル~なんてベストな組み合わせのプリンプリンプリン~”
噴出しそうになるのをこらえて、隣の木ノ瀬くんを見ると、やれやれと言った感じで肩をすくめるとドアをノックした。
「はーい」
「典だけど。今日行くって電話しただろ」
「開いてるから入っていいよー」
木ノ瀬くんの従兄弟である天野准教授は、背が高く黒縁ウェリントン型のメガネをかけた人懐こい大型犬のような人だ。白衣の下はTシャツにカーゴパンツというカジュアルな格好。スーツは好きじゃないらしく、学会以外では着ないそうだ。
そして本当にプリンが大好物らしく、お土産のプリンを渡すと嬉しそうに目を輝かせた。
「瀬戸蒼葉さん……へえー、小説家なのかあ。俺、恋愛小説って読んだことないんだ。ごめんなさい」
「いえいえ。私の作品なんて地味なもんですから。それに読んでいるのは女性ばかりですし」
「先生、変なところで謙遜するのはよくありませんよ。佑、瀬戸先生の作品はすごく人気があるんだ。ドラマや映画にもなったんだよ」
「へええー、すごいんだな。蒼葉さん」
「へ?」
「こら佑!いきなり名前呼びはだめだろう」
「えー、だめなの?俺のことも佑って呼んでいいからさ。いいよね?」
そう言って私のほうをうるうるっとした瞳で見ないで~。私よりはるかに体格のいい男の人がそういうふうに見つめるって反則じゃないのー?!……この人、間違いなく無自覚でモテるタイプだ。
「もしかして天野先生の講義って女子学生が多くありません?」
「うん女子学生多いよ。すごいね、なんで分かるの?」
だから、そう瞳をキラキラさせるのはやめてくれー。
「えっと、偶然?」
「先生。棒読みになってます。ほら、先生も佑も忙しいんだから取材しちゃいましょう」
「あ、そ、そうよねっ」
木ノ瀬くんが私に冷静なツッコミを入れてくれて助かった……。
頭のいい人は説明上手というのは本当で、佑くん(“天野先生”と呼ぶと返事をしないため佑くんと呼ぶことになってしまった)が自分の研究内容を説明してくれたとき、昔から理系科目が苦手な私でも実にすんなり頭に入った。
取材を終えると、佑くんと木ノ瀬くんの学生時代の話になった。
「へー、2人って高校から一緒なの」
「小学生の頃に何度か会ったきりだったんですけど高校の入学式で再会したんです。僕たちの行った学校は全寮制の男子校だったんですよ」
全寮制の男子校……仲良しの漫画家さんで一人確実に食いつくのがいる。
「そうそう。典はさー、これっくらいしか身長なくてさ。大きくなったよなあ」
そういうと佑くんは自分のデコルテくらいで手をひらひらさせた。
「まあね、大きくなっただろ?それより先生、こいつは寮の屋上でロボット作って騒動をよく起こしてたんですよ。最初は驚いたんですけど1年もたつと周囲もすっかり慣れちゃって」
「えええっ!!」
それって慣れるものなのか?いや、違うだろう!!
「しょうがないだろー。理科室でロボット作るなって生徒会長に怒られたんだもん。今は騒動を起こしても大丈夫な部屋なんだぞ」
「そこはいばるところじゃないだろ、佑」
「俺だって典がサラリーマンを8年もやってるのが驚きだよ。てっきり俺みたいに大学で研究すると思ってたのに。蒼葉さん、典って昔から何でもソツなくこなしちゃうせいかすっごい飽き性だったんだよ」
「ふふ、じゃあ編集の仕事が木ノ瀬くんの性に合ってるんだね」
「……まあ、そうですね」
木ノ瀬くんの顔がちょっと恥ずかしそうだ。おおお、照れてる!!ちょっと可愛いかも。
研究室での取材を終えて、私と木ノ瀬くんは帰路についた。
「木ノ瀬くん、いい取材が出来たよ。どうもありがとう。それにしても佑くんは楽しい人だね」
「楽しいと言ってもらえてよかったです。あいつはああいう性格なので、変わり者と思われがちで。まあ実際変わり者なんですがね」
「木ノ瀬くん、世の中に“普通の人”なんていないよ。自分の基準で“普通”って思ってるだけで、実際は誰しも変わり者なんだから」
「先生らしい考えです。だから先生の前では佑も僕も素になれるんだろうな」
「木ノ瀬くん、いつも素なの?」
「ええ、先生の前では僕は僕のままですよ」
そういうと、木ノ瀬くんがにやっと笑った。