Anything Goes
スイーツを食べるとき、怒る人はあんまりいないだろう(いたらちょっと面白いけど)。苦手な人を除けば、皆食べるときはちょっと笑顔になるはずだ。癒しや喜びがスイーツの存在意義だと私は思う。
下のベースは赤・青・黄色の3パターンで、上のベースは爽やかなライトブルー。下のジュレには桃・パイン・マンゴーのカットフルーツが混ざっていて、見た目にも夏スイーツにふさわしく涼しげだ。
「上下のジュレを混ぜたら、添付されている弾けるキャンディーをトッピングして食べる……と」
私はさっそくまずは青(ブルーハワイ味らしい)からチャレンジ……おおおっ、ジュレの食感とシュワシュワ感が楽しい。いやーん、これは残りの味も期待できるかもっ!
「先生。食べるのもいいですが、ちゃんと作品の内容も考えてくださいね」
そこに冷静に割ってはいるのは担当の木ノ瀬くんだ。
「んもー、分かってるわよう、木ノ瀬くん。この“ピュアポップ”を使った恋愛小説を書くんでしょう?他の作家さんたちと同じネタで書くって面白いわよねー」
「何をのんきなこと言ってるんですか。先生は“いま一番読みたい恋愛小説家・瀬戸蒼葉”なんですから作品への期待値がすごいんですからね」
「……あのさー、そのコピーやめない?ついでに著者近影も、もうちょっと普通にならないものかな。親族と友人たちの間で“イメージ詐欺”って言われてるんですけど」
私の著者近影は、カメラマンの腕がすっごくよかったせいか、まるでフランス映画の往年の美人女優さん的なアンニュイさが漂うすごいものだ。実像とかけ離れ過ぎてるんだが、いいのか?
「読者の皆様にとって先生はああいうイメージなんですよ。……まあ僕もちょっと微妙ですけど」
木ノ瀬くん……今小さい声で“微妙”と言ったね?編集者もそう思ってるくせに。でも著者近影の話よりも、今はピュアポップだ。
「木ノ瀬くんはピュアポップ食べた?」
「いいえ、まだです」
おや、彼はまだこのシュワシュワ感を知らないのか。それなら・・・・私はレモン味のフタをあけて、食べ方の手順どおりに混ぜ、新しいスプーンを添えて彼の前に差し出した。
「はい、木ノ瀬くんも食べてみて。さすがに食べかけのブルーハワイは無理だけど、レモン味はまだ食べてないから、ね?」
「は、はあ……じゃあ、いただきます」
木ノ瀬くんはなんだかおそるおそると言った感じでジュレを口に入れた。もしやパチパチが苦手だったのか?
「おっ」
でも食べた瞬間、木ノ瀬くんは目をきらっとさせたのを私は見逃さなかった。うふふふ、シュワシュワ感に驚いたな。
「へえ……美味しいですね。先生、ブルーハワイ味も一口ください。僕のレモン味もどうぞ?」
「え。私の食べかけなんてダメだよ。アセロラ味食べなさいって」
「僕は平気です。先生は、僕の食べかけは嫌ですか?もう先生の担当になって3年で、夕食にもつきあってるじゃないですか」
「あー、ごめんね、プライベートを邪魔しちゃって」
「いいえ。先生が酔っ払って変な男に引っかかって仕事を放棄するよりマシですから」
「……あのさ、私がそういうことすると思う」
「いいえ?でも予防線は張っておかないと。で、僕の食べかけのレモン味は嫌ですか?」
お互い食べかけのジュレを交換する男女……あ!これがもしちょっと意識しあってる高校生とかだったら……おおう、これは萌えのシチュ!!なんかピコーンきた!!
「木ノ瀬くん……なんかピコーンと来たよ。さあブルーハワイを食べて!!」
「……それはよかったですね」
私は木ノ瀬くんの“よかったですね”の前にちょっと間があったことなんて気にもしていなかった。
数日後、私は完成した原稿を木ノ瀬くんに読んでもらった。
「高校生の男女が主役は先生にしては珍しいですが……うん、いいですね」
私の最初の読者は木ノ瀬くんだから、彼に“いいですね”と言ってもらうと安心する。
「高校生書いたのって久しぶりだよ。でも大人同士よりも若い子のほうがかわいいかなって。CMも売り出し中の若手アイドルの男の子たちでしょ?」
「なるほど。まあ、僕の申し出が先生の役に立ってよかったですよ」
「うん、本当に木ノ瀬くんのおかげだよー。どうもありがとう」
「じゃあ、またアイデアに詰まったらスイーツの一口交換につきあいますよ」
「え?いいよ~。さすがにそれは悪いって」
「いいえ、僕は先生の担当編集者ですから」
「そ、そう?……うーん、じゃあよろしく」
私がそう言うと、木ノ瀬くんはにっこりと笑って原稿をしまった。